不可解

外は容赦なくどんどんと冷えてゆく。

冬はいつの間に陣地を広げ

私の足元も染め上げていた。

境界線のない季節達は

どうにも計り知れないほど自由らしい。

自由な癖して無責任なものだから

季節の被害は全て

私たちが被ることになる。


歩「…。」


全国の観光地のお寺などと比べれば

比較的小さい方であろう

木造の家、寺院が目の前にあった。

久々に美月の家まで足を運んでいた。

相談事があったのだ。

それは勿論、花奏について。


相談相手は出来れば真剣に話し合えて

且つ私との人間関係に

溝の少ない人がよかった。

嶋原は論外、遊留は人柄的に得意じゃない、

嶺や関場は…まあ話は聞いてくれるだろうが

話す気になれない。

長束は真面目な時もあるけど

多分励ましだとかそっちの方向へ

それで行く未来が見える。

理由なんてつけようと思えば

いくらでもつけれるのだが。

半ば消去法だったのかもしれない。


緊張した面持ちで

インターホンを鳴らした。

間違っても美月はご令嬢だ。

とんでもない和風豪邸に

住んでいるものだから

私がここを訪れる絵面なんて

場違いで仕方がない。


ぴんぽーん…。


歩「…。」


固唾を飲むと喉がこくりと

相槌を打つように鳴った。

虚無へと木霊する機械音が

暫くきいんと波を立てながら

その場に居座っていると、

不意にさー、というささやかなノイズと

背景に話し声だろうか、

幼そうな子供の声がする。

元気だなとぼんやりしていると

突如女性の声が聞こえた。


『はい?』


歩「あ。三門です。美月に用事があって来ました。」


『あ、はーい。少々お待ちください。』


歩「はい。」


ぷつ、と完全に切れた音を鳴らして

女性の声は見えない壁の

向こうへと戻っていく。

なんて言ったってこの門から玄関まで

庭園を挟むものだから

出てくるのにも時間がかかるんだろう。

ぼうっとしていればいいか、と

自己完結して空を眺む。

相変わらず空は青色を携えて

私たちの前に現れる。

絶対緑を持ってくることはしないのに

赤と青、そして白と黒だけは

一丁前に私たちへ土産だというかの如く

捧げてくれた。


今日美月に話すのは勿論花奏のことだ。

何故花奏があの状態になっているのか

知恵を貸してほしいと思うのだ。

Twitter上で何度も同じ場所を

刺されただの何だのとは聞いたが、

今刺されているわけではない。

花奏自身が事故に遭ったこと以外は

全て嬉しい方向へと進んでいるはずなのに。


美月へは、花奏がタイムリープしていたことを

伝えるか否かはまだ迷っている。

何しろSFもいいところだ。

そんなの現実ではあり得ない。

時間を巻き戻すなんて信じられない。

だから、この話を出してしまったら

美月からすれば私はまともに

話していないのではないかと

思うかもしれない。

その確率が高い。

ただ、1時間だけあの部屋で2人きりで

過ごしたことがあるのだから、

本当のことを言っても

信じてもらえるかもしれないと

希望を持っていたい気もする。


歩「…はぁ。」


美月「待たせてごめんなさい。」


大きめのため息が姿を現した時、

きい、と古臭い音を奏でて

門の隣の小さな扉が開き、

しっかりと防寒している

美月の姿が目に入る。

そっか。

そんな季節になったのかと思いながら

パーカーの上に着ている服に

手を突っ込んだ。


歩「全然。」


美月「すごいため息だったわね。」


歩「聞かれてたんだ。」


美月「タイミングが悪くて。」


歩「ほんと。」


美月「ま、聞いたものは聞いたし仕方ないじゃない。」


歩「あー…別に返す言葉ないや。」


脳内の言葉がだだ漏れる。

頭をもう少しくらいは使える気でいたが

思っていたほどしっかりしてなかった様子。

買い被りすぎたか。


美月「歩らしいわ。…寒いし中入って。」


歩「ん。お邪魔します。」


美月に手招きされ敷地内に入っていく。

久々に眺む整えられた庭園は

昔に比べると大層狭くなっていた。

あるあるだが、きっと

自分自身が大きくなったから

というやつだろう。

当時かくれんぼをしたとして

全身を隠せそうな大きな岩も

今となって見てみれば

寧ろ座るのに丁度良さそうだった。


整備の行き渡った庭園を抜け、

裏口の方から家に上がる。

そして、手をしっかりと洗った後

美月の部屋に通された。

美月はお茶を持ってくるといい、

そそくさと部屋を後にした。

廊下を歩くだけで時に

お手伝いさんとすれ違う。

その方々は挨拶をしてくださったり

将又会釈のみだったりと、

何かしら行動をしてくるので

相手に合わせて私も会釈や挨拶をした。

やはり、ここの方々は

人が来るのに慣れているなと

木の匂いに突かれながらも思う。

行事ごとも多いためか、

回数を経る毎に経験を積んだのだろう。

そう思うと相手も確と人間で

心はあるのだと思い知る。


歩「はぁ…。」


今度は誰にも聞かれていないことを確認し

さっきよりも控えめながら息を吐く。

誰がいようと気にすることではないのだが

人の家であることは考慮したつもりだ。

美月の部屋でぼんやり待っていると

自然と壁の方へ視線が泳ぐ。

多量の本が棚に綺麗に陳列されている。

日本文学もあれば本人の趣味なのか

海外の古書のようなもの、

隅にはお気に入りのものなのか

数冊絵本が並べられ、

図鑑や専門書のようなものまで

揃えられていそうだった。


歩「…。」


美月は相当努力したらしい。

いつからかその努力は

楽しみになっていたのだろうけど。


過去、人の気持ちが分かる様になりたくて

本を読む様になったと口にしていた。

込み入って話したわけでもなく、

ただただ話の流れで

そのような言葉が出たのだ。

小学生の頃は年の差なんて関係なく

一緒にいて楽しいから遊ぶ仲だったのに、

今となっては必要な時以外は

あまり連絡を取らなくなった。

お互い、今1番大切な人が

変わったんだと思う。

美月は遊留、私は花奏へと。


美月『歩ー、ドア開けてくれないかしら?』


扉の奥からくぐもった音がする。

勝手ながらに座っていた場所から

早めに腰を上げて扉を開くと、

お茶を2つ、そしてお菓子も添えられた

お盆を大切そうに両手で持つ

美月の姿が見えた。


美月「ありがとう。助かったわ。」


歩「いーえ。」


ふわふわとした柔らかな髪は

今日はオフの日だからか

下の方でひとつに簡単に括られていた。

いつからか、美月は大人びていた。


つん、と木の香りがした。

それと同時に緑茶の匂いが混じる。

私は対して鼻はいい方ではないけれど、

流石にその程度は分別がつく。

昔は緑茶は好きではなかったのに

今となっては何とも思わなくなった。

成長したんだか鈍ったんだか。

お互い座り、ほんの少し

日常のことや美月の

兄弟のことなどについて会話をした。

2人の時間という擽ったい思いをしながらも

自然体でいることが出来た。

やはり、美月と花奏は

一緒にいて楽だと感じた。


それからは唐突だったのだが、

美月から急に刃で刺されたように

話は切り込まれていった。


美月「何か相談事があるんですって?」


歩「ん。ま、想像つくだろうけど。」


美月「順当に考えて…花奏の事でしょうね。」


歩「うん。」


美月「一応麗香や羽澄、波流づてで事情は聞いてるわ。」


歩「流石に知ってるか。」


美月「えぇ。…大変な事になったって聞いた。」


歩「美月は実際見てはないの?」


美月「1度、声は聞いたわ。…あ、でも…お見舞いに行くと大体眉間に皺が寄ってるわね。」


歩「機嫌悪いとかそういう事?」


美月「そうではなくて、痛がってるって言った方が妥当かしら。顔を顰めてる。」


歩「あぁ…。」


美月「顰めてるけれど、無理に笑って数言だけ話していつも終わるの。」


無理に笑うという言葉を選ぶあたり

容易に花奏の姿の想像が出来た。

花奏はいつも無理をしているイメージが

どことなくあった。

何かを抱えているというか、

誰にも知られないように

背負っているというか、

背負い続けているというか。

でも、それを悟られないようにと

本人は動いているのだ。

きっと過去や素性を知られるのは

嫌いだったんではなかろうか。


美月「…けれど、歩は話すことはおろか顔を合わせることも困難なのでしょう?」


歩「そこまで知ってるんだ。」


美月「えぇ、教えてもらったの。」


歩「美月ってあんまネット見てないでしょ。」


美月「LINEなら見てるわ。羽澄や麗香に聞いたのよ。」


歩「2人とも大変な役回りだこと。」


美月「問い詰めた分謝ったからいいの。」


緑茶の入った器を手に取ると

じんわりと熱が手中に滲む。

寧ろ熱いまであるが

そのまま口元に運びひと口飲むと

舌の上が焼かれるような

慣れた戦闘が口内で繰り広げられた。


歩「何でさ、花奏はあんな痛がってるんだと思う?…幻痛らしいんだけど。」


ぴく、と美月は何かに気づいたのか

体を硬直させたあと、

ゆるりゆるりと緊張を解き

思案へと耽りだした。

そうね…と言った後

掠れながらに唸り声を上げだした。


美月「うーん…幻痛…ね……。」


歩「あれ、幻痛ってことは聞いてた?」


美月「えぇ。それと、現在食べ物を口に出来てないことも聞いた。」


歩「じゃあほぼ全部知ってるか。」


美月「だと思うわ。気負わず話して。知らなかったらその場で聞くから。」


歩「ん。」


美月「幻痛…心的要因じゃないかって言われてるのよね?」


歩「そ。でも事故前ってそんなおかしなことなかったよね?」


おかしなこと…事故当日とその前日は

今思えばおかしな所だらけだったのかもと

振り返ってみる。

だが、美月と話を合わせるために

あまり頭を回さず口に出ていた。

暖房が効いているのか

寒いという感情は居場所を無くしている。


美月「そうね…そもそも私は学校が違うしあまり顔を合わせていなかったから。」


歩「だよねー…。」


美月「前日や当日の違和感…唯一あるのは事故当日に学校に集合させられたことかしら。」


歩「あー…。」


美月「結局何の為に集合するんだか理由が分からなかったもの。梨菜関連のことかなとは思ったけれど。」


歩「そっか。梨菜が殺人犯にストーカーされてるみたいな話あったね。」


美月「えぇ、それよ。」


花奏は確実に死にたくて

それを邪魔する梨菜がいて。

今思えば邪魔されたくなかったから

みんなをそこに集めたと

いうふうにも取れなくはない。

ただ、梨菜だけが障壁となるのであれば

その1人を動かせばいいだけのような

気もするけれど。


美月「そのストーカー、捕まったって知ってる?」


歩「え?あ、ほんとに存在したの?」


美月「存在したのって…してないと思ってた?」


歩「そういうわけじゃないけど。」


正直なところ、

梨菜がおかしいと刷り込ませるための

花奏の嘘だと思っていた。

実際に存在するとは。

そういえば先月あたり

女子高生や中学生を狙った

殺傷事件が起こっているって

ニュースで取り上げられてたっけ。


歩「んで、ストーカーは捕まったと。」


美月「えぇ。しかも事故当日。」


歩「そんな前なんだ。」


美月「そう。…1ヶ月は前ね。だからもう梨菜が精神的に追い詰められることはなくなったと思いたい。」


歩「あー…そこは解決してると見て…ってこと?」


美月「そう。私たちは2つの問題を抱えてたのよ。」


歩「嶋原のストーカー被害と過剰な妄想…みたいな件と花奏の事故ってこと?」


美月「まあ、そんなところね。」


歩「でもそれ、花奏の嘘だったんじゃないっけ。」


美月「そうなの?まあ、どちらが事実にせよ、事故当日に梨菜のストーカー被害自体は解決したし、後は心のケアだけになってると思うわ。」


歩「…美月から見て嶋原ってどうなの?」


美月「最近ってこと?」


歩「そ。」


美月「そうね…いつも通りのように見える…かしら。ただ、波流を見てるにそんな感じではなさそうね。」


歩「事故以降も嶋原は普通?」


美月「ええ。」


実際、嶋原自身は何も

おかしくなんてなかったのかもしれない。

おかしかったのは花奏の方で。

花奏に至ってはおかしいというよりかは

思考を巡らせた結果というか。

考えれば考えるほど

不可解が絡まり合うような感覚。

頭が痛くなってくる。


美月「この件は一旦片付いたとして、問題は花奏の幻痛と心理的に何か病んでいるということよね。」


歩「ん。」


それからも少し話し合いはしたが

あまり進展はなかった。

美月自身も花奏の予約投稿には

相当な疑問を抱いていたことは

新しく聞けたかなという程度。

それ以降、ちゅんちゅんという

聞き慣れた名前も知らない小鳥の鳴き声が

稀に耳に届く中話すも進む触感はない。


歩「…。」


美月「歩は何か知ってることはないかしら。」


歩「え?」


美月「だって11日から一緒にいたんでしょう?」


歩「そうだけど…。」


美月に話していいのだろうか。

花奏がタイムリープしていただなんて

そんな夢のような話、通じるだろうか。

ふと壁に目をやる。

文庫本が大半を占めている本棚があった。


美月「どうかした?」


歩「…あのさ、昨日本読んでたの。」


美月「…?」


歩「それでどうしても理解出来ないところがあって。」


美月「その話…今何の関係が?」


歩「いいから聞いて。一旦話逸れたっていいでしょ。」


美月「まあ急がないけれど。」


歩「でしょ?」


美月「…えぇ、続けて。」


美月は明らかに信じられないといった

嫌そうな顔をしていた。

私が急に話を逸らすものだから

ふざけているのかとでも思ったのだろう。

それでも聞いてくれるのは

きっとこの話にも何か

意味があるのかもしれないと

感じたから…だろうか。


それから美月に本の内容として

タイムリープのことを話した。

あくまで本の内容として伝えたかったので

姉妹の話だと偽って。


姉がタイムリープをして

事故死してしまう妹を救う話である。

中途、姉の友人が介入する。

そして姉は自殺願望を持っており

何度かタイムリープを繰り返した後

最後は飛び降りて自殺未遂は成功、と。

幸いな事に命に別条はなかったものの

姉はおかしくなってしまった。

妹は助かった。

その本は妹が看病を続ける鬱エンド。

…と言ったような即席で作った

適当な話だったが、

美月は何も言わずにただ聞いていた。


何故美月に、直接花奏の話だと言って

伝えられなかったのだろう。

そもそも、私がこの話を

信じられていないからなのかもしれない。

嘘のよう。

虚構のよう。

物語のよう。

夢のよう。


歩「…って内容だった。」


美月「重たいわね。」


歩「まあね。それで聞きたいんだけど、何で姉は自殺願望なんて持ってたの。」


美月「それは本に書いてあるでしょうよ。」


歩「描写がないの。」


美月「想像にお任せしますって事?」


歩「…さあ。普段本読まないから分からない。」


美月「家庭環境とか学校での環境とか恋愛沙汰とかいろいろあるけれど…。」


歩「そうだろうけどさ。」


美月「……そのお話の流れとして最初から自殺願望があったとは限らなさそうよね。」


歩「……どういうこと。」


美月「だって繰り返してたんでしょう?タイムリープをして。」


歩「そ。」


美月「だったら何度も妹の死に立ち会ったかもしれないということ。凄惨な現場だって何度かあったはず。」


歩「…!」


私の死に際に何度も何度も

立ち会っていたのかもしれない。

どうしてその事実に気づけなかった。

どうしてその想像にまで

辿り着くことが出来なかった。

そうだ。

元々は私が死ぬ予定だったんだ。

死んでたんだ、実際。


美月「そりゃあ心身共におかしくだってなるわよ。その状況になれば私でも死にたくなるわ。」


歩「…。」


美月「姉にとって自殺に失敗したのは不幸よね。」


歩「………何で。」


美月「想像つくでしょう。」


歩「…繰り返すのが嫌になったから?」


美月「うーん…半々ね。嫌になるのも勿論あるだろうけど…そうね、例えを出すわ。…例えだから気を悪くしないでちょうだい。」


歩「…分かった。」


美月「歩視点、1番慕っている人…家族や…花奏が何度も命を落としたとする。その現場を幾度となく目にしている。」


歩「……っ…。」


美月「巻き戻す、亡くなる。そしてまた巻き戻す、亡くなる。また、親しい人が死んでしまう。…何度も痛い目に遭わせて死に追いやっているのは誰のせいだと思う?」


歩「………っ!」


美月「……自分だって思うわよね。1回のみの死なら相手のせいだと思える。だけど、何度も死を重ねているのは自分だと強く思ってしまう。」


美月は視線を落とし、

ぽつぽつと小雨のように

言葉を降らせてゆく。

水溜りが出来ないほどの

細い細い雨だった。


美月「…要するに姉を縛り続けているのは罪悪感じゃないかしら。」


歩「…。」


美月「私が読んだわけではないし作者の意図は分からないけれど、歩の話を聞くにそんな感じがする。」


歩「…そ……っか…。」


花奏は今、罪悪感に雁字搦めにされて

動けなくなっているのではないか。

だから私とは顔を合わせることさえ

出来ないのではないか。

幻痛はがもし花奏の意思によって

生まれた弊害だとしたら。

花奏のことだ。

自分を苦しめることで

塩梅を取ろうとしているのではないか。

私の苦しんだ分、否、それ以上

自分が苦しまなければならないという

考えに陥っているのではないか。

ただの仮説なのに

心がぎゅっと握りつぶされそうなほど

痛みを感じていた。


歩「耐えきれなくなったから死にたくなるんじゃないんだ…。」


美月「耐えきれてしまったからこそ死にたくなるんじゃないかしら。」


より一層梨菜の言葉が

深みを増してくるような感覚。

耐えきれてしまったのだ。

そうだ。

花奏が罪悪感を感じずに

私の死を繰り返すはずがない。

あんなに優しい心を持っているんだから。

私のことを大切にしていると

嫌なほど分かっていたから。


遠くで子供の声がする。

美月の兄弟なのか、

将又別の、道路で大はしゃぎしている

子供たちの音なのか。

判別はつくはずもなかった。

気持ちの悪くなるほど

部屋の中は鉛のような空気に呑まれている。

その中、静かに息を吸う音がした。


美月「…………変なこと聞いていいかしら。」


歩「…。」


美月「…今の話、実際に誰かが…それこそ歩が経験したことじゃないわよね…?」


歩「…っ。」


いつからだろう。

俯いていた顔をぱっと上げてしまった。

美月は訝しげな顔をしていて、

顔を上げた瞬間

ばちっと目が合ってしまう。

全てを見透かされているような気がして、

初めて美月を怖いだなんて思った。

心臓が大きく揺れる。

血が勢いよく一拍を刻んだ。


歩「………実際にあったって言ったとして…信じるの…?」


美月「その言い方、実際にあったとしか捉えられないじゃない。」


歩「…。」


美月「…歩が経験してるの…?」


歩「………違う。花奏。」


美月「…っ。…そうなのね。」


納得がいったのか

辛そうにひとつ頷いた後

口元に手を添えて息を呑んでいた。

美月からして、何か色々と

繋がることがあったのかもしれない。


歩「…今の話信じてる?」


美月「正直現実離れしすぎていてやんわりとしか受け取れてない。…でも、歩の話すことだもの。信じるわ。」


歩「…そう。」


美月「今まで散々、現実離れしたことに巻き込まれてきた。多少は覚悟だって出来てる。」


歩「……。」


美月はこんなに訳のわからないであろう話も

信じると言ってくれた。

散々現実離れしたことに

巻き込まれてきた、か。

それもそうか。

そうかもしれない。

美月自身も不可解な出来事に遭ってきた。

巻き込まれてきた。

他にもいろいろと私の計り知れないところで

何かが起きていたのかもしれない。


私は今知っていることを全て

美月に伝えた。

梨菜のこと、花奏のこと、

タイムリープのこと、

11日と12日の知っていることを

覚えている限り全て。


美月の力を借りて

あの2日間のことやその後の

花奏の状態など考え直した。

過去のことはどうやったって

今の私たちでは変えられない。

既にタイムマシンは壊れただけに留まらず

何かしらの方法が取られ無くなっている。

私たちにできるのは

今後を、未来を変えるだけ。


だとしても、今の花奏は

私たちの知らない現実に囚われ、

罪悪感で雁字搦めになっているという

事実には変わりなく、

その鎖を解く方法だって未だ不明瞭なまま。


美月「……今の情報からして、花奏がすぐに回復するのは相当厳しいわね。」


歩「…何にも考えないような性格だったらまた違ったのかな。」


美月「考えなしの人だとしても、大切な人の死を何度も目にしたら流石に人が変わったようにはなると思うわ。」


歩「…そっか。」


美月「私たちに出来ることって何なのかしら。」


歩「…。」


美月「…花奏が罪悪感に負けずに大切なことを思い出してくれると良いのだけど。」


歩「…ん。」


罪悪感に負けずに、か。

過去に1度だけ負けるなと

伝えたことがあったな。

初めて会った日、自殺未遂の現場に

立ち会ってしまった時だった。

あの日の去り際、

どうやって話を締めたらいいか分からず

ひと言元気づければと思って

負けるなと喉を震わせた。


まだ覚えてるものだな。

色濃く残っているもんだな。


夕方の背後に夜の影が見えた。

会いに来た時間も遅かったからか

時間はあっという間に経た。

再度ぼうっと壁一面の本棚を見やると

不意に、過去私がプレゼントとして

渡した小説が挟まっていた。

こうして記憶の傷にならず

普通の本と一緒に並べられていることで

凝り固まった心が解れていく。


美月「そういえば…歩。」


歩「ん?」


美月「いつの間に花奏って呼ぶようになったのね。」


歩「…あぁ…まあね。」


美月「どうして急に?」


歩「前々から言われてたの。名前で呼べって。」


美月「…そうなのね。」


歩「今更だけど、もう後悔したくないから名前で呼んでる。呼ぶようにしてる。」


まだ時々小津町と口にしそうになるが

ぐっと堪えて名前を呼ぶ。

そうしなきゃ、実際に話せるようになった時

すらっと名前で呼べないから。

癖で小津町と呼んでしまうから。


四季は自由気ままに気温を下げ出した。

暗くなるのだって早くなった。

美月は私の家がここから

1時間くらいはするのも踏まえてか

早めに帰るように促してくれて、

私もその言葉に乗って帰るよう決めた。

最後に美月は言っていたっけ。

無理はするなって。


常套句なのかもしれないが、

僅かだとしてもその気遣いが

ありがたいと思えた。


この先どうなるのか分からない。

どうすればいいかも分からない。

それでも、今出来ることをやるしかない。

人間きっと、そんな生き方しかできない。


後悔が嵩まないようにする為にも

出来ることをやるしかないのだ。





***





家に帰ってすぐに手を洗い、

簡単に食事を済ませ

再度机の前に腰を据える。

先に日記を机に並べてから

座ればよかったのに先に座ってしまった。

ティッシュ箱や小物の入った箱など

出来るだけ狭い範囲で全てが済むよう

物が置かれた机の上。

この情景には慣れきった。


歩「……ぃしょっと…。」


キッチンの方から乳製品の香りがする。

換気扇もつけ忘れていた。

チーズを使ったからか、

特徴的な匂いが充満している。

窓を開ける気にもなれず、

換気扇のスイッチをオンにして

日記の並べられた棚の方へ向かった。

素足はすぐさま冷えていき、

さっきまで温めていたのが

全て無駄になってしまった。

足先はとんでもなく冷たくて

このまま寝たくないほどだ。


棚の方へ行くと何冊かに分かれている

多量の日記があった。

最近使っている冊子の内容は

流石に記憶に新しいので、

古い物に指をかける。

すっと引き抜くと、

ぺりぺりと音を立てて1枚の紙が

地に向かって蝶のように舞い降りていく。

その真横にある、

冊子ではない紙束が目についた。


歩「…?」


突然のことに理解が追いつかず、

その紙が落ち切るまで蝶を見届ける。

ラグに散る紙を見るに

メモ用紙か日記に使っているノートを

破ったものだろうか。

でも私自身ノートを破った覚えはない。

こうやって1枚1枚バラにしたって

何も利がないからだ。

分かれてたってすぐ部屋に散るし

まとめるのだって面倒。

そして失くす。

この流れが見えているから

付箋以外で1枚のまま放置することは

まずなかった。

なのに、こんな大量な紙切れが

目の前に現れた。

そりゃあ硬直だってするだろう。


ひとまず片付ける為に紙に手を伸ばす。

遠くから見えたのは

どうやら細かな文字たち。

下の隙間が多いことが目立つ。

私のものではないと思っていたけれど、

よくよく考えれば

授業中に取ったノートかもと過った。

…にしても私がノートを千切るなんて

想像出来ないんだけど。

紙をさっさと目の近くに持ってくる。


歩「…日記…。」


意図せず口から溢れたのは

紙を見た上での感想だった。

日記。

しかもしっかりと私の文字。


11月11日。

随分と隙間があった。


もしかして。

そう思った時には既に

大量の紙らを手に取っていた。

ずっしりとした重量がある。

普通のノートよりも

3、4倍の枚数はありそうだ。


次へとめくってみる。

次の日だろうか。

…と、思っていた。


歩「……は…?」


次に見えた日付。

それは、11月11日だった。


違和感。

奇妙。

気味が悪い。


慌てて次へとめくる。

すると、変わらず11月11日の文字。


歩「……っ…何これ。」


…私、11月11日に日記を

書いた覚えなんてないのに。

どうしてこんなに大量の

11日の日記が存在しているのか。


歩「…………タイム…リープ…。」


はっとして息を呑むと、

勢い余って咽せてしまった。

けほ、けほと痰も少々絡まった

居心地が悪いと声を大にして

叫ぶような咳が止まらない。

その拍子に軽くだがえずいてしまう。

一瞬の気持ち悪さを簡単に押さえつけ

未だに咳き込みながら

日記をじっと見つめた。


実際、私自身11日は小津町の家におり、

日記帳がなかった為に

書き残すことは出来なかった。

そのかわり、12日に色々と

残したような残していないような。

そんな記憶があった。

確実に11日には書いていない。

それだけは確と言えた。


11日。

あったはずの未来、過去の日記。

一文一句見落とさないように

文字を指でなぞりながら読み始めた。





°°°°°





11月11日



今日は化学で課題が出た。

面倒だし内容が難しい。

小津町にでも聞こうと思う。


休み時間に長束や小津町が話しかけに来た。

最早日常、慣れた風景。


運動部の下級生らしき人らが

顧問の先生に怒られていた。

中学時代私も怒られたことが

何度かあったのを思い出した。

連帯責任って言葉で

何でも解決しようとするのは理不尽だと思う。

ただ、社会に出ても

チームプレーが必要なのは確か。






11月11日



今日は化学で課題が出た。

面倒だし内容が難しい。

小津町にでも聞こうと思う。


休み時間に長束や小津町が話しかけに来た。

最早日常、慣れた風景。


運動部の下級生らしき人らが

顧問の先生に怒られていた。

中学時代私も怒られたことが

何度かあったのを思い出した。

連帯責任って言葉で

何でも解決しようとするのは理不尽だと思う。

ただ、社会に出ても

チームプレーが必要なのは確か。






11月11日



今日は化学で課題が出た。

面倒だし内容が難しい。

小津町にでも聞こうと思う。


休み時間に長束や小津町が話しかけに来た。

急いでそうだったのに用事はないと

言っていて変なのと思った。


運動部の下級生らしき人らが

顧問の先生に怒られていた。

中学時代私も怒られたことが

何度かあったのを思い出した。

連帯責任って言葉で

何でも解決しようとするのは理不尽だと思う。

ただ、社会に出ても

チームプレーが必要なのは確か。






11月11日



今日は化学で課題が出た。

面倒だし内容が難しい。

小津町にでも聞こうと思う。


帰り際に小津町と会ったけど

いつもと違って挙動不審だった。

隠し事か避けてるのか知らないけど

不快感があった。


運動部の下級生らしき人らが

顧問の先生に怒られていた。

中学時代私も怒られたことが

何度かあったのを思い出した。

連帯責任って言葉で

何でも解決しようとするのは理不尽だと思う。

ただ、社会に出ても

チームプレーが必要なのは確か。






11月11日



今日は化学で課題が出た。

面倒だし内容が難しい。

小津町にでも聞こうと思う。


休み時間に長束が話しかけに来た。

最早日常、慣れた風景。

小津町が来ないのは珍しいと思った。


運動部の下級生らしき人らが

顧問の先生に怒られていた。

中学時代私も怒られたことが

何度かあったのを思い出した。

連帯責任って言葉で

何でも解決しようとするのは理不尽だと思う。

ただ、社会に出ても

チームプレーが必要なのは確か。






11月11日



今日は化学で課題が出た。

面倒だし内容が難しい。

小津町にでも聞こうと思う。


休み時間に長束が話しかけに来た。

最早日常、慣れた風景。

小津町が来ないのは珍しいと思った。


運動部の下級生らしき人らが

顧問の先生に怒られていた。

中学時代私も怒られたことが

何度かあったのを思い出した。

連帯責任って言葉で

何でも解決しようとするのは理不尽だと思う。

ただ、社会に出ても

チームプレーが必要なのは確か。






11月11日



今日は小津町が辛そうだったから

大雨の中一緒に帰った。

傘を持たせても代わってと言われ

その通りにしたら

小津町は私を押して傘から出た。

それから

「どうやって幸せになればいいのか」

と聞かれた。

過去の話を持ち出して相談させたのは

私の責任だけど、

何て返せば良いのか分からなかった。

あの言葉選びで合っていたのか

今でもすごく不安。

小津町の言葉を頭ごなしに否定しすぎては

いなかっただろうか。

不安。


小津町は考えすぎで

抱え込みがちなのは理解してるつもり。

今回も何か背負いすぎてるんだと思う。

何度も謝る姿が痛々しかった。

初めてあんなに拒絶されて

ちょっと私まで辛くなった。

負けるなって伝えたけれど、

上手く伝わったのか分からない。

迷っているなら力になりたいと思う。

困った時に小津町の隣に

居れればいいなと思う。






11月11日



今日は化学で課題が出た。

面倒だし内容が難しい。

小津町にでも聞こうと思う。


休み時間に長束が話しかけに来た。

最早日常、慣れた風景。


小津町が早退したらしい。

珍しいと思った。






11月11日



今日は化学で課題が出た。

面倒だし内容が難しい。

小津町にでも聞こうと思う。


休み時間に長束が話しかけに来た。

最早日常、慣れた風景。


小津町が過呼吸で倒れたと

小津町のクラスの人から聞き

保健室まで行った。

信じられないほど暗い顔をしてた。

体調が優れないのはあるだろうけど

どうもそれだけじゃないような気がする。

何か辛いことでもあったのか

聞こうとしたけど

何とも言えない凄みがあって

聞くのをやめてしまった。

聞けばよかったかな。

来週学校で会った時にでも聞こうと思う。






11月11日



今日は化学で課題が出た。

面倒だし内容が難しい。

小津町にでも聞こうと思う。


休み時間に長束が話しかけに来た。

最早日常、慣れた風景。

小津町が来ないのは珍しいと思った。


運動部の下級生らしき人らが

顧問の先生に怒られていた。

中学時代私も怒られたことが

何度かあったのを思い出した。

連帯責任って言葉で

何でも解決しようとするのは理不尽だと思う。

ただ、社会に出ても

チームプレーが必要なのは確か。






11月11日



今日は化学で課題が出た。

面倒だし内容が難しい。

小津町にでも聞こうと思う。


休み時間に長束が話しかけに来た。

最早日常、慣れた風景。

小津町が来ないのは珍しいと思った。


運動部の下級生らしき人らが

顧問の先生に怒られていた。

中学時代私も怒られたことが

何度かあったのを思い出した。

連帯責任って言葉で

何でも解決しようとするのは理不尽だと思う。

ただ、社会に出ても

チームプレーが必要なのは確か。






11月11日



今日は化学で課題が出た。

面倒だし内容が難しい。

小津町にでも聞こうと思う。


休み時間に長束が話しかけに来た。

最早日常、慣れた風景。

小津町が来ないのは珍しいと思った。


運動部の下級生らしき人らが

顧問の先生に怒られていた。

中学時代私も怒られたことが

何度かあったのを思い出した。

連帯責任って言葉で

何でも解決しようとするのは理不尽だと思う。

ただ、社会に出ても

チームプレーが必要なのは確か。






11月11日



明らかに小津町に何かがあったので

出来るだけ詳細まで残す。


学校が終わって家に着くと小津町が

横たわっていた。

寝起きだからか知らないが

いつもの目つきとは全然違って

濁ったような感じがした。

怖い、に似た何かを感じた。


小津町がお風呂に入っている間

大きな音がして駆けつけると、

床に座ってて過呼吸らしき状態になってた。

タオルをかけ、声をかけるうちに

呼吸は落ち着いた。

このあたりで小津町が喋らないことに

漸く違和感を感じた。

ひと言も喋らずに頷くだけで

顔だってずっと俯きっぱなし。

私の知ってる小津町じゃなかった。


材料があったから

小津町が好きだと言っていた

ハンバーグを作った。

食べることは出来ていた。

使った器具を洗いながら様子を見ていると

鼻を啜る音が聞こえてきて、

小津町は静かに泣きながら

ハンバーグを食べてた。

美味しいからって雰囲気では

なさそうで、辛いことでも

思い返したんだと思う。


小津町は考えすぎで

抱え込みがちなのは理解してるつもり。

今回も何か背負いすぎてるんだと思う。

何度も謝る姿が痛々しかった。

今日初めて耳にした小津町の言葉が

とんでもなく思い詰めた

ごめんなさいだった。

何をそこまで謝ってあるのか

私には分からなかったけれど、

死ぬほど心がずきずきと痛んでる。

力になりたい。

暫くは小津町の隣に居ようと思う。

せめて気兼ねなく話すことが

できるようになるくらいまでは。






11月12日



一応日付回ったから12日換算で。

小津町は泣き疲れて眠っていたけど

急に起きて、床に座った。

目の腫れも赤みも引いていて

一旦は落ち着いたらしい。

散歩に誘うと1回頷いてくれた。


袖を引っ張られたから

ゆっくりと過ごせるように

近くにあった椅子に座った。

時間をかけて私の作ったご飯が食べたいと

かたことだけど一生懸命に伝えてくれて

嬉しいような心が絞られるような

不思議な気持ちになった。

昨日の今日で何かがあったようで、

誰かに何か言われたらしい。

異様なほど気にしていて

今この状況になっているのだと思う。

元気になってくれればいいな。






11月11日



今日は化学で課題が出た。

面倒だし内容が難しい。

小津町にでも聞こうと思う。


休み時間に長束や小津町が話しかけに来た。

最早日常、慣れた風景。


運動部の下級生らしき人らが

顧問の先生に怒られていた。

中学時代私も怒られたことが

何度かあったのを思い出した。

連帯責任って言葉で

何でも解決しようとするのは理不尽だと思う。

ただ、社会に出ても

チームプレーが必要なのは確か。






11月11日



小津町が急に飛び降りようとした。

優しい言葉をかけてあげられなかった。

どうしたの何が辛いのって

聞いてあげればよかった。

やり残したことあるんじゃないって

今日くらい何か奢ってあげるって。

だから死ぬなって

言ってあげられなかった。

私最低だ。






11月11日



今日は化学で課題が出た。

面倒だし内容が難しい。

小津町にでも聞こうと思う。


休み時間に長束が話しかけに来た。

最早日常、慣れた風景。

小津町が来ないのは珍しいと思った。


運動部の下級生らしき人らが

顧問の先生に怒られていた。

中学時代私も怒られたことが

何度かあったのを思い出した。

連帯責任って言葉で

何でも解決しようとするのは理不尽だと思う。

ただ、社会に出ても

チームプレーが必要なのは確か。





°°°°°





徐に1番最近の

記憶に新しいからと言って

退けていた日記の冊子に手をつけ、

12日の…

…私の知る世界の話へと繋げた。





°°°°°





11月12日



小津町が事故に遭った。

幸いな事に一命を取り留めたと聞いた。

怖かった。

小津町が居なくなるかもと思うと

怖くて仕方がなかった。

生きていてよかった。

生きてくれていてよかった。


嶋原の挙動がおかしかった。

小津町は自殺だと言って

撤回しなかった事、

事故直後何もせず

遠くから見てるだけだった事に

無性に腹が立った。

今思い出してもいらいらする。


シャワーヘッドを固定する部分が壊れてた。

今日は不運な事ばかりで気分が落ちる。

明日どこの業者に電話すれば良いのか

調べなきゃいけない。





°°°°°





歩「………っ…。」


何だ、これ。

何。

異物。

間違いなく異物だった。

毎日ここで過ごし

完全に理解しているこの部屋が、

今だけは海外の図書館のように

知らない場所に思えた。

青い青い部屋。

無彩色のものばかりで

溢れかえっている部屋。

何の変哲もない、ただの1人部屋。

そのはずなのに数えきれないほど

多くの視線を感じる。

錯覚だ。

そうだと分かっている。

分かっている。


タイムリープの話を完全に

信じていたわけでは

なかったのかもしれない。

美月に話している時だって

もしかしたら嘘かもしれないと、

多少は感じていた。

でも、現に残っているのだ。

信じざるを得ない。

これが現実だ。


何故か、あった。

11日の日記が。

巻き戻されていた11日の日記が。

私も知らずのうちに繰り返していたのだ。

確かに私も繰り返していたんだ。


歩「………は…は……。」


どうするにも訳が分からなくなり、

笑うことしかできなかった。

その割には随分乾いた笑い声。

ずっと口を開いていたのか

唾を飲むにもひと苦労で。

こくり。

音が鳴った。


日記はざっと数えて

100枚はありそうだった。

それこそ、嶋原が言っていた

110うん回繰り返したという言葉が

ふと浮き輪を身につけたように頭に浮かぶ。

何回かは嶋原が巻き戻したと言ったっけ。

その間、私は気づくことなく

ただのうのうと繰り返していた。

疑問を持つことなく、

最初の11日、12日だと信じて疑わずに。


歩「………。」


思い出した。

11日、一緒に帰る時

雨の話をしていたんだった。

大雨が降る、止むことはないと

知った口調で言っていた。

知ってたんだ。

実際に何度も何度も見て来たはず。

それに、理解し難いことも

言っていた気がする。

2限目ごろに知った、と。

10時25分は2限目の終わる手前。

だからだったのかと

今漸く納得がいった。


あの日、既に花奏は110回ほど繰り返し

心身共にぼろぼろだった。

なのに、それを悟られないようにか

いつも通りに振る舞っていて、

私は気づくことが出来なかった。

今の花奏を見ている限りだと

寧ろ吐くだけに抑えていた11日が

奇跡みたいなものではなかったのだろうか。

花奏の間違った努力の方向には

口から細い息しか漏れなかった。

どうして耐えきれたの。

耐えきれてしまったの。


日記からも花奏がずっと

苦しんでいたことが伝わった。

もう何もかも捨てたかっただろう。

辞めてしまいたかっただろう。

逃げたかっただろう。

それでも諦めずに

…否、諦めてもなお罪悪感に委ねて

私を助けようと奔走し続けた。

喋れなくなるまで頑張って

自分を傷つけて耐えて。


翌日の12日にふらふらになってまで

買い物に出かけると言ったのは

15日に自分は消えようと、

居なくなろうとしていたから。

だから、最後に誕生日だけでも

祝おうとしたんだろう。

未だに1度も青い青い飾りのついた

ネックレスをつけていないまま

机の上に丁寧に置かれていた。

部屋が青かったのはこれのせいか。

花奏が元気になっていないのに

これをつけようだなんて

早々に思えるはずがない。

小津町はいつ鞄の中に忍ばせていたのか

はっきり言って見当はつかない。

何しろ当日の行動はほぼ

忘れ去ってしまったから。


時間が経ったのだ。

明日が絶え間なく襲ってきたの。

時間が止まることなく

私たちの背中を押し続けてる。


歩「……花奏…。」


ずっと前から死にたかったのかもしれない。

大変馬鹿なことに、

花奏の近くに私がいる限り

そんな事は起きないだろうと思ってた。

慢心してた。

私はなんでも出来る気に

なっていたのかな。

決してそんな事はないのに。

それどころか私は何も変わっていないのに。


歩「………さい…て…ぃ…………だ…。」


つい先日も唱えた最低という言葉が

再度自分に降り注ぐ。

日記の中だけでなく今現在の私も

後悔に後悔を紡いで。


最後電車で別れた時、

私きっと素っ気ない態度をとっていた。

それが最後かもしれなかったのだ。

嶋原によって再会できたけれど、

もしそれがなかったら。

そう思うとぞっとした。

事故に遭う前の花奏の顔、

あまり覚えてないな。

どんな顔してたんだろう。


私、何度ありがとうと

素直に花奏へと手渡せた?


何度、無償のありがとうを

感謝せず貰っていた?


歩「……っ。」


泣いても無駄。

泣いたところでどうにもならない。

ここはぐっと歯を思い切り

食いしばり堪える。

ぎし、と不愉快な音が

奥歯の間から奏でられた。


もう1度ざっくりと紙に残る

黒鉛の跡を見返す。

あくまでも私視点であるから

日記の文章は同じ部分が多いのだろう。

花奏からして毎回全然違っていても

私視点からして何も変わっていなければ

日記自体に変化はない。

何故この紙らがここにあるのか、

そのまま残っていたのかは

今は考えないようにして、

まずは花奏を助けることについて

考えなければ。


徐にスマホの使用時間のデータを見るも

24時間を超えて記録される等のことは

起こっていなかった。

紙媒体だから残ったのか。

アナログならば残ったのか?


歩「…そういえば。」


唐突に脳の中で記憶が湧き上がる。

3週間程前、隣に嶺が座っていた時の会話を

ありありと思い浮かべることが出来た。





°°°°°





麗香「とりあえず起こったことは全部記録に残したし、今後気になることがあったら振り返るスタンスを取ることにするけぇ。」


歩「記録?」


麗香「うん。あれ、話してなかったけぇ?」


歩「初耳。」


麗香「そうけぇ。あて、4月から不可思議な災難について起こったことを出来る限り全て書き起こすようにしてるけぇ。」


歩「全部…?そらまた何で。」


麗香「大事な時に情報がないのは流石にきついけぇ。それに、もう日課になったし。」


歩「日課ね…日記みたいなもん?」


麗香「埃のちりのような詳細まで書き記した日記みたいなもんだけぇ。」


歩「そこまで細かく書いてるんだ。」





°°°°°





記録を残している媒体は知らないけれど、

連絡を取ってみる価値はありそう。

もしスマホに記録しているんだったら

何も残ってはいないだろうけど。


紙束を乱雑に机に押し付けた。

近くにスマホが見当たらず

鞄の中を漁って漸く見つける。

事故前までは生活の一部、

最早体の一部というほどに

スマホを手にしていたが、

今となっては離れている時間の方が長い。

こんなにも生活は一変してしまうのか。


夜だけれど嶺のことだ。

勝手な予想でしかないが

きっと電話に出てくれるだろう。

そんな淡い期待を抱き

通話ボタンを押した。


とるるる、とるるる。

この音を聞くと嶋原と

通話した時のことを思い出す。

あの淡々とした物言い、

「確実に死を望んでた」

という深海のような言葉。

タイムリープの話。


全て全て、現実だ。

何もかも紛れもなく現実。


…そう、理解していても

………。

…否、理解しているからこそ

混乱しているのか。


とつ。

コール音は投げ捨てられたように

大きな音を立てて途切れ、

無音が流れ出す。

声を上げるべきか迷っていると、

不意に電波に乗って声がした。


麗香『はーいもしもし。急にどうしたけぇ。』


どうやら無事に繋がったようで、

問題なく嶺の低いハスキーな声が

届いていた。


歩「今時間ある?」


麗香『そう言われるとないって言いたくなるけぇ。』


歩「あるね?」


麗香『あるある。あるけぇ。そんな圧かけられても困るけぇ。』


歩「大事なお願いがあんの。」


麗香『お願い?』


歩「そ。あんたさ、記録とってるって言ってたよね?」


麗香『ん〜?…あぁ、あれけぇ。』


しらばっくれているのかと思ったが

どうやら違ったらしく、

記憶のフックに

引っかかっていなかっただけらしい。

あれか、と息が多く漏れた声。

刹那、神妙な空気が流れ

肌が微かにぴりつく。


麗香『それがどうかしたけぇ?』


歩「記録って何に残してる?」


麗香『ん?媒体けぇ?』


歩「そう。」


麗香『紙に書いてるけぇ。コピー用紙。』


歩「…!日付の被ってる記録がないか今すぐ確認してほしいの。」


麗香『…日付の被ってる?』


歩「そう。11月11日の分が大量にないか」


麗香『待って、今探すからそんなに捲し立てないで。』


歩「っ…ごめん。」


麗香『ちょっと待つけぇ。』


がたがたとスマホを置いたような

雑音を豪快に鳴らした後、

紙を捲るような、

将又何やら重たいものを押し退ける音がする。

紙媒体に残している。

その言葉に歓喜する日なんて

一生来ないと思っていたのに、

こんな事になるなんて驚きだ。


とんでもないほど早口で

要件を伝えていたのか

嶺は半ばうんざりした様子。

きっと長束の影を見たのだろう。


麗香『………?』


まだかまだかと待ち侘びていると、

遠くから紙をひたすらぱらぱらと

めくっていく音がした。

そして、遠くからだが

動揺の混じった声が揺れながら

私の耳にまで微かに辿る。


麗香『………何…。』


歩「もしもし、嶺?聞こえてる?」


麗香『ちょっと黙って。』


年下だとは思えないほど

乱雑な口ぶりだったが、

それ程苛ついたらしい。

この様子を見るに、

きっと記録はあったのだ。

幾つにも重なる11日の記録が

見つかったのだと思う。

それをじっと目で追って

視線を一生懸命に動かしているんだろう。


私は嶋原からタイムリープのことについて

予め聞き出せていたから

点と点が線になったように感じた。

だが、他はどうだろう。

船に乗っている時の不快感、

もしくはそれ以上のもの。

何せ、自分に覚えの無い同じ日付の記録が

コピーしたわけでも無いのに

幾つも幾つもあるのだ。

変だ。

おかしい。

気味が悪い。

どうして。

何故。

誰が。

そう考えるだろう。


嶺が待てというのだから、

記録の内容を聞くには待つしかなかった。

息を殺し待ち続けること実に

20分…いや、30分は

経ったのではないか。

私と同じであれば記録は100枚を超える。

文章量にもよるが、

そのくらいの時間はかかって当然だ。

私も経験したからこそ

長い時間待たされることには理解があった。


只管待ち続けると

ふう、という息を吐く音。

それはとんでもなく重たく、

蚊程度なら潰れて

落ちてしまうのではないか。


麗香『…待たせたけぇ。』


歩「時間かかるのは仕方ないって分かってたから別に。」


麗香『…ってことは、この異常事態が起こってるって知ってたけぇ?』


歩「…私の日記も凄いことになってたから、紙媒体で残ってるものはもしかしてと思ったの。」


麗香『凄いことっていうのは…同じ日付のものが幾つもあったってことけぇ?』


歩「そう。」


歯を強く噛んだのか

きり、と奥歯が鳴った。

最近噛み締め癖が酷くなっている。

そんな感覚が体内を巡っている。

頭痛こそないからよかったものの、

改善しなければ悪化の一途を辿るだろう。


嶺の記録には私の知るものとは

また違った内容が書かれていた。

例えば、夜な夜な学校に泊まり

一晩を明かしたこと。

他にもお気に入りの秘密の場所が

いつの間に花奏にバレていたことや

嶋原からの指示で動いてみれば

本当に花奏が自殺しかける現場に

出会ってしまったことだとか。

前にも言っていたように事細かに

残しているおかげで

私の知り得ない事まであった。


そしてひとつ。

嶺の記録には11日のみならず

その先まで存在するものが

多数あったのだ。

その全てが私や花奏、

そして美月の死が飾られていたそうだ。

私は元々死んでいたそうだし

花奏も自殺していた話は

耳にしていたが、

どうにも美月の話は聞いたことがない。

一体どういう事なのか

さらに迷宮入りしてしまう。


考えを断ち切るように

嶺の声がすっと耳から入る。


麗香『…歩先輩の方でもいろいろ覚えの無い事が書かれてあったけぇ?』


歩「うん。でもあくまで日記だからさらっとだけ。それこそ花奏に対してのちょっとした違和感とか。」


簡単ながらに日記の内容を伝える。

花奏が思い詰めているそうだったこと、

違和感、異常、その他諸々。

ただ、タイムリープの話だけは

おおっ広げにしていいものか

判断し兼ねて口から出なかった。

とはいえ、既に美月には

話してしまったのだけど。


麗香『なるほど…。これ、パラレルワールドの話けぇ?』


歩「何だっけ、並行世界みたいなやつ?」


麗香『そうけぇ。その別の世界線での内容がここに集まってるみたいな感じがしてるけぇ。』


歩「うん…。」


麗香『あての持つ記録と歩先輩の持つ日記が同じ世界線のものだったとして…歩先輩の日記が12日以降ないのは…』


歩「ま、私が死んでるからでしょうね。」


麗香『そんなさらっと受け入れるけぇ?』


歩「実感が湧いてないだけ。」


麗香『…そうけぇ…。』


実感が湧いていない。

そう。

私は今生きているからこそ

死ぬ時の痛みも分からない。

理解を示せない。

ただそれだけ。


嶺はその記録をどのように

捉えているのかは不明だった。

変に探りを入れても

勘づかれるようでは癪だ。

…ふと気づく。

私はこの花奏の件を

なるべく1人で抱えたいらしい。

花奏が人を頼るのが苦手だったように

私もそうだったことを思い出す。

似ていたのか、と今更。


歩「…この情報…役に立たないかな。」


麗香『…?』


歩「ほら、今花奏が…結構大変じゃん。」


麗香『うん。』


歩「このパラレルワールドだろう話だって花奏のことが多い。引用して今の花奏を助けられるようなことって出来ない?」


麗香『…とんだ無茶振りけぇ。』


歩「分かってる。けど、何かヒントになり得るんだったらって思ったの。」


麗香『…。』


嶺は見えないところで考え込んでいるのか

この部屋は静かになってしまった。

きっとどのパラレルワールドの話を

聞いたとしても辛いものでしかないだろう。

意味を成さない直向きな苦しさだけ。


辛いものからかいつまんでも

結局それは辛いものでしかないのではないか。

花奏にとってきっと

私の存在を思い出すこと自体が

だいぶ苦しいことなんだと思う。

罪悪感。

正体の名をひとつ、

心の中で呼んだ。


麗香『泣きながらご飯を食べてたみたいな話。』


歩「…?」


麗香『ハンバーグけぇ?を花奏に作っていって再現したらどうけぇ。』


歩「再現?」


麗香『再現というかなんというか。…花奏自身何か思い出せそうというか。』


歩「…ま、確かに唯一病院内で試せそうなことだけど。」


麗香『きっと散歩も厳しいし、あてのほうにある内容はほぼ学校内のことだから出来ないけぇ。』


歩「…そっか。」


ハンバーグ。

花奏の好物だと過去に聞いたことがある。

何かを思い出したとして、

それは大層辛い記憶に違いない。

…それは一体事態の好転に

繋がるのだろうか。

一概に繋がるとは言えない。

寧ろ悪化する未来さえ見える。


だが。

…唯一、パラレルワールドの現実を、

花奏の繰り返していた過去の1部を

再現出来る出来事。

他にももしかしたら

試せること、模倣出来ることは

あるのかもしれないが、

ひとつ提案を受けてしまっては

盲目になっていた。

試してみるしかない。

心は自然と落下地点を決め

そこに飛び込んでいた。

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