Spirit-02 グレイプニールと仕事探し



「さ、オレ達が出来るのはここまでだ。お代は親父さんからしっかり貰ってる。つか素材も支給されちまったしな。もうその剣は……」

「ぐえいゆにーむます。ぬし、ちゅけた、ボク、名前」

「……そのグレイプニールはお前のものだ。所持証明を書いてやるから、管理所で武器登録して来い」

「はい。有難う御座います」

「英雄さんに宜しくな! また来てくれと伝えとくれ」


 何度も何度もお辞儀をし、オレは工房を後にした。親がくれたとはいえ、念願の喋る剣だ。父さんと聖剣バルドル、母さんと炎弓アルジュナ。

 その仲間達の武器も長年の友として当たり前のように持ち主と喋っていた。


 正直、その関係に憧れていた。いいなと呟いた事もあった。

 実力で材料を揃える、自分で買って見せる! なーんて強がって旅に出たくせに情けないけど、それでも嬉しい。

 石畳に響くオレの足音も、今日は何だか軽快な気がする。


「ぬし」

「ん? 何だい、何かあった?」

「おじゃり、おじゃ……おじゃべります」

「えっ、今?」


 石畳の道を歩き、もうじき管理所の建物が見えるという時、ふいにグレイプニールが話しかけてきた。

 周囲の人が誰の声かとチラチラ見てくるのが恥ずかしい。


「管理所の中に入ってからね。えっと、伝わってるかな」

「おじゃべり、ませんか」

「お仕事決まってから、ゆっくり喋ろうよ。どうだい」

「おしゅがと?」

「モンスター退治だよ、モンスターを斬るって事ね。君が一番得意なやつ」

「おー、おしゅがと、たいじゅ! もしゅた斬ゆ!」


 意思ははっきりしていて、言葉を覚える意欲もあるみたい。

 少し幼い感じがするけれど、最初からおじいちゃんってのもね。


 石造りでどこの町でも変わらない管理所の外観、どこの町でも変わらないエントランス。どこの町だか一瞬分からなくなる受付で武器登録を済ませ、オレはまずクエストを探す事にした。


 幅広い階段の踊り場から、左の階段を登り切りって大きな掲示板の前に立つ。幾つか紙が貼られていて、最弱のグレー等級で受けられるクエストは……。


「ない、ね。どうしよう」

「おしゅがと? おじゅがどにゃいます?」

「お仕事あるには……あるんだけどさ」


 探し物、警備、留守番……以上。モンスター退治の依頼は残っていない。

 そうか。最近クエストなんて受けてなかったから忘れていたけど、新人のクエストは取り合いになるんだった。

 ギリングみたいに中規模の町になれば、争奪戦も激しいだろう。


「君、グレー等級? 寝坊したのかな、もっと早く来ないと駄目だよ」

「あ、はは、すみません。昨日この町に来たので、のんびりしてました」

「装備は? 今日戦うつもりじゃなかったなら、明日おいで。今日の夜貼り出す分もあるから」


 掲示板の前で立ち尽くすオレを見て、クエスト窓口の女性職員が声を掛けてきた。

 そうだよな、グレイプニールを持っているとはいえ、服装はシャツにベスト。この格好でモンスター退治に行くつもりだったとは思わないだろう。


 かといって防具に着替えることは出来ない。だってないんだもん。

 酒場のアルバイト時代に太ってしまって防具が入らなくなり、今は逆に鍛え過ぎて入らなくなりましたなんて、笑われるに決まってる。


「ぬし」

「ん?」

「もしゅた、斬りますか」

「んー、クエストを受けないで斬ってもねえ」

「くですと、ボク、斬るたいましゅ」


 グレイプニールはモンスターを斬るために存在している。オレとのお喋り役のためじゃない。

 でもクエストを受けずに町周辺でモンスターを退治なんて、受注者への嫌がらせでしかない。

 かと言ってすっかりその気でいるグレイプニールに、今日はやめておこうとも言えない。


「どうすっかな……」


 管理所を通さず、個人で請け負う事は可能だ。でもワケアリだったり、安過ぎたり。例外として観光地ガイドなどは、現地でそれだけをやって生計を立てていたりもする。

 ただ、今のオレでは直接依頼主とやり取りする伝手もない。


「えっと、どんなクエストをお探し?」

「モンスターを倒すクエストがいいんですけど」

「もしゅた! 斬ゆましょう!」

「……もしかして、その剣が喋ってる?」


 どうやら、グレイプニールの声はしっかり響き渡っていたようだ。女性職員の怪訝そうなまなざしが痛い。


 グレイプニールに場の空気を読むなんてことは求められない。当然のように喋るグレイプニールを見せ、オレは苦笑いで説明した。

 驚かれたけど、父さん達の武器が喋るのは知られている。だから反応はそこまで大げさじゃなかった。

 ついでに、出来れば親の名前を利用されず、実力でやっていきたい事も伝えた。


「あなたがイース・イグニスタさんね。なるほど、色々悩んだ末ってのは分かった。ここにいたら目立っちゃうよ? レイラの所に行ったらどうかな」

「レイラさん? えっと、受付に行けばいいですか」


 レイラさんは父さんの大親友であるゼスタさんの娘。ギリングの管理所で働いていることは知っていた。

 ゼスタさんも、両親と一緒に戦った伝説の英雄の1人だ。


「ううん、レイラは先月独立したの。ほら、指名制度が出来たでしょ? 依頼主が受注するバスターの条件を細かく設定できるようになったし、パーティー指名も可能になった」

「そうですね、それはもちろん知ってます」

「管理所でそれを全部対応すると、受付が1件で長時間拘束されるちゃうんだ。だから資格を持った人に、管理所からの委託業務をお願いしているの」

「レイラさんは、その資格を取得したってことですね。職員を4年やっていたなら安心だし」


 どうせ何も出来ないなら、レイラさんに聞いてみようかな。

 ただし、会ったのは1度だけ。親同士の仲がいいおかげで知り合えたんだけど、この場合はコネ呼ばわりされないよね?


 パーティー応募は後回しにし、オレはレイラさんの事務所へと向かった。


「マイムに比べて、高い建物が多いなあ」

「みゃいむ? だてもも?」

「マイムはオレがここに来る前に住んでいた町だよ。建物はこれ」

「こで、だてもも、おー。ぬし、行った、かんりひょ、だてもも?」

「そうだね、バスター管理所も建物だね」


 グレイプニールは少しずつ言葉を覚え、言葉が何と結びついているのかを知ろうとしてる。

 最上級武器としての威厳などどこへやら、アダマンタイト製の剣とは思えない。まるで子供だ。


「あははー、こっち、だてもも! わはっ、あち、だてもも! ぬし、あで、何ますか?」

「あれ? えっと、これ? それともこれ?」


 グレイプニールは武器だから当然動けない。武器の視線も分からない。あれと言われても、オレにはどれなのかさっぱりだ。

 オレが指で幾つか示した時、グレイプニールが「あで!」と言ったのは猫だった。


「猫だね。町の中にも猫やネズミのような生き物がいるよ。鳥も見かけるね」

「めこは、もしゅた? 斬るます?」

「猫や鳥は動物だよ、生き物。モンスターじゃない。モンスターならオレが教えてあげる」

「おぉう、めこのぶちゅ、いきもも、斬るでぎまい。テュール、もしえる、したます」

「そ。何でも斬っていいわけじゃないからね。モンスター退治は行けたら行こう」


 管理所から、北門へ向かって徒歩10分。メインストリートを南に曲がって3つ目の角に小さな看板を見つけた。


 3階建ての雑居ビルの1階、事件屋シンクロニシティ。レイラさんの事務所だ。

 付近には植木や置物などが一切見当たらず、なんとも重々しい。


 レンガ貼りの壁に外開きの二重窓。レースのカーテンが掛かっている。内開きの玄関扉は木製で厚く、金具で補強されていてなんだか要塞みたい。


 ……これ、開いてるのかな?

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