Spirit-06 事件屋イース
「夜になるとみんな寝る時間なんだ。昼間起きてる人は、だいたい夜寝るんだよ。オレも寝るところ。さっきおやすみなさいって言ったよな」
「おなすび、いちゅまで、しますか?」
「外が明るくなるまで、かな」
「いちゅ明るい、しますか?」
「そうだね、あと7時間かな。時計の見方を教えてあげよう」
オレは宿の壁掛け時計を外し、グレイプニールに時計の見方と時間を教えた。
武器は触れられている時に限り、人の言葉だけでなく思考も読み取ることが出来る。だから物事を教えた時の呑み込みが早い。
ただ、人の感覚で教えようとしても、どうしても理解できないことはある。オレが根気よく教えていくしかない。
「君も眠たくなるだろう? バルドルもよく居眠りしていたし。眠くない時も、夜は寝よう」
「うぅぅ……ひゅぅん」
「眠くない? じゃあ少しお喋りする?」
「おじゃべります! ぬし、おちゅかまれましたか」
「そうだね、疲れたよ。久しぶりに戦ったし、クエストも久しぶりだった」
グレイプニールは何か話題があったのではなく、オレと会話をしたかっただけらしい。
「くですと、いちゅ、しますか」
「朝になって、またレイラさんの事務所に行ってからだね」
「よる、しますか?」
「夜に寝ないと、次の日ちゃんと動けないんだ」
「よる、ぬし寝る。……はっ、ボク寝る、いいこ、しますか!?」
「そうだね、良い子してあげよう」
オレは時計を壁に戻して窓際に近づき、グレイプニールをそっと撫でた。レギさんのお陰で手に入った手入れ道具は、グレイプニールをピカピカにしてくれた。
滑らかな刃は美しく、しっとりとした手触りにも感じる。鋭利であることを忘れそうだ。
「ぴゃぁー」
「それ、喜んでる?」
「よどこびます! ボクよどこびすもい、すもいます!」
「すもいじゃなくて、凄いだよ。さ、そろそろ寝よう。お休み」
カーテンをほんのちょっとだけ開け、オレは窓際を離れた。その瞬間、グレイプニールが再びオレを呼ぶ。
「ぬしぃ……」
「ん? どうした」
「ぬし、ボクいいこ、いいこ」
「良い子だよ、そして強くて頼りになる」
撫でてあげると喜ぶけど、寝ようとすれば慌てたような、泣きそうな声を出す。
「いいこ、いいこしますか、ぬし、ボクいいこ」
「撫でろって……静かにしていられるなら、オレのベッドに置こうか」
「ぬし! そでします!」
「寂しかったってこと?」
「あびち? あびちい、何ますか」
不安や孤独感をどうやって説明していいのか分からず、オレは迷子になった子供の頃を思い出した。
親が見つけてくれてホッとした事まで見せたところで、グレイプニールは自身の感情に寂しいと言う名を付けることが出来た。
「あびちいます、ボク一緒、しますか」
「じゃあ、今日からオレの枕元で。おやすみ、グレイプニール」
「おなすび、ぬし」
言葉が不完全なのは仕方がない、いずれきちんと覚え、発音できるようになるだろう。今のオレは、グレイプニールが懐いてくれた事だけで充分。
「良い子って言われたいのか。オレもそうだったな」
寂しがるグレイプニールを、夢の中にも連れていけたらいいな。そう思いながらオレは眠りに就いた。
* * * * * * * * *
ギリングに活動拠点を移して1週間が経った。
小さなクエストをコツコツやりつつ、オレはなんとか宿代と飯代を稼いでいる状態だ。
3日前、意を決して管理所にパーティー応募登録を行った。ただし、登録したのはギリングではなく、リベラだ。リベラは西にある隣町で、汽車の西の起終点駅でもある。
朝歩いて出発すれば夕方には着く距離にあるし、ギリングに来る前にも寄った。
建前では町が大きいからバスターの数も多そうという理由。
本音は、ギリングで活動している間、もしまた英雄の子供だと騒がれた時に居合わせなくて済むから。
「で、結局応募を取りやめたんだよね」
「……はい」
「仲間を見つけようって努力した?」
「……一応、登録したからには」
「イグニス姓に群がったバスター達に怯えて、応募を取りやめた後!」
「……してません」
オレはレイラさんの事件屋のお世話になっている。
グレイプニールのお陰で1人でも戦えるようになったけど、パーティー登録をしたせいで、リベラにいたバスターに顔を知られてしまった。
管理所に行けばオレを知る人にも出会う確率も上がる。オレの顔と名前が一致して、高い確率で勧誘に遭ってしまう。
自惚れているんじゃない。ここまで頑なに実力にこだわってやってきたというのに、ここで有名枠を発動させたらオレの1年半が無駄になる。
そんなオレにとって、事件屋はとても貴重なんだ。
「ぬし、もしゅた斬りますか」
「倒すだけなら行けるけど、クエストがないんだよね」
「くですと、ないますか……」
「ほーら、イースくん。あなたの意地がグレイプニールにも懐にも良くない影響を与えてる」
レイラさんがため息をつく。
レイラさんの事務所「事件屋シンクロニシティ」にも、クエストは入っている。グレー等級でこなせるものがないだけだ。
「あなた、お酒に酔わないんでしょ? マイムで居酒屋の店員やってたんだよね」
「はい、もうアルバイトする気はないんですけど」
「ちがーう。酒場に行って、情報を仕入れてきなさい。仕事が入ってくるのを待っても駄目なら、自分から動く!」
「さかな?」
「酒場。お酒を飲んだり、美味しいもの食べたりするところだよ」
「おー、さかな。じょーとーちれて、もしゅたのおしゅがと、しますか?」
「あれば、ね」
レイラさんが立ち上がり、オレを追い出した。レイラさんは扉に鍵を掛け、自身もどこかに向かう。
「あたしは管理所に行って、バスターの情報とクエストの発行状況を調べてくる。事件屋も待ってるだけじゃ食えないからね」
これは、もう酒場に行くしかない状況だ。グレイプニールには悪いけど、今日のモンスター退治はお預け。
幾らオレでも、酒を飲んだ後で剣を振るう気はない。
「ぬしぃ……」
「そんな可哀想な声出しても駄目。ないものはない」
「もしゅた、ぬし、もしゅた斬りますか? もしゅた、斬りますか?」
口調が丁寧なテュールの影響か、グレイプニールも言葉遣いが丁寧だ。それがいっそう憐れみを誘うんだよな。
「大きな仕事をするには、待たないといけない時もある。いいかい、弱い小さな魔物を斬るだけじゃ伝説にはなれない」
「でせちゅ、します、おしゅがと、待つします」
「有難う。いい仕事を見つけよう」
* * * * * * * * *
「はいいらっしゃいませ! カウンターどうぞ!」
バスター管理所の近くにある酒場は、毎日昼間から営業している。オレがマイムで働いていた酒場もそうだったけど、昼と夜では客層がガラリと変わるんだ。
昼間の客は付近で働く人たち。後は引退した老夫婦や、おばさま達だ。対して夜はバスターの割合が多くなる。昼の情報収集が役に立つとは思えなかったけど、まあ仕方がない。
「ハンバーグ定食を、あとはビール……いや、やっぱり牛乳で」
「はーい! 少々お待ち下さい!」
フロアに女性が2名、厨房に男女それぞれ1名。接客にやや余裕を感じる。オレはビールを持って来てくれた女性の店員さんに声を掛け、近況を伺った。
「そうですねえ、あんまり騒動なんかは聞かないかも。ギリング周辺はモンスターの数こそ多いけれど、強いモンスターはいないらしいし」
「そうですか……」
「あ、でも時々ずっと北にあるイサラ村の方角から、はぐれイエティが来たり」
「イエティって、白い毛むくじゃらの」
「そう、何ていうのかな、大きくて白くて毛が長いゴリラって感じの。それが来るらしいわ」
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