あの日の裏側、普通の今日

歩「…あ。」


遠くに見たことのある影。

今日は終業式の為短縮授業で、

多くの人は良いお年をと

口にし合ってすぐさま帰っていった。

3年生たちは呑気に年末年始を

過ごしていられない人が多い。

何しろ12月。

もうすぐ1月。

受験が刻々と近づいているのだ。


だから、3年生のフロアは

疎に人がいるだけだった。

まだ花奏は退院していないというのに

彼女の所属するクラスへ向かう為

ふらふらと廊下を歩き出す。

その中で、学年の違うネクタイの

カラーが目に入った。


「…?あぁー!先輩じゃないですかー!」


遠くにいたにもかかわらず

獲物を見つけた獣のように目をつける。

そしてターゲットへと

一直線に走ってくるのだ。

相変わらず声の大きいやつだったが

長束には劣るだろうな。


髪の毛を乱暴に振り回しながら

目の前まで来て、

追加で「こんにちは」と口にされた。


歩「えっと…ごめん、名前なんだっけ。」


「ひどーい、忘れたんですか?」


歩「花奏のクラスの人だったのは覚えてる。」


「お、それは覚えてもらってたんだ。嬉しいー。」


本当に嬉しそうに

声を上げて若干跳ねるものだから

本心なんだろうなと

不覚にも思ってしまう。


湊「あ、うち、高田湊ですよ。」


歩「そうだ、高田だ。」


湊「これぞアハ体験!」


歩「ちょっと違う気がするけど。」


湊「あれ、そうでした?」


機嫌がいいのか随分と語尾までも跳ねている。

1年だからという理由の付け方は

あまりにも理不尽だろうが、

そうしておく方が楽かもしれない。

私にはこんな元気ない。


歩「元気だね。」


湊「気がかりなことも無くなりましたしね。」


歩「…?」


湊「ほら、花奏ちゃんのことですよ。」


歩「あぁ。」


先日、花奏は罪悪感から晴れて解かれ

今は心身共に快方へ向かっている。

ただ、罪悪感から解かれたとは言えど

心の傷はほんの数日で

完全に癒えるわけがない。

未だに幻痛には多少ながら

悩まされているようだ。

他にも、過呼吸や吐き気など

後遺症らしきものは残っている。

だが、医師の見解によると

健康に日を経ていけば

じきに治るだろうと診断された。

食事も負荷をかけないように

まずはスープなど飲み物から

慣れさせていき、すりおろしたもの、

柔らかいものなどは食べれるようになったと

数日前には耳にした。


そして、私と話してくれるようになった。

気絶することもなくなった。

今でも時々思い出すのか

辛そうな顔はするけれど、

その度に花奏のせいではないこと、

花奏のおかげで生きていることを伝えると

困ったように、照れたように笑って

ありがとうと言われた。


全て、一旦は解決したのだ。

穏やかで何もない、

つまらないほどの日常が

ここには戻りつつある。

数日後には花奏も退院し、

新学期からはまた学校に

顔を出せるようになる。


歩「知ってたんだ。」


湊「はい。…うちもあの時いたんで。」


歩「…?あの時って?」


湊「1週間くらい前です。花奏ちゃんが大泣きしてた時。」


歩「…え?」


湊「お見舞いに行ったんですけど、その時は既に悲痛な声が聞こえてきてたんで、入るのも邪魔になるから帰ろうと思ってたんです。だけど…。」


さっきまで子ウサギを

捕まえた子供のように

無垢な笑顔で周りは照っていたはずが、

今は神妙な面持ちになって

大人らしい雰囲気を纏っている。

人は一瞬にしてこうも変わるのか。

…と感銘を受けるほど。


それより、だ。

あの日、高田も近くに居たのか。

その事実に驚きを隠せなかった。


湊「だけど、何だかいつもと違うような気がしたんです。看護師さんは駆けつけて来なかったし。」


歩「あー…私がナースコール押すなって連れに言ったからね…。」


湊「わあ、中々リスキーな。」


歩「あそこで看護師呼んだっていつも通り何も変わらないって思って。」


湊「確かに。んで、当時…不思議に思ったんです。だから扉前でじっと黙って立ってました。」


歩「小学生が宿題忘れた時みたい。」


湊「実際そんな感じでしたけど!もー茶化さないでくださいよー!」


大人っぽいっていうのは撤回しようか。

腕をぶんぶん振りながら抗議してくる姿は

どことなく長束に似ている。

子供だ。

子供っぽい。

高田の印象がどんどん凝り固まっていく。


湊「室内の話はほぼ聞こえなかったんですけど、花奏ちゃんが泣いてる声が聞こえた時は…あぁ、帰ってきたんだなって思いました。」


歩「結構長い間居てくれたんだ。」


湊「そりゃ、大切な友達が頑張ってたんですよ?行く末を見守らないわけにはいかないです。」


歩「頼もしい。」


湊「もっと言ってください!」


歩「幼稚。」


湊「あーもう心おーれた。」


あぁ。

だからこいつは花奏と

仲が良いのか。

実際に普段の心持ちで話してみれば

どことなく花奏にも似ている。

雰囲気がある。

1色、点と滲む色があった。


歩「あれ、でも病室から出てきた時、あんた居なかったけど?」


湊「邪魔になるだろうなって思って帰りました。」


歩「折角来てたんだしひと言くらい言えばよかったのに。」


湊「いいえ。うちが次会うのは学校で十分なんです。」


歩「冬休み会いに行けば?」


湊「…会いに行く資格、ないかなって。」


歩「資格とかどうでも良いと思う。花奏は喜ぶよ。」


湊「うち、何にも出来なかったんですよ。」


くりっとした目は私を見ることなく

ふらっと窓の外へ。

雪は当たり前だがまだ降っていなかった。


湊「大切な友達なのに励ます言葉かけらんなかったし、何なら目があったら叫ばれちゃったし。」


えへへ、とはにかんでいたものの、

それは裏にある苦しさを

隠すためだけのものだと

いとも簡単に分かった。


そうか。

こんな考えなしそうな高田でも

自分は役に立ててなかったと

後悔しているのか。

私もよくその感情に陥ったから理解がある。

ただ只管に辛いのだ。

行き場のない怒り、底のない闇。

無限に広がる自己嫌悪。

終わりがないのだ。


歩「お見舞いに来てくれただけ十分だと思うよ。」


湊「そうなら良いんですけどね。」


歩「思い詰めるだけ毒だよ。」


湊「先輩、励まし上手ー。」


歩「2度と思い詰めすぎて花奏みたいに苦しむ人を見たくないだけ。」


湊「えー?うち、そんな風に見えます?」


歩「人間誰でも可能性はあるっての。」


湊「嫌な可能性だなー。」


くるり。

窓の方へ向いていた体を少し回転させて

私に向き直っていた。


湊「花奏ちゃんを助けてくれて、ありがとうございました。」


ひと言丁寧に紡ぐと

深々と頭を下げた。

その声は僅かながらに震えていて、

涙を堪えているのかと

簡単に察せてしまうほどだった。


高田にとって花奏って

本当に大事な人なんだな。

高田も今までの約1ヶ月の間、

悶々とした日々を過ごしたんだろう。

その生活は事細かに

知ることなんて出来ないが、

知らないままでいい気がした。


歩「…頑張ったのは花奏だから。また今度抹茶奢ってあげて。」


湊「はい!おまかせあれ!」


快活に返事をした後、

それじゃ行くとこがあるんで、と

また走って何処かへ行ってしまった。

廊下に揺れるスカートはまるで青春の権化。

階段へ向かったのか

姿が唐突に見えなくなる。

その瞬間まで見送っていたのかと

呆れてしまい自嘲した。


さて。

私は花奏のいた教室を少し覗いたら

さっさと帰るとしよう。

先程まで高田が見ていた空を

私も見上げてみる。

高い高いところに雲があり、その下に人がいた。

私もその1人。


今日は12月23日。

花奏が退院する日、

みんなで集まってパーティしようと

長束が提案していた。

今回ばかりは私も参加することにしよう。

花奏が戻ってきたんだ。

おかえりって言ってあげたい。


歩「…。」


花奏の願い、叶ったんだろうな。


何の変哲もなくて

つまらなすぎるくらい

普通の今日が来たよ。


鞄には青い惑星の飾りがついた

綺麗なネックレスが

丁重に仕舞われていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る