Spirit-04 伝説の空振り?


「イースくん」

「はい?」

「……自己紹介はちゃんとやりなさい。ジョイさんはあなたに命を預けるの、意味分かるよね」

「……はい」


 レイラさんは俺が苗字を隠したことに不満を示した。素性も明かせない奴が依頼人と向き合えるのか、責任ある人物と言えるのかと言いたいのだろう。

 確かに、その通りだと思った。


「でせちゅ、なる、知らない、は、言えない。ぬし、でせちゅいぱい、知るられます」

「グレイプニールの言う通りよ。あなたが誰だか分からないのに、語りようがないわ」

「うん。すみません、オレはイース・イグニスタです。宜しくお願いします」

「イグニスタって、あれ? なんか聞いたことが……」


 イグニスタ姓は国内でもそんなに多くない。アスタ村にあと2家族いるのは知ってるけど、どっちも遠い親戚だと聞いている。


「父母がその、有名なので」

「……やっぱり! そうですよね、ああ驚いた! そんなバスターさんに手伝ってもらえるなんて、これは名作を仕上げないと!」


 どうしよう、急にハードルが上がってしまった。

 期待されると落ち込む。それがオレの悪い癖なのは分かってるんだけど。


「とにかく、前評判は仕事で有名になってから! 呼び止めたのはあたしだけど、さっさと行った行った!」


 レイラさんに追い出され、オレとジョイさんは苦笑いで北門を目指した。





 * * * * * * * * *





 北門まで世間話をし、何故1人なのか、何故まだグレー等級なのかも伝えた。親が有名過ぎると困りますよねと言い、ジョイさんは同情してくれた。


「……やっぱりドキドキしますね。町の外を歩くなんて」

「この辺のモンスターなら、オレでもなんとか。平原で活動するバスターも多いので安全な方ですよ」


 一般人が街道を外れて歩く事なんてまずない。馬車に乗らないとしても、必ず他の団体と離れないように歩く。

 バスターでもない限り、1人ぼっちや少数での行動は避けないといけない。


「ぬし! もしゅた! はやくもしゅた斬ります!」

「キラーウルフとか、いないかな。獣系だと、それくらいしか遭遇できないと思います」

「大丈夫です。両手で振り下ろす攻撃でお願いしたいんですけど。難しければ、水平に斬り払うのが」

「ボク、どちもらしたいます」

「2体戦って、どちらも見てもらいましょうか。その方が確実です」


 2体と戦って5000ゴールドと考えたら悪くない。


「ああ、助かります! うちは父親がこのスタ平原の風景を360度見渡したような絵画を描いて、それがものすごく評価されて一気に有名になって」

「親を超えろとか、息子も良い絵を描くだろうとか、言われそうですね」

「ええ、もちろん言われてきました。だからイースさんの気持ちはホント痛いほど分かるんです」


 ジョイさんは絵を描いて生計を立てている。だが、親の名前で売れているようなものだと自嘲気味に笑う。


 画家とバスター、職業は違えど苦労は分かち合えた。自分だけじゃないんだと安心したものの、それでも頑張っている姿勢を見せられると、オレも負けていられない。


 街道を外れ、草が伸びた平原を進む。視界にモンスターの姿はない。


「うーん、ちょっとあの低い木まで来てもらえますか」

「木? 木陰で涼むのですか」

「いや、木に登って上からモンスターを探します。土がむき出しで拓けた所があれば、写真もスケッチもやりやすいですよね」

「そうですね、有難うございます」


 幼い頃から、外で遊ぶ以外に娯楽は何もなかった。木や壁に登るのなんて、朝飯前だ。

 スタ平原は起伏が少ない。特にギリングの北西から北、北東にかけては、山の裾まで平坦な地形が続く。

 モンスターが隠れる場所もないため、他の地域に比べて発見は比較的容易だ。


「北東に草があまり生い茂っていない場所があります。そっちに行ってみませんか!」

「分かりました!」


 木の上から声を掛け、オレは3メルテ程の高さから飛び降りた。こんな時、猫人族の平衡感覚に感謝したくなる。

 ジョイさんと並んで歩き、目的の地点まで歩を進めた。


「ぬし」

「ん? どうした?」

「今は、おしゃべりますか?」

「まわりにモンスターがいないか、気にしながらね」


 どこからが自分の実力なのかと2人で悩んでいると、かすかな獣臭が鼻をくすぐった。


「もしゅた、気にしたら、おしゃべるますか」

「うん、いいよ」

「あはは、グレイプニールはイースさんの事が好きなんですね」

「しゅき? すきは、何ますか?」

「うーん、説明しろと言われると難しいな。イースさんと一緒だと嬉しいって事かな」

「おー、うれしい、分かるます」

「モンスター、多分近くにいるからちょっと静かにしよう」


 息遣いは聞こえない。草を踏み分ける音もしない。だけど気配を消す才能は人の何倍にもなる。近くにいないとは言い切れない。


「この先に、拓けたところがあります。走れますか」

「は、はい」

「では、走ります! 止まらないで!」


 たかがキラーウルフ、だけど戦う術も経験もない人には恐怖でしかない。


「ぬし、何か来たます、ボク持つしますか」

「ああ、いよいよだな。頼んだよ、グレイプニール」

「ぴゃーっ!」


 このピャーはグレイプニールが喜んだ時に出す声だ。聖剣バルドルのような、心にもない「わーい」はまだ言わない。


 地面がむき出しの場所まで移動し、息を切らすジョイさんを庇うように周囲を見回す。見ることが出来ない背後の動きに気づいたのは、グレイプニールだった。


「ぬし、後ろ、もしゅた来られます!」

「ジョイさん、守り抜きます! お仕事開始して!」

「あ、は、はい!」


 初めての意思を持ったグレイプニールでの戦闘。その相手は黒い狼型モンスターのキラーウルフとなった。


 草むらから飛び出してきたのは2体。キラーウルフは群れで行動すると聞いてはいたけど、オレの頭からは完全に抜け落ちていた。

 小柄な大人くらいの体長、長い牙、俊敏で攻撃的。最弱等級向けとはいえ、モンスターだ。


「グルル……ウゥゥ」

「ぬしぃ!」

「頼むぞ!」


 キラーウルフがオレに飛び掛かる。

 目線は首、恐らくもう1体はオレの腹を狙ってくる。

 オレは左利きだ。わざと右脇を空け、グレイプニールを水平に振った。


「ギャウ……」

「えっ、今、斬った……よな?」


 モンスターにも肉があり骨がある。負の力を宿した生物ならざる存在とはいえ、実体がある。

 ただ、斬ったら必ずあるはずの感触がない。


「え、空振り? うっそ、オレそこまで下手なわけ……」


 2体目は体を右に捻ってそのまま斬り払うつもりだった。オレは慌てて2撃目を構え、今度は上から振り下ろす。

 考えていた戦法とは違うけど、これで2つの攻撃を見せることが出来る。


「ブルクラッシュ!」


 ただ思い切り剣を振り下ろすだけの剣技で、父さんが一番得意だった技だ。学校で剣術を習わなかった父さんらしい。オレも結構得意だし、攻撃した気になれるから好きだ。


 今度は気力を更に込めた。上体を少し仰け反らせ、グレイプニールの柄を両手で持ち、一気に振り下ろす。ジョイさんの前でカッコ付けようと、渾身の一撃を振り下ろしたつもりだった。


 キラーウルフを上から叩き斬るだけ。一度跳び上がれば左右に避けることなどできない。幾ら駆け出しでも外す理由がない。確かにキラーウルフの黒い頭が見えていたんだ。


 だけど、斬った感触がない。いや、まるでプリンを斬ったような感触ならあった。

 キラーウルフは筋骨隆々。骨肉絶たれても咬みつくと言われるのに、プリンを斬ったような感触で、かつ反撃もされていないなんてあるだろうか。


「外すなんて、か、かっこわる……!」

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