タイムリープ
家は相変わらず寂れていて
質素な部屋極まりなかった。
今日はぼんやりすることなく
まず不可解だった点を書き出す。
すると、事故当日の花奏行動全てが
段々と怪しくなってきてしまい、
一旦ペンを置いた。
歩「…事情を知ってそうなのは花奏と嶋原。」
11月12日。
事故直後の事。
花奏は自殺だと言い放ったのだ。
花奏は死ぬ。
だから何をしたって無駄だ
…と言ったニュアンスのことを
言われた覚えがある。
ほぼ1ヶ月前の事だ。
これだけ事を放置してしまっては
思い出せるものも少ない。
今の今まで嶋原に話を聞かなかったのは
花奏の本意を知るのが怖かったから。
そして、花奏のあの幻痛は
時間が経つと共に治ると思っていたから。
でも、このままでは駄目だと気づいた。
自分から行動しなければ
何も変わらないと思い知った。
嶋原が何か核心を知るのは事実。
休日の昼間であるのを
今1度確認してLINE通話をかけた。
相手は紛れもなく嶋原だ。
嶋原が逃げ出せないよう
直接話を聞きに行ってもよかったのだが、
正直会いたくないという本音があった。
我ながら子供じみた理由だ、と思う。
思うが、あの時の…事故直後の
嶋原の佇まいには
背筋をぞっとさせる凄みがあった。
今となっては脳内で
誇張されているのかもしれないが、
怖いことには変わりない。
歩「…。」
コール音が鳴る。
とるるる、とるるる。
聞き慣れないな。
家族とも友達とも電話する方ではない。
寧ろ電話がかかってくるなんて
よっぽどの緊急事態の時以外ないだろう。
そんなオリンピックや厄災の降る日よりも
珍しいかもしれない電話を
嶋原にかけていると思うと
どこか勿体無いという感情に
似た何かが滲む。
とるるる、とるるる。
何度もコールが鳴っているが
一向に出る気配はない。
もう駄目だろう。
また後でかけ直そうか。
そう思った時だった。
ぷつ…とコール音が途切れた。
次に、さーっというホワイトノイズが
耳をじんわりと濁していく。
歩「あ…もしもし?」
梨菜『けふ、けふっ…あー!…あ、…もしもーし…。』
歩「もしもし、嶋原?」
梨菜『うん!そうだよ。』
何をしていたのか知らないが
軽く咳き込んだ後にがらがらと
軽い箱が崩れ落ちるような音が
スマホから豪快に鳴り響く。
掃除でもしてたのだろうか。
まあ、休日だから
何したって構わないのだけど
緊張感のなさすぎる声に
憤りを通り越して
呆れや違和感を覚えるほどだった。
梨菜『何かあったの?』
歩「…っ…よくその言葉が出るよね。」
梨菜『え?』
歩「…いや…何でもない。」
かっとなるな。
なったとしても口に出すな。
ここで口論したって無駄。
子供の喧嘩と同義だ。
そう自分を諭して
冷静に嶋原と対峙するよう繰り返す。
歩「嶋原は事故の後にさ、花奏は自殺だって言ってたよね。」
梨菜『…うん、言ったね。』
歩「助からないとも言ってたはず。」
梨菜『そうは言ってなくとも似たニュアンスのことは言ったかも。』
歩「…っ…単刀直入に聞くけど、なんで自殺だと分かってたの。」
長々と無駄に考え続けて
思ったことがあった。
12日の小津町の不可解な行動や
Twitterの予約投稿含め
全ては自殺する為の
前準備だったと思えば
片付いてしまうのだ。
片付いてしまうような感触が
首を締め付けてやまないのだ。
梨菜『…ただの勘だよ?』
歩「そんなはずないよね。」
梨菜『…。』
歩「何を隠してるの。」
梨菜『だから何も』
歩「じゃあ何であの時事故に遭った花奏を見て自殺だと言えたの。後から現場に来た嶋原が、車に撥ねられる瞬間さえ見てないあんたが。何で?」
梨菜『…。』
電話では一時休戦と言わんばかりの
静寂が佇んでいる。
止まれ、と号令を出されたかのように。
スマホで繋がる奥で、
嶋原が息を呑む音がした。
あの時口を滑らせていなければ
今私に問い詰められることもなかったろうに。
当時の嶋原は、花奏が撥ねられたことで
パニックにでも陥っていたんだろうな。
おかげというべきかせいというべきか、
幸か不幸か、首の皮1枚繋がっている。
花奏を助ける1本の糸のような気がする。
梨菜『…まあ、そうだよね。』
歩「……何か知ってるのは認めるんだね。」
梨菜『否定しても信じてもらえないじゃん。歩ちゃんの中で答えが出てるんでしょ。』
歩「…。」
梨菜『…なら、否定しても意味ないじゃん?』
歩「何を知ってんの。」
梨菜『知らなくてもいいと思うけどなぁ。』
歩「このままで花奏の状態が良くなるとは思えない。」
梨菜『花奏ちゃんを元に戻したいってこと?』
歩「元にっていうか…今までみたいに花奏が笑って過ごせるようになって欲しいと思ってる。」
梨菜『そっか。無理だと思うよ。』
歩「…っ!」
淡々と話す嶋原。
電話越しでよかったと今になって思う。
もし対面していたら
私は何をしていたか分からない。
殴りかかっていたかもしれない。
首を絞めていたかもしれない。
それほどまでに感情は波のように
大きく揺動していた。
歩「…そんなことない。」
梨菜『無理とまでは言わないとしても相当厳しいと思う。見たんでしょ、花奏ちゃんのあの痛がり方。』
歩「…っ。」
梨菜『私とはもう顔も合わせることはできない。歩ちゃんも。今まで通り、元通りなんて夢のまた夢だよ。』
歩「そんなことない。」
梨菜『…。』
歩「花奏は…花奏は、今までにも相当の苦しかったことを乗り越えてきた。今回だって」
梨菜『それは花奏ちゃんを過剰評価しすぎじゃないの。』
歩「違う。信じてるだけ。」
信じてるだけ。
花奏は今回のことだって
乗り越えてくれると信じてるだけ。
…。
…信じたいだけ。
ふと降り出した私の信念は
どうやら脆く雨よりも弱いらしい。
降る、よりも崩れるの方が
正しいような。
そんな感覚が胸の奥でする。
梨菜『…確かにね、花奏ちゃんは乗り越えたんだよ。』
歩「は…?」
梨菜『乗り越えられてしまったんだ。』
歩「話が見えてこないんだけど。」
梨菜『花奏ちゃんはね、1人で抱えるのが上手だった。その上、耐えきれてしまった。』
未だに淡々とした口調は何ひとつとして
変わることはないのだが、
その奥に秘められた寂寥が
ちらと頭を覗かせた。
耐え切れてしまった。
1人で抱えるのが上手だった。
その結果が今の花奏?
…そういえばTwitterでも
そんなこと言われたっけ。
けれど私の頭の中は何も繋がってくれない。
点が散在しているだけ。
真っ白なカンバスに
絵の具がびっしりとついた筆を
空で振り切り被弾した様子のように。
ただ、点在しているだけだった。
梨菜『……あの時死ねなかった時点でもう終わりだったんだよ。』
歩「…。」
梨菜『とっくの前から壊れてたよ、花奏ちゃんは。』
歩「そんな様子、なかった。」
梨菜『…。』
歩「夏頃も秋口も、11月入ってすぐの頃だっていつも通りだった。なのに前から壊れてたって何?」
梨菜『…。』
歩「私…花奏の事何も気づいてあげられなかったのに…?」
梨菜『…。』
悔しい、と思った。
素直にそう思えた。
私の異変に1番に気づいてくれたのは
大体花奏だった。
ちょっとした変化…それこそ
部屋に虫が湧いて最悪な気分だった日は
なんだか嫌なことでも
あったのかと聞かれたし、
外で子供が笑い騒ぎながら
歩いているのを目撃した日は
いいことあった?と聞かれた。
だから花奏の異変に1番に気づくのは
私でありたいといつからか隅で
考えるようになっていたのだろう。
何も気づいてあげられなかった。
何も。
何も。
異変?
あった?
事故当日、前日以外で見当たらない。
10日だって放課後話した。
あの教室でそろそろ
出会って2年が経つねと、
時間が経つのは早いねと話した。
歩なら合格できるよと励まして貰った。
沢山のことを与えて貰った。
なのに私は恩を仇で返すだけ。
異変なんてどこにあった。
教室で話したあの瞬間でさえ
私に気を遣って何もないように
見せかけていたの?
歩「…っ。」
信じたいのに、信じられない。
信じたいだけ。
花奏を助けたいだけ。
それだけ。
嶋原との話ではそれ以上
情報を聞き出せることもなかった。
話したって今更どうにもならない、
そもそも話すことじゃない。
平行線のままだったので
精神が削れるような思いがして
ぷつりと電話を切った。
行動していないと
おかしくなってしまいそうだった。
おかしくはなりたくなかった。
何か手足を動かしていなければ。
花奏を助けると決めたのだ。
歩「…まずは事故現場。」
あの日の道順を逆に辿ってみよう。
事故現場、花奏が走ったであろう道、
あのぼろぼろな家、電車。
…あと一応学校も。
それから横浜の店、花奏の家。
何か見つかればいいが、
何もなかったら…。
…いや。
まだ分からない。
諦めるな。
歩「…負けるな。」
ひと言ぽつりと
自分に言い聞かせた。
***
歩「……殆ど跡は消えてるんだ。」
事故現場では今も多くの車や人、
自転車が行き交っている。
まるで事故なんて無かったように。
夢だったかのように。
青信号になって横断歩道を渡る。
すると、私の実家が横断歩道分近くなる。
実家へと帰る時の道のりと
大いに被っている事に気がついた。
だからなんだ、という話だが。
流石に横断歩道に
突っ立っているわけにもいかず、
事故の跡は一瞥するのみとなってしまった。
当時の状況を思い返してみても
花奏が自殺であるという根拠は
何ひとつ見つからない。
そもそも私は何を見つけたいのだ。
目的が無かった事にはっとする。
自殺である証拠が欲しいのか。
それともただの偶然の
事故であるという証拠が欲しいのか。
将又嶋原から聞き出す為の
情報でも欲しいのか。
ひとまず体を動かしていないと
どうにかなってしまいそうだったので
外に出たものの用事がない。
流石に無計画すぎたと自分でも反省した。
…どこか、今までの花奏がいる痕跡を
辿りたかったのかもしれない。
花奏がいるとでも
実感したかったのかもしれない。
花奏は死んでいない。
死んでいないが顔を合わせられない今、
側にはいないのだ。
…そうか。
側に感じたかったのかもしれないな。
歩「…馬鹿馬鹿し……。」
…口ではそう言いつつも本心では無かった。
それから花奏が通ったであろう道を
隅々まで見ながら何回か往復するも
落とし物すらなくあるのは
ちりちりになった葉っぱの群のみ。
落とし物があったとして
溝に落ちた等は考えられるかもしれないが
そこまで探して
見つかるものがある保証はないし、
私の手では届かない範囲だ。
事故が起きたのは約3週間前。
その間に雨の日だってあった。
どこか遠くまで流されているのがオチだ。
歩「…寒。」
12月になって少しした。
既に足先は冷えており
きんきんと音が鳴りそうなほど。
温めたいところだが生憎外。
市民センターはあるが
そこに行って見たいものもない。
暖取りなんて家に帰ったら
いくらでも出来るだろう。
ふと、自分は何してるんだろうと
我に返ってしまう。
本当に花奏を助けることは出来るのか?
私では顔も合わせられないのだ。
食だって拒絶してる。
眠る時だって安らかではない。
…寧ろ今まで通りの生活を
送れなんていう方が苦ではないか。
歩「……何考えてんの。…違うでしょ、助けるんでしょ。」
自分の腕をつねって再確認する。
花奏を助ける。
それは勿論花奏に今まで通り
笑って過ごせるようになって欲しいという
気持ちがあるから。
それ以上に、私が嫌だから。
花奏がいなくなるのは嫌だから。
ただのエゴだ。
私が嫌なんてただのエゴ。
エゴだろうけど、それでも
私には花奏が必要だから。
理由なんて後付けならいくらでも出来ると
何回も学んだことを改めて確認した時、
丁度ぼろぼろの家というより
風化した小さい
屋敷のような場所へ辿り着く。
廃れたマンションのような見た目だが
個人的には風化した家の方がしっくりきた。
多分3階建くらいだろう。
崩れている部分もいくつかあり
歩くには少々足がもつれる。
上の階に行くのは4月以来。
確か天井はなかった覚えがある。
自信はない。
思えば立ち入り禁止の文字は
半年ほど前にはあったはずなのに
今じゃ何もなく誰でもいつでも
入れるようになっていた。
子供が遊びで入ったら
大変なことになるかもしれないのに。
歩「…ここだ。」
見覚えがある。
ここに花奏が立っていて、
そして嶋原が私の近くにいて。
花奏と嶋原が話した後、
嶋原は上へと上がっていったんだっけ。
歩「…?」
上に何かあるのだろうか。
好奇心に任せると体は階段を
迷いなく上り始める。
かつ、かつと1歩ずつ
これで正しいと確かめるように。
歩「…石入った…。」
不法侵入だろうと思うが、
断りを入れず建物へと入っていくと、
罰だと言わんばかりに
靴に小石が入っていった。
ついてない。
そう思いながらもまた1歩足を踏み出す。
階段は4月の時と同様
ひびは入りつつも崩れまではしなかった。
建物も一部崩れているだけ。
大部分はひび割れで済んでいる。
まあ、いつ壊れてもおかしくない事には
変わりないのだろうけれど。
エレベーターの設備らしきものはなく、
床、壁、階段だけの大変質素な場所だった。
もしエレベーターがあったとしても
動く保証はなし、か。
最上階に上がり終えると、
昼空が私を迎えた。
日光が鋭利な棘を持って空気を刺す。
現実だと再確認する程の景色の良さに
思わず大の字に寝転がりたくなった。
歩「…すぅ………はぁ…。」
深呼吸を1つ。
煙った息が吐き出された。
今までの私の中に溜まっていた
もやもやした思考なのか、
それともこの地面に蔓延る埃っぽさか。
それとなく見渡しても
前来た時とほぼ変わらない。
変わっているところといえば
地面に何かが落ちていることだけ。
歩「…何あれ。」
遠くから見ている限りだと
細長くて四角い何か…。
長方形の物体は薄く、
光を受けて反射している。
ここからでは見えなかったので
恐る恐る近づいてみる。
歩「…?」
元々は光るタイプだったのか
小さなLEDライトのようなものが
規則正しく並んでいる。
それこそ、デジタル時計のようといえば
いいのだろうか。
どの数字でも作れるような
配置になっていた。
そして、LEDライトは勿論ついていないが、
ひとつひとつ見るとオレンジ色で
囲まれたライトもあると気づく。
それを読んでみた。
すると、
『113202211111025』
の数字列。
謎の数字列がそこにはあったのだ。
見た事のないものだった。
4月には出会わなかった異物との遭遇。
歩「…2022年…11月11日?」
まず目がいったのは
随分と見覚えのある2022の羅列。
今年は2022年度。
今年いっぱいお世話になる数字だ。
年…時たら今度は日時のイメージだった。
偶にアーティストが新曲を
発表する時などに
この記し方をして告知しているのを
たまに見かける。
『20220823』のような。
だから勝手ながらに11月11日と理解して。
その後が時間なら。
10時25分…だろうな。
なら最初の113は何なのだ。
そもそもそれ以外の部分を
年、日時だろうとして
このプレートは何を伝えたいのだ。
何なのだ。
そう。
そもそも何なのだ。
これは、一体。
カフェで飾られでもしたのか。
にしては随分と古臭い。
疑問は止まるところを知らず、
そこまで大きくはないことから
簡単に手で拾い上げることができた。
見た目よりも軽くひょいと持ち上がる。
もう1度周りを見ても
このプレート以外に見当たるものがない。
これだけ。
これだけが4月と違って異常だった部分。
異物。
歩「…。」
唯一違った点。
…このプレート。
事故当日、花奏と対峙した後
嶋原が駆け上がっていった先。
…きっとここ、最上階。
謎の数字列。
…嶋原のみが知る何か。
そんな予感がしてやまない。
歩「……っ。」
好奇心か使命感か、
プレートの写真を撮った直後に
嶋原へとメッセージを送る。
すると暇だったのか直ぐ様既読がついた。
相当時間が余っていたのか
それとも通知をオンにでも
しているだけなのか。
私には知る由もない。
少しの間くらいはここで
嶋原の様子を見ようと思ったところ、
不意にスマホがけたたましく鳴る。
何かと思って覗けば、
嶋原からの電話だった。
先程は何とも歯切れの悪いままに
通話を終えたというのに、
今かけ直してくる度胸に対して
率直に驚いた。
ゆっくりと受話器のマークに
指を添えて電話に出る。
どこかしらが痛むような気持ちを抑えて。
梨菜『もしもし?電話しちゃってごめんね。』
歩「…全然。」
梨菜『ほんと?よかった。』
電話の主は本当に安堵したのか
ほっと息を漏らしていた。
びゅうと気ままな風が吹く。
私を存分に冷やしていくつもりらしい。
梨菜『この板って何処にあったの?』
歩「事故前に来たぼろぼろの建物あったでしょ?あそこ。」
梨菜『…あぁ…まあ、そうだよね。』
歩「…。」
嶋原は納得したかの如く、
将又元から知っていたように
淡々と息を漏らした。
ここにこのプレートがあったのは
心当たりがあるのか。
歩「知ってたんだ?」
梨菜『何が?』
歩「ここにこれが落ちてたこと。」
梨菜『知ってたっていうか、この前行った時はなかったはずけど……。』
歩「知ってたの、知らなかったの、どっち。」
梨菜『…うーん、そっか…知ってたっていう事になるね。』
歩「回りくどい。」
梨菜『知ってたよ。この前来た時は見落としてたみたい。』
歩「…この写真に映ってるやつ、何?」
梨菜『板。』
歩「そうじゃなくて。」
梨菜『知らない方がいい事だってあ』
歩「私は花奏を助けたいだけ。あんたはそう思わないの?」
梨菜『…っ…。』
歩「お願い。」
梨菜『…。』
私のこれほどまでに必死な願いは
嶋原に届いているのか分からない。
けれど、届いていることを願って。
願うしかない。
私は花奏を助けたいだけ。
今ままで沢山支えてくれていた分、
私はここで恩返しをしたい。
助けたい。
それだけ。
それだけなんだ。
暫くの静寂が居座る。
もう駄目か。
通話を着られるだろう。
そんな予感がした時、
嶋原は深呼吸をひとつ溢した。
梨菜『…分かった。』
歩「…!」
梨菜『…信じられないかもしれないけど…分かった、話すよ。』
何がトリガーになったのか
不明瞭なままだが、嶋原には刺さったらしく
話してくれるという。
安心した。
安心が滲んでやまない。
1歩正解に近づいたような、
そんな感覚。
梨菜『…まず…そうだな、何処から喋ればいいんだろう。』
歩「話しやすいところからでいい。まとめることなんて後でいくらでもできるから。」
梨菜『うん…冷静に聞いててほしい。』
歩「…。」
梨菜『12日、花奏ちゃんは事故に遭った。でも本当はそんな未来なんてなくて。…本来なら歩ちゃんが死んでたの。』
歩「………は…?」
本来は、とは。
私が死んでいた、とは?
梨菜『歩ちゃんが死ぬ未来を変えるために、花奏ちゃんは11日と12日を繰り返してたんだよ。』
歩「待って…話が見えてこない。」
梨菜『タイムリープをしてたの。』
歩「…私を助ける為に…?」
梨菜『そう。繰り返してたの、ずっと。』
嶋原は感情的になることはなく、
あくまで淡々と諭すように
口から言葉を紡いでいく。
信じられない。
信じられないまま、耳を傾けた。
梨菜『送ってくれた写真…この板はきっと戻った先の日時だったんじゃないかな。』
歩「…2022年11月11日、10時25分。その前の113って何。」
梨菜『113回繰り返したってことだと思うよ。』
歩「…わけわかんない。」
梨菜『あ、でもね、私が巻き戻した回数も含まれてるから実際に花奏ちゃんが戻したのは80回いくかいかないかじゃないかな。』
歩「…。」
何故こうも淡々としていられるのか。
普通でいられるのか。
私には分からない。
分からなかった。
歩「…嶋原も……巻き戻したわけ…?」
梨菜『うん。』
歩「私の為に…?」
梨菜『ううん、私が巻き戻したのは花奏の自殺を無かったことにするため。』
歩「…っ……。」
梨菜『…順を追って説明するね。』
それから嶋原は小学生に
算数を教えるように
1から丁寧に説明してくれた。
後からまとめることなんて
いくらでも出来ると豪語したものの
話の内容はどうも常識を大きく外れていて
冷静にさえなれなかった。
まず、元々は私が死ぬはずだったが
花奏がこの未来を変える為に
タイムリープを繰り返していた。
嶋原からすればその期間、
夢を見ている時のように
ぼんやりとしか覚えていなかったらしい。
その疑問を花奏に投げかけると
私を助ける為に昨日と今日を
繰り返していたと返答が来た。
何かの拍子に花奏が自殺をし、
その後2、3ヶ月の時間が過ぎた。
どうしかして花奏を
助けたいと考えた嶋原は、
花奏から聞いた話をもとに
様々な場所を探し回った…と。
そして嶋原はこのプレートが落ちていた
風化した建物を見つけた。
そこには奇怪な物体があったという。
タイムマシンだ。
それを使い、花奏を自殺させないように
動いていたが結局車に轢かれたと
嘆いていた。
しかし、嶋原の話に反して花奏は助かった。
生き延びたのだ。
それに関しては、事故直後に
私が人を誘導して、
一刻でも早く花奏が病院へと
運ばれるようにしたことが
影響しているのではと言っていた。
そして、嶋原さえ知り得ない過去、
花奏しか知らない、揺るぎない過去が
あるはずだと言っていた。
花奏しか体験しておらず、
花奏しか覚えていない過去。
あったはずの未来。
その中にはもしかしたら
楽しかったこともあるかもしれない。
それ以上に苦しいことばかりの
過去だろうと。
じゃなきゃ花奏は今、
あの状態になっていないと
嶋原は溢していた。
最後の未来、私の知る
この未来が選ばれたのは、
花奏がタイムマシンを壊した為。
もう戻れなかったと聞いた。
ただひとつ。
嶋原は通話越しのはずなのに
確と私の目を見て言ったのだ。
そう錯覚してもおかしくなかった。
梨菜『花奏ちゃんは確実に死を望んでたよ。』
…と。
死を望んでた…?
何で…?
ぷつり。
いつの間か切れていた通話。
手をだらりと下ろすと
重量だか遠心力だか
よく分からないものに身を任せたが故に
膝から床に崩れ落ちてしまった。
お尻に伝うひんやりとした温度。
そのまま体の芯まで冷えてゆく。
歩「…花奏……。」
譫言がひとつ宙を舞う。
俯いているせいか
段々と伸びてきた髪が
視界いっぱいに広がった。
私。
私、何も知らなかった。
気づけなかった。
そんなの当たり前かもしれない。
気づけなくて正解かもしれない。
ましてやタイムマシンなんて
アニメやゲームのような世界の話、
信じなくて当然かもしれない。
想像付かないなんて妥当かもしれない。
それでも、力になりたかった。
事故に遭う前に、
…自殺しようなんて考えになる前に
私がひと言だけでも
かけてあげられればよかった。
嶋原の言葉を借りるなら
あったはずの未来には
声をかけた世界線だって
あったのかもしれない。
でも、その線のことは
私は知らない。
私が知るのは花奏が
事故に遭うこの現実だけ。
私、事故に遭った日に
なんて声をかけてあげられた?
また毒づいて終わりだったじゃないか?
歩「………あぁ…もう…。」
何をしてあげれてない。
何も返せてない。
花奏はあんなぼろぼろの状態になっても
私を助けようとしていたの?
何も返せない私を。
悪態と悪口しか出てこない私を。
何回も繰り返して、助けたの?
私はそれを知らず今まで
のうのうと生きていたの?
歩「……最っ低………っ…。」
最低だ。
私、最低だ。
花奏だって人間だ。
それを分かってるつもりでいた。
不意に嶋原の言葉が脳裏を過る。
°°°°°
梨菜『…確かにね、花奏ちゃんは乗り越えたんだよ。』
歩「は…?」
梨菜『乗り越えられてしまったの。』
歩「話が見えてこないんだけど。」
梨菜『花奏ちゃんはね、1人で抱えるのが上手だった。その上、耐えきれてしまった。』
°°°°°
歩「無理なら無理でいいんだよ……っ…。」
私の為に自分を犠牲にしないでよ。
花奏はもっと自分のことを大切にしてよ。
歩「……私のことは…いいから…。」
自分を労ってよ。
自分を愛してあげてよ。
自分は幸せになっていいって
いい加減気づいてあげなよ。
何であんたばかりこんな辛い目に
遭ってなきゃいけないの。
何で代わってあげられないの。
歩「……花奏っ……。」
絞り出すように滴る言葉。
ぎゅっと心臓のあるあたりに手を当てると
間違いなくとくんとくんと
一定のリズムで脈を打っている。
生きている。
私は生きている。
花奏の救ってくれた命を抱えて
蹲り声を押し殺す。
何故だろう。
花奏を助けられなくなったわけでも
目の前が真っ暗になったわけでもない。
なんなら、手がかりが大幅に増え
喜ばしい状態にある。
そのはずなのに、
涙が溢れてやまなかった。
信じられない話ばかりのはずなのに、
花奏のことを思うと
どうしても苦しい気持ちから
離れることは出来なかった。
久々の涙が枯れるまで
乾いた袖で拭い続けた。
花奏。
助けてくれてありがとう。
今度は私が助けるから。
だから、待ってて。
生きて。
生きて、花奏。
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