私のせい

2回目のお見舞いへと向かった日の

翌日のこと。

程よくダメージを負いながらも

それとなく熟す授業達。

勉強はあまり手につかなくなっていたが、

小津町がお泊まりの時に教えてくれた

化学の問題だけは定期的に

復習して定着させた。

今やり直してみれば20分なんて

全くかからない。

すらすらと解けるようになった。

その解法だけは身についた。

身につけた。


歩「…。」


12月に入り、模試の多かった

日々を乗り越えて今日にまで至る。

クラスを見渡すと、

休み時間にも勉強している人が

増えている気がする。

これは一種私には好都合だった。

休み時間、徐に化学の問題を取り出す。

あの日の記憶が蘇る問題を

また再度解くのだ。

何故こんなにも囚われているのは

まるで何ひとつとして見当がつかない。

ただ、先の問題を解くにしても

分からない問題があり、

付箋をつけて解答をぼんやりと

見つめるだけで理解してくれない。

時にスイッチは入るのだが、

いつの間にか切れてしまって

そのままの姿勢でペンだけ

止まっていることが多い。


はっとした時には

既に帰りのホームルームが終わっていた。

最近、無駄な日々を過ごしている。

別に思えば前々からそうだったのだが、

前以上にぼうっとしている時間が

膨大に増えたのだ。

今までどうやって過ごしていたか。

それを忘れつつあった。


愛咲「おうい、みーかど。」


歩「ん?」


愛咲「ちょっと共学組で集まって話そーぜ。」


歩「は、何で?」


愛咲「何でって…そりゃあ、言わなくても分かってんだろー。」


歩「勿体ぶるとかだる。」


愛咲「はーいはいはい。ちくちく言葉ー。」


歩「はぁ。」


愛咲「ま、言わずもがな花奏のことだよ。」


歩「……だろうね。」


それ以外ないだろうよ。

呆れていたのか諦めていたのか

ため息が微かに喉を通って

外界へとするり、生まれていった。


愛咲「昨日、医者から聞いたことと照らし合わせて確認したいことがあんだよ。三門に聞きたいことがあってさ。」


歩「…嶋原も知ってるからそいつに聞いたら。」


愛咲「梨菜は知らないの一点張り。事故当日や前日の花奏から来たLINEも気になるしな。」


歩「…。」


愛咲「言っとくけど、問い詰める意はねーからな!」


歩「分かってる。ただ知りたいだけなんでしょ。」


愛咲「…っていうよりもさ、今の花奏、見てらんないんだよ。」


歩「…。」


愛咲「花奏のこと、助けたいじゃんか。」


歩「…だね。」


長束は鞄を背負ったまま

私を刺すように、将又優しく包むように

視線を注いでいたっけ。

私も倣って鞄を背負い、

いくらか身長の高い長束についていった。


昨日、再度小津町のお見舞いに行った。

ただし、前回の事があった為、

大勢で一斉に部屋に入るのは

止めようということになり、

長束と関場、嶺と私の組み合わせで

順番に病室へと入る事にした。

私と嶺が後からで、

その他2人は先に入ってもらう。

長束と関場が出てくると、

どうやら少しは話せたと語っていた。

力なさげではあったが、

怪我はだんだんと回復している、と。


その言葉を聞いてどこか嬉しくなり、

心がふわりと揺れ浮いた。

今日なら話せるかもしれない。

そんな期待が胸を膨らませた。


が。

嶺がまず先に話しかけ

私は少し距離を取って見た後、

小津町に話しかけようとしたところ

前回と同じく大声で叫び

痛みを訴えながら暴れ出したのだ。

また、背筋の震える感覚を覚えて

全てが停止し、動かなくなった。

嶺がナースコールを押し、

小津町の声を耳にしたのか

気づくと長束が私の前に立ちはだかり

嫌なものから逃すよう

軽く頭を抱きしめられた。

触れられることは気持ち悪かったけれど、

それどころではなかった。

気にする事なんてできなくて。

視界いっぱいに長束の着ていた制服が

映っていることに違和感しかなかった。


目は塞げても耳は塞げないんだよ。

いつまでも小津町の叫び声が

脳内に残留して異彩を放ち続けた。


私だ。

私が小津町に対して

何かを背負わせているのだ。

そう思わざるを得なかった。


愛咲「あーいたいた。おぅまったせーぃ。」


長束についていくと、

職員室前の学習スペースに到着していた。

既に1番隅の4人掛けの席に

関場と嶺が向かい合って座っている。

12月の日差しは先月と比べて

脆く弱くなっていた。


麗香「にぃー。」


羽澄「早かったですね。」


愛咲「2人とも毎回早すぎね?」


麗香「急いで来てるだけだけぇ。」


愛咲「いい心がけじゃあないか!ってことは…おいおい、うちら急いでないみてーじゃねーかよぅ!」


羽澄「多分、愛咲と歩は一緒に来てるからじゃないですか?」


愛咲「はっ…そこに気づくとは。」


歩「そこ、もういいから。話すんでしょ。」


今いる場所から近い側の席、

嶺の隣に腰を下ろした。

嶺は嫌な顔をすることもなく

机にぺたりと上半身を倒して

伏せ寝する時のようになっていた。

どういう感情表現なのか計り知れないが

嫌な顔をしなかっただけましだろうと思い

思考を一旦放棄した。


長束は関場の隣の席に座り

勢いよく鞄を置くと

ふぅ、と大きく息をついた。

帰りのホームルームが終わって

早々だったからか

まだここで勉強している人は

少ないように感じる。


麗香「歩先輩は特に、勉強はいいけぇ?」


歩「いい。」


愛咲「それも重々大事なんだけどさ、今は花奏のことに気を張ってたくね?」


羽澄「安定するまでは…そうですね。」


愛咲「とはいえ勉強も大事だかんな!?な?羽澄、三門!」


羽澄「はいです!」


歩「…。」


愛咲「さぼるんじゃねーぞ!」


歩「あんたこそ。」


愛咲「あ、あははー…。」


麗香「あれ、図星けぇ。」


愛咲「ま、受験終わったしな!それに、うちにもいろいろあるんだよーだ。」


羽澄「愛咲がさぼるのは日常茶飯事であります。」


愛咲「不名誉っ!」


羽澄「それは置いておくとして。愛咲、今日は何で集まったんてすか?」


愛咲「あぁ、こほん。…そりゃ、花奏のことだよ。」


歩「…。」


愛咲「昨日、医者から聞いた話って覚えてるか?」


麗香「勿論けぇ。」


羽澄「はい。」


皆それぞれ返事をする中、

私は返す気になれず

机の木目を眺めるだけだった。


医師より、あの異常な痛がり方を

している原因について聞いた。

すると、答えは返ってきたは

返ってきたのだが

それは随分と釈然としないものだった。

原因は分からない、という。

事故に遭って損傷があった部分とは

反対部分を主に痛みが襲っていたそう。

殆ど怪我のない部分だったにも関わらず

左の脇腹を抑えていることが

多かったらしい。


それを簡潔とは言えない程度に

纏めた長束は次の言葉に困ったのか

ふと黙り込んでしまった。


愛咲「…。」


羽澄「…愛咲?」


愛咲「んー…何だかな。」


羽澄「…?」


愛咲「おかしくねーか。」


歩「…。」


麗香「事故とはあまり関係のない部分に気絶するほどの激痛があるってことけぇ。にぃ?」


愛咲「そういうことなんだよな。」


羽澄「幻痛…でありますかね。」


麗香「あー…聞いたことあるけぇ。」


愛咲「げんつう?」


羽澄「そうであります。幻の痛みで幻痛。幻肢痛とか聞いたことないですか?」


愛咲「うっわ、あるかも。ぴこーん、今脳が動いた。」


羽澄「事故等で手足がなくなっても、そのなくなったはずの腕が痒いとか痛いとかって感じるものであります。」


歩「…でも、小津町は四肢を落とされたわけじゃないし、脇腹部分に何か怪我を負ったなんてこともない。」


羽澄「だから原因の分からない幻痛なのであります。」


麗香「…原因が分からないっていうのが不思議けぇ。」


愛咲「だな。」


麗香「普通、幻痛が起こるほど怪我をしたっていうことになるはずけぇ。」


羽澄「それがなかった。医師は心的な原因があるのではないかって言っていたでありますけど。」


歩「…事故に遭う前まで気絶するほど痛がるところなんて見たことないのに。」


愛咲「だよなぁー。」


長束は大きく背伸びをした後

だらりと背もたれに体重を預けた。

夏が滲むような体制だと思っていると

私の思考が届いてしまったのか

ちゃんと座り直した。


愛咲「三門はさ、事故現場見てるもんな。」


ぞくりと背筋が震えた。

あの悲惨な情景を今も確と覚えている。

血の滲む横断歩道、

反対側へと綺麗に折れた足、

命の危機を感じるほど

冷たく注がれた嶋原の視線。

あの日以来、嶋原とは会うことはおろか

連絡すらしていなかった。


歩「…トラウマ。」


愛咲「ごめん。」


麗香「ずっと気になってたんだけど、何で梨菜と歩先輩は事故現場にいたけぇ?」


愛咲「今トラウマだっつってたろ。」


麗香「不謹慎承知で聞いてるけぇ。辛いのは理解してるつもり…それでも何かがあったんじゃないかって思うんだけぇ。」


歩「……。」


羽澄「それは羽澄からもお願いします。聞かせてほしいです。」


2人が目を合わせることはなくても

心底気になっているであろうことは

嫌なほどに伝わってきた。

確かに、あの日は4時に学校前で集合だと

小津町から連絡があったのに

それを無視して行動していた。

そりゃあ不思議に思われるのも無理はないか。


歩「…嶋原に連れられただけ。」


羽澄「どういう…?」


歩「……私だって知りたい。」


麗香「順番に話してくれないけぇ?」


歩「…11日…事故の前の日、私は小津町の家に泊まったの。」


愛咲「そーだったのかよ!」


麗香「その時の花奏の様子は?」


歩「特に変わりない。…あ、でも、体調悪くて吐いてた。」


愛咲「だいぶ体調悪いじゃねーか。」


歩「その日は大雨で、小津町は結構濡れてたからそれで風邪ひいたんだなと思って流してた。」


麗香「…それで次の日は?」


歩「小津町は買い物に行くって言って聞かなかったから、昼過ぎまで寝かせて同行した。」


羽澄「なるほど…。」


歩「そのまま学校前まで行くつもりだったんだけど、小津町が忘れ物をしたって言って下車。私は先に向かって…。」


それが間違いだったのかもしれない。

今思えば、あの時の小津町の言葉を

跳ね除けて一緒に降り、

同行していれば未来は違ったのかもしれない。

なのに。

…今更後悔しても無駄か。


歩「私が学校の最寄り駅に着いたら何故か嶋原が居て、それでそのまま連れられた。」


羽澄「…梨菜には明確な意思があったんですかね。」


愛咲「んで、花奏が駅に戻ろうとした時事故に遭ったってことだな。」


麗香「待って。」


愛咲「んだよー麗香ー。」


麗香「事故現場って花奏の家の最寄り駅に付近けぇ?」


歩「…っ。」


麗香「…歩先輩。」


愛咲「ちょっと、責めるようなことはなしだってば。」


歩「…2駅、ずれた場所だった。」


麗香「…!」


可笑しかったことをあげれば

キリがない気がしている。

小津町は忘れ物を取りに行くと

言って下車したものの

何故か家の最寄りからは

2駅ずれた廃墟にいた。

それは嶋原がくるだろうと思って、

と言っていたがそれは嘘だったのか。

嶋原は何故あの廃墟へと

直行したのだろうか。

既に私が忘れてしまっている

会話内容もあるだろう。

うまく噛み合わない。

気持ちが悪い。


小津町を信頼していたいのに、

あの2日間のことは

全てを疑ってかかった方が

いいのかもしれない。

…なんて、らしからぬことを考える。


麗香「…尚更花奏の意図が分からないけぇ。」


羽澄「ツイートも意味深なものを残してましたしね。」


愛咲「…そうだったな。」


歩「…。」


麗香「花奏は何か知ってたんじゃないけぇ?」


愛咲「何かって?」


麗香「それは…分からないけど。」


羽澄「本人に話を聞かなきゃどうにも進まなそうですね…。」


愛咲「花奏本人は今の状態だと厳しいだろうよ。それに、1番の問題があるだろ。」


歩「…?」


愛咲「花奏が三門に対して拒否反応みたいなものを起こしてるってことだよ。」


目の前に座る長束は

いつの間にか真面目モードになり

おちゃらけることもなくなっていた。

真剣そのもの。

その問題根本に立ち向かおうという

覚悟さえ見受けられた。


羽澄「…それも謎ですよね。」


麗香「普段歩先輩の事が大好きな花奏なのに、あの反応は正直異常けぇ。」


歩「……私…」


あぁ。

少しおかしいな。

声が震えている気がする。


歩「…私…が、何かしたのかな。」


愛咲「……違うって思いてーよな。」


歩「でも現状、私に原因があるでしょ。」


羽澄「そう見えてもおかしくないだけです。きっと何もしてません。」


麗香「そうけぇ。思い詰めるだけ毒だけぇ。」


毒。

分かっている。


励ましの言葉だ。

慰めの言葉だ。

気を紛らわせる為だけの言葉だ。

思い詰めすぎは良くない。

自分をも殺す。

分かっている。


歩「……っ…ごめん、今日は帰る。」


だからこそ、今日はもう

何も考えたくなかった。


麗香「…辛い話ばかりしてごめん。」


歩「必要な事だったし仕方ないでしょ。」


床に置いていた鞄を拾い上げ

そのまま背負うと

3人に背を向けて歩いた。

もやもやする。

言葉にも出来ない苛立ちが募る。

じりじりと導線を焼いている。

そんな感覚が脳の奥でしていた。


愛咲「三門!」


たたた、と軽快に駆け寄られると、

肩にある程度の力を込められ叩かれた。

無意識のうちに力を込めていたのだろう。

歯をぐっと噛み締めたままであることに

気がついてしまった。

奥歯に痛みがじんと響く。


愛咲「時間をくれてありがとな。」


歩「…。」


愛咲「あのさ、うちらで勝手に梨菜や花奏に話を聞きに行こうと思うんだけどいいか?」


歩「…好きにして。」


愛咲「分かった。無理するなよ。」


歩「…。」


肩に置かれた手を振り払い

今日は誰の言葉にも

2度と耳を貸さないよう

イヤホンを取り出して耳にさす。

最後の長束の言葉は

ほぼ何も聞いていなかった。

聞きたくなかった。

もう今日ばかりは参ってしまっていた。

連日積み重なる小津町の行動の謎、

私に対してのみ起こる

気絶するほどの幻痛。

いっぱいいっぱいだ。


歩「………馬鹿…。」


青いネックレスが脳裏を過る。

小津町からのプレゼント。

…嬉しかったはずなのに

今となっては私を縛り付けるばかり。


歩「……。」


考えすぎだ。

今日くらい何も考えないで

1日を過ごしてみたい。

残りの今日は捨て、

後の私に全てを託すことしかできなかった。

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