Spirit-03 初めての仕事



「こんにちは……」

「はいいらっしゃ……わぉ、猫人族さん! って、もしかして、イースくん!? そうだよね!?」

「お久しぶりです、レイラさん」


 小柄で小顔、綺麗な銀髪、黒い瞳が印象的な色白細めの女性。5年ぶりに会うレイラさんは、記憶とあまり変わっていなかった。


 レイラさんは満面の笑みで握手を求めてくれ、オレを応接セットに通してくれた。


 レイラさんの机、本棚、クエストを貼る掲示板。後は小さな打ち合わせ室が1つ、トイレと小さなキッチン。事務所内はまだ1か月だからかスッキリしている。

 木製の床は靴を脱がなくてもいいらしく、壁は茶色に塗っている途中みたいだ。


 先客はいなかった。


「もう、久しぶり過ぎる! それに、あの頃はあたしと変わらないくらいの背だったのに! 元気にしてた?」

「はい、なんとか」

「すっかりいい男になったわね。うんうん、お姉さん安心した。どれどれ」

「ふぇっ!?」


 レイラさんがオレの胸や腹を手のひらで軽く叩き、腕を掴む。


「うん、しっかり鍛えてる、宜しい! で……あれ、グレー等級?」


 オレの胸ポケットには等級を示すバッジ。屋外で武器を所持する際、必ず見えるように付けていないといけないんだ。

 2年弱のバスター生活で昇格していないなんて、普通じゃあり得ない。当然悪い意味で目立つ。


「ちょっと、今まで別のことをやってて」

「ふーん。まあ、たまにそういう人もいるからね。その格好、私服にしてはきちっとしてるけど、装備はこれからかな? バスター稼業は再開するの?」

「そのつもりです。管理所に行ったら、レイラさんを訪ねるといいって……」

「ボク、もしゅたー斬ゆたいのます! ぬし、すましょう!」

「へっ! 何、誰の声?」


 グレイプニールが突然割って入ったから、レイラさんが驚いて飛び上がった。

 グレイプニールはここに来ればモンスターを斬れると思っていたんだろう。再会して世間話をするオレ達に待ちくたびれたんだ。


「紹介します。オレの愛剣のグレイプニールです」

「ぐぇいむにーゆます! もちぬし、ボクのぬします!」

「へぇー、イースくんも喋る武器を手に入れたんだ! 宜しくね、グレイプニールさん。レイラです、レイラ・ユノー」

「リラ? ゆらしくね? 何ますか?」

「仲良くしてねってことだよ」

「おー、あははっ! リラ!」

「レイラさんだよ。え、オレも宜しくって伝えたはずなんだけど……意味分かってなかったのか」


 その後も色々と話をした後、オレはモンスター退治の依頼が入っていないかを尋ねた。

 グレイプニールが待ちきれない様子だったからだ。


「そうね、でもここに入ってくるのは面倒な指定が多かったり、報酬が少なかったり。管理所で埋もれそうなクエストばかりなの」

「それは聞いてます。オレ達が出来そうなものであれば、何でもいいので。あ、モンスター退治なら、ですけど」


 オレが何かないかと再度お願いしたところ、レイラさんは掲示板から2つクエストを剥がしてきた。


「1つ目、ゴブリンの胃の残留物調査。討伐後はゴブリンの解体をし、残留物の写真を撮る事。魔法使用は厳禁、報酬5000ゴールド」

「えっ」

「2つ目、戦闘姿を見せて下さい。護衛と戦闘、合わせて5000ゴールド。剣職、討伐の技はこちらで指定。モンスターは獣型を指定します」

「……なんか、クセがありますね」


 モンスターをその場で解体など、時間が掛かり過ぎて誰もやりたがらない。

 もう1つのクエストの方だって問題がある。対人闘技ではないにしろ、バスター稼業は各自の腕前、技、それらが差別化の決め手だ。


 何故腕利きと評判なのか、何が強さの秘訣なのか。そんな手の内を不特定多数に明かし、真似されることは嫌がる傾向にある。


 そういったバスターの「やりづらい」が、ふんだんに盛り込まれた依頼。管理所で言われた「訳アリや細か過ぎる指定」とはこういうことかと理解した。


「もしゅた? でんせちゅ、倒すします、ボク、なる」

「あー……このクエストでは伝説にはなれないかな。でも、モンスター退治が出来るなら。知られて困るような実力も経験もないし」


 依頼主が誰かは分からないが、高等級のバスターが受ける内容じゃないから、正直オレくらいしか受けないクエストだと思う。


 というより、オレには選択肢がない。


「そのクエスト、オレじゃ駄目ですか」

「えっ? あー、まあイースくんが良いと言うなら。でも、その格好だし、装備とかすぐに買えるの? 貸し出せるようなものはないんだけど……」


 そうか。剣を扱いながら私服同然のバスターなんて、想定しているとは思えない。ただ、この1週間全く手つかずのクエストなら、依頼主も妥協するんじゃないか。


「2つとも連絡を取ってみるね。戦闘指定の方は、依頼主を呼ぶことになるから」

「はい、お願いします」


 レイラさんが依頼主に電話を掛け、クエストの受注者が現れた旨を伝えた。1つ目は内容物の調査が出来れば何でもいいと了承。

 2つ目の依頼主は、今からすぐに来るという。


 30分もしないうちにやってきたのは、オレとあまり歳が変わらない若い男だった。黒髪に背はオレより低く、瘦せ型。

 それよりも気になったのは、脇に抱えた大きなイーゼルだった。きっと画家なのだろう。


「えっと、まさかその場で描くつもりですか? オレさすがにそこまで責任は持てないんですけど」

「あっ、やっぱり駄目ですよね。写真じゃ躍動感が伝わらないので、その場でスケッチ出来たらと考えていたのですが」


 言っちゃ悪いけど、訳アリクエストを受注する側も、訳アリなんだ。これが5人組のフルパーティーなら、依頼通りにも動けただろう。


 でも、数時間拘束されて1人あたり1000ゴールドじゃ、誰も受けない。男は悩みながらも、写真を撮らせてくれと言ってきたので、それは了承した。


 なんの実績もないオレを頼ってくれたんだ。それにはしっかり応えたい。


 それに、バスターとしての初仕事ではないけど、グレイプニールのためにもクエストを受けなければならなかった。


 ワケあって装備は注文したものが届いていないと言ったところ、男は問題ないと言ってくれた。

 むしろ薄着の方が、体の動きも分かって良いのだとか。安全を考えると、オレは装備を着たいんだけどね……。


「猫人族の方とお話しするのは初めてですけど、身体能力が高いとお聞きしているのでちょっと楽しみです」

「あはは……期待に沿えるか分かりませんが、カッコ良くお願いしますね」

「それに、喋る剣だなんて興味深い。まさかこんな人に依頼を受けてもらえるなんて」


 依頼は双方合意という事で、男はレイラさんに依頼料を支払った。5000ゴールドというのはオレへの謝礼であり、レイラさんが受け取るのはもっと上乗せされた額になる。


「ジョイ・シュナイドです、宜しく」

「……イース、です」

「ぐぇいゆにーむます! ゆらしくね!」


 グレイプニールも乗り気だ。待望のモンスター退治に、オレを引っ張っていきそうな雰囲気を醸し出す。

 オレはイーゼルは事務所で預かってもらい、小さなスケッチブックを片手に持ったジョイさんと、早速町の外へと向かおうとした。

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