【Spirit】挫折したオレと、生まれたての剣。
Spirit-01 挫折したオレと、生まれたての剣。
【Spirit】挫折したオレと、生まれたての剣。
生まれ故郷でどれほど聞いただろう。
≪英雄の息子が凡人な訳がない、英雄の子供なら優秀なはず≫
≪きっと、すごい活躍をしてくれるに違いない!≫
≪イースくん、君の両親におれ達を紹介してくれないか!≫
≪全部親のおかげだろ、七光り野郎≫
オレへの期待は重圧となり、嫌悪は刃となった。
オレは両親ほど優秀じゃなかった。剣の腕前は並、魔法も並。
見た目は両親に似ていると言われているのに。
人族の父さんと猫人族の母さんの間に生まれ、見た目は猫人族。
人族と殆ど一緒なんだけど、猫の耳と猫の尻尾が生えている。獣人って呼ばれる事もあるかな。
オレは17歳で学校を卒業し、モンスター討伐や危険地域の探索をする「バスター」になった。
当初は英雄の息子という看板を隠し、実力で冒険をしてやる! と意気込んでいたっけ。
≪イース・イグニスタ≫と書けば英雄の子だとバレるため、パーティーへの加入希望は出さなかった。
でも見知らぬ土地で人と出会い、仲良くなってから正体を明かせば、親の名前に左右されないオレを見てくれる!
と思っていた。
そして故郷のレンベリンガ村を出て約1年半。
親の七光を隠した自分が、まさかここまで見向きもされないとは思わなかった。
故郷から遠く離れた土地で金が尽き、とうとう酒場で偽名を使いアルバイトをする羽目に。
そんなオレを見かねて、バスターの道に戻るチャンスをくれたのは……結局親だった。
チャンスとは、親からもらったひと振りの黒いショートソードだ。片手剣にしては大き目だけど、両手持ちにはやや小さい。
武器の大型化が進む昨今、ショートソードの需要はあまりない。だけどこれは超希少な材料「アダマンタイト」で出来た逸品。大きさなんかどうでもいいくらい価値がある。
ここはシュトレイ大陸にあるギリング町の、「武器屋マーク」という工房。オレは今そのショートソードを受け取るため、早朝から武器工房を訪れている。
「ほらよ。気力も魔力も全力で込めて、主になると誓ったんだろう。後は上手くやれ、お前が主で良かったと思わせるのがお前の使命だ」
鍛冶職人のおじさんがオレの背中を強めに叩いて喝を入れてくれる。
アダマンタイト製の武器には性能以上に大きな存在価値がある。
術式を彫り、持ち主の気力もしくは魔力を込め、血で術式をなぞる。そうすれば意思を持ち、武器自身が喋るようになるんだ。
「全部自分の力で成し得る奴なんかいねえ。最後だと思って親に甘えとけ」
「今の俺がいるのは、お前の親父さん達のおかげだ。他人の俺が面倒見てもらってんのに、お前が世話にならねえのはおかしいだろ?」
工房の鍛冶師達がニカっと笑い、オレを励ましてくれる。その横で、黒いアダマンタイト製の鎌「テュール」がとても丁寧に喋り始めた。
テュールはオレの叔父さんの鎌。ショートソードに喋り方を教えるため、叔父さんに無理を言ってわざわざ工房に持ってきてもらったんだ。
「イース様。ショートソードの名前はお決まりですか」
「うん。グレイプニールってのはどうかな。神話上のモンスターを捕える道具の名前だ。今まで英雄の子って身分に囚われていたオレにちょうどいいかと思って」
「なるほど、よく考えられた名前ですね。さあ、喋り方は教えております。昨晩から一生懸命練習していたのですよ」
外が明るくなるにつれ、次第に音も気になり始める。
職人や商人が靴底を鳴らしながら通りを歩き、ニワトリがコッケコーコォーと大騒ぎしだす。
その中で、1つだけ聞きなれない音が混ざり始めた。
「ぷぃ、ぴゅしー、ひゅしっ」
「……何の音だ」
「イース様、よく耳を澄まして下さいませ」
「うん?」
耳に神経を集中させる。暫くしてオレはふと気が付いた。
「もしかして、ぴゅしぴゅし聞こえてるのがグレイプニールの声?」
「ええ、その通りです。さあグレイプニール、しっかりと」
「やった! ちゃんと喋れるんだ!」
夢にまで見た喋る剣! 父さんが持つ聖剣バルドルや、母さんが持つ炎弓アルジュナのように、オレにも喋る武器の相棒が出来るんだ!
でも……ぴゅしと言われても何か分からない。発声練習の一環だろうか。
「ぴゅし……にゅし、ふゅっ……ぴぃー」
「諦めずに。1晩で間に合わせると決めたのでしょう?」
テュールがグレイプニールを励ます。グレイプニールの短い発声が何度か続いた後、ようやく聞き取れる単語が耳に飛び込んできた。
「ぬし、にゅし! ……ぬしぃ」
「……ぬし、って言った? 今ぬしって、主って、もしかしてずっとオレを呼んでた?」
「ええ、その通りです。イース様、応えてあげて下さいませ」
グレイプニールが、オレのことを呼んでいる!
オレはグレイプニールに抱きついた。
「ああ、お前の
「にゅし、ぬしっ!」
「喋れるようになったんだな、偉いよグレイプニール!」
ぬし。それはグレイプニールが何よりも先に伝えたかった一言だそうだ。オレのことを持ち主だと認めている、そう伝えたかったのだと。
「ぬし」
「なんだい、グレイプニール」
「にゅし、ぐにぇふゆぴゅいひーにゅし!」
「……ん?」
「グレイプニールはイース様と一緒がいいです、と」
ぬし以外の言葉はまだ不完全だという。だけどグレイプニールが興味を持った言葉は、テュールが夜のうちにある程度意味を教えてあるそうだ。
後は発音できるようになるだけ。これから少しずつ会話が出来るようになるはずだ。
「オレもグレイプニールが何より大切だ。ずっと一緒に、どこまでも一緒にいよう」
「ぴゅい」
反応があるだけで十分だとさえ思えてしまう。
グレイプニールが喜ぶようなバスターになろう。
こいつにたくさんの経験を与えてやろう。せめて、人並みのバスターとして。
「どこに行こうか。何がしたいかい。とりあえずお金を稼がないと、もう宿泊費も不安なんだ。宿泊ってえっと……」
「ぷぇ、ぷぇせちゅ、にゃうあしゅ」
「ん?」
今のは多分、オレを呼んだのではなくて自分の考えを喋ったはず。
何かしたいのかな。グレイプニールがやりたいことを、積極的にやっていきたい。
それがオレの成長にもつながると思うんだ。
「グレイプニール、ゆっくり話して。ちゃんと聞くからな」
「ぷぃ。ぬし」
「ん?」
「でせちゅ、にゃる、ましゅ」
……でせつ? あ、伝説?
「でんせちゅ、なる、ましゅ。ボク、にゃるたい、でせつ、ます」
「伝説になりたい、ってこと? テュールやバルドル達みたいに?」
「ぷぃ」
「わたくしが色々と教えていく中で、鎌に造り直される前、かつて伝説の盾と呼ばれていた頃の事を少々。それはもう、
「え、ええ~……」
伝説になるって、これは……どうしたらいいんだ?
グレイプニールの希望は叶えてあげたい。だけど、さすがに伝説の武器にしてやれる自信は……ない、ないよ。ないってば。
「でせつ、ます! 斬う、もしゅた、つよい、しゅるます。ぬし、ゆくます」
「……」
「イース様、グレイプニールを宜しくお願いしますね」
「はっはっは! こりゃお前、今までのように落ちぶれていられねえな!」
バスターとして埋もれない程度には頑張る気でいたけどさ……。
「と、とりあえず少しずつ、ね」
「でせちゅ! でんせつ! ゆく! ゆくます!」
「分かった、分かったから!」
伝説って、どうやってなるんだっけ?
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