お見舞い

日数を経る度段々と

冷え込んでゆくこの月。

あっという間に11月は

終わりを迎えようとしていた。

2022年ももうすぐ終わる。

そうするとすぐに2023年と

ご対面することになるのだ。

考えられない。


歩「はぁー…。」


手で口元を覆い、軽く息を吹く。

生暖かい吐息は掌を

僅かに撫でて存在を消した。

鞄には親に何度か相談して決めた

お見舞いの品が入っている。

小津町は確か甘いものは

食べれた記憶があるので

口にしやすいお菓子にした。

本人の親御さんに面会可能か聞いたところ

是非とも会ってほしいとの事だった。


今年の秋も息絶える手前、

家を出る準備は終えているにも関わらず

1歩踏み出すことが出来ずに

ぼんやりと部屋の中を見渡しても

何も変わることなどない。

ないのだが、細かいところにまで

目を向けてみる。

電気ケトルのコードは挿しっぱなしで

テレビの電源は消したけれど

掃除はしていないから

上に埃がうっすらと溜まっていた。

だからなんだ。

ただの何も変わりのない

日常のワンシーンだ。

それが今では異質に映った。


歩「…行くか。」


口に出して自分を鼓舞し

冷えた指先でドアノブを回す。

1歩外に出てみれば

空は私を出迎えてくれた。


誕生日以来、私は学校に顔を出した。

ずっと家にいる方が頭がおかしくなって

いきそうな気がしたから。

既に終わってしまって

仕方のないことばかり延々と巡るなんて

気持ちも頭も体も何もかもが

ついていかない気がしたから。


…きっと、小津町の

今までの行動の可能性を

追求したくなかったんだと思う。

真実を知りたくなかった。

目を背けて逃げ出した。

それがしっくりくる。


学校に行けば、まず同クラスの

長束がいつも通りに接してくれた。

三門が休むなんて珍しいじゃねーかって

笑顔では言っていたけれど、

無理はするなと慈愛のこもった目で

伝えてくれた。

あくまで私の帰る場所と言えばいいのか、

居場所はそのまま暖めてあげなきゃという

考えでもあるのだろうか。

全ての言動がいつでも頼ってほしいと

申しているように見える。

自意識過剰なだけだろう。

それでも、その踏み入れすぎない優しさが

今は1番心地よかった。


それから嶺や関場も

普通に学校に登校していた。

普通とは他の人から見ればであって

私からしたらどことなく

落ち込んでいるように映った。

だが、私を見つけるや否や

声をかけてくれた。

関場や嶺だって辛いはずなのに

よく他人に気を向けられるなと

感心したほど。

去年までとは大きく異なった環境に

改めて驚く自分がいた。


歩「…っと。」


危ない。

鍵を閉め忘れるところだった。

数歩踏み出したがさっさと家の前に戻り

音が鳴るまでしっかりと確認して

家を後にした。


今日は月曜日で学校もあるが

帰りには小津町の入院している

病院へと足を運ぶ予定だ。

長束や関場、嶺の共学校に通う皆で行く。

正直、普段なら1人の方が気楽で

好きなよう動けるしそうしているのだが、

今回に限っては誰かが

ついていて欲しかった。

もしもの話、小津町は本当に

自殺をしようと飛び出したのなら。

…。

私には1番会いたくないんじゃないかと

ふと思ったのだ。

何故と問われると言葉にし難いが、

小津町は人に迷惑をかけることを

極端に恐れている節がある。

私に悟られるのが嫌だった等

何かしら理由があるのではないか。

…。

もしもの話だ。

現実じゃ困る。

…。

…何をうじうじと考えてんだか。

しょうもない。


歩「……っ…はぁ。」


息をひとつ飲むように大きく吸い、

盛大に吐いてから再度家を離れた。





***





愛咲「よぉーし三門ー!いこーぜー!」


歩「ん。」


愛咲「っと…ちょっと待ったー!」


歩「何?」


愛咲「忘れもんしたんだぜ…。」


歩「そこ、あんたの席だしさっさと準備したら?」


愛咲「ぴこーん、三門が閃いた。」


歩「長束が閃け。」


帰りのホームルームが終わって早々

長束が私に声をかけるものだから

席に寄ってみればこの状態。

12月手前、長束が私に声をかけることを

不思議に思う人は減ったと思う。

奇怪な視線を浴びる事も少なくなった。

ただ、陸上部らしき人らの視線は

相変わらず鋭いような気はするけど、

今更人の視線を気にしたって意味がない。

気にする事自体面倒くさい。

意味がないことにリソースを割きたくない。

…私も相変わらずか。


歩「部活の人達に声かけなくていいわけ?」


愛咲「おー…もうなー…既に言ってあるんだよ。」


長束は自分の机の中身を弄りながら

間伸びした声を上げた。

がたがたと机が揺れている。

何をそんなに強い力で

探す必要があるんだか。


歩「あそ。ばいばいくらい言ったらって思ったけど。」


愛咲「だからぁ、先に言ったって。」


歩「へー。」


愛咲「三門に話しかける前にやってんだよ。ふぅ、さすがうち、出来る女。」


歩「出来る女は忘れ物しないでしょ。」


愛咲「え?忘れ物してもカバーがすげー出来る女じゃね?」


歩「…さぁ。知らないけどとりあえず長束は当てはまらないね。」


愛咲「そんなぁー。伸び代しかないじゃーん。」


歩「相変わらずポジティブで何より。」


愛咲「そりゃあどーもってやつだな!」


その言葉と同時に

チャックが勢いよく閉められ、

特有のきゅいんという音が耳に残る。

もう少し優しく閉めてあげればいいのにと

思考の隅を過って消えていった。


愛咲「…よぉし、準備は完了しました!」


歩「ん。じゃあ行こ。」


愛咲「あいあいさー!」


歩「どこ集合?」


愛咲「へ?三門知らねーの?」


歩「うん。」


愛咲「あんだけスマホ見ててLINEは見てないってかー!」


歩「最近スマホ見てないし。」


愛咲「んあれ、そうだっけ?」


歩「そ。」


愛咲「あちゃー、うちとしたことが見落としてるー!」


歩「んで、場所は?」


愛咲「待ってな、確認するから。昇降口か校門だった気がするんだけどなー。」


そう言いポケットから

可愛らしいカバーのついた

スマホが取り出されていた。


私はというと最近は時間が有れば

スマホを見ることはせず

ただただ伏せていることが多かった。

眠ることも勿論出来ないため

本当に意味なく伏せるだけ。

その中で巡るのはやはり

小津町の11、12日の行動のこと。

考えないように学校に登校したというのに

結局この有様だった。


愛咲「お、3年の靴箱んとこだってよ。」


歩「ん。ありがと。」


愛咲「はーいよ。」


慣れた手つきで鞄を背負い直し

廊下へと踏み出した。

長束が先導するように

ほんの少しだけ前に出て歩く。

とはいえほぼ横並びか。


長束は絶えず明るく話題を振り続け

私はそれを適当に遇らう。

するとなんだか愉快に笑われた。

長束と関係を持つようになったのは

今年度の4月にあの

宝探し事件があって以降のこと。

それ以前にも一応認知はしていた。

やたらと煩い人間がいる、と。

まさか長束と共に行動して

話すような日が来るとは思えなかった。

改めて横目で長束を見ると

身長が高く変わらず癖っ毛を揺らしている。

こんな身長高かったっけ。

それでも小津町よりかは多少低いかな。

あれ。

私いつからこんなに

長束と話すようになったんだっけ。


長束とはこういうどうでもいい話だけを

表面上でするような仲でいるのが

1番楽なのかもしれない。

程よい距離感、と言えるだろう。


愛咲「だぁーよなぁー。うちもさ、あの授業まぁじで分かんなくてー。」


歩「それは想像つく。」


愛咲「ぬぁんでだよー!あ、麗香ぁー!羽澄ぃー!」


会話の途中という言葉を知らないのだろう、

流れを全て放り出して

視界に入った2人の名前を

とんでもなく大きな声で呼んだ。

すると2人ともほぼ同時に

こちらを向くんだもの。

変なものを見たような

謎の違和感と気持ち悪さが

私の脈を甘く噛んだ。


麗香「あ、きたけぇ。」


羽澄「愛咲、歩!」


愛咲「すまーん待たせたー!」


羽澄「全然いいですよ。羽澄も今来たばかりです!」


愛咲「ってことは…麗香は待ったってことか!」


麗香「別に。10分も待ってないけぇ。」


愛咲「ほっ…よかった。」


麗香「わー、レディを待たせるなんて最低けぇ。」


愛咲「わー、うちは最低だぁー!」


小津町のお見舞いに行けることが嬉しいのか

長束を始め浮ついているような気がした。

私もその1人だろう。

少しばかり浮かれている。


とはいえ、文句のひとつやふたつ言わなきゃ

気が済まないけれど。


賑やかな会話は苦手だったが、

知り合いとなると嫌な気はしない。

このままラジオ感覚で聞き流していても

よかったのだが、

小津町のお見舞いがあるということを

忘れるわけにはいかないな。


歩「早く行かない?」


愛咲「おお!そだな!」


羽澄「いっつも切り替えだけは早いですね。」


麗香「ね。」


愛咲「ん?キャベツの千切りもはえーぞ?」


麗香「はーいはい分かったけぇ。」


嶺に抑制され、学校から去り

小津町のいる病院へと向かった。

移動中の電車内でも

長束は皆に話題を振って

賑やかさを保持していた。

電車は日中だからか空いていたので

横並びで占領した。

遠くの席から長束の声が届く。

このテンションでずっと居て

よく疲れないよなと何度思ったことか。

最早この光景や煩さにも

幸か不幸か慣れてしまったものだ。


ふと手元の鞄を見やる。

大雨を一身に受けたこの鞄。

大粒の涙のような水滴が

幾つも離れてくれなくて。

それを小津町が拭いてくれたんだっけ。

…。

不安だ。

何だろう、嫌な予感がするとでも

言えばいいのか。

私自身が小津町と会うことに

躊躇しているようだった。

そんなことないはずなのに。

会えることは嬉しいはずなのに。


つんつん、と横から

軽く腕を突かれる。

何事かと思って隣を見れば、

鞄を抱えて猫背になっている嶺が

上目遣いで私のことをじっと見つめていた。

男性だったらこの表情に

ぐっとくる人もいそうだが、

私には全く響かなかった。


歩「何?」


麗香「花奏、無事でよかったけぇ。にぃ?」


歩「…そうだね。」


思えば今の今までこの3人の口から

小津町を表す言葉が

全く出ていなかったことに気づいた。

久々に他者の口から

小津町の名前を聞いた気がする。


麗香「早く元気になるよう、元気を分けるけぇ。」


歩「あんたらしくないこと言ってんじゃん。」


麗香「そうけぇ?」


歩「そ。」


麗香「あては優しいけぇ。」


歩「それはない。」


麗香「ちぇ。可愛くない。」


歩「結構。」


双方喧嘩腰というわけではないが

お互い突き放すような喋りをするので

側から見たら結構ひやひやするんだろう。

私のひとつ空けて横に座っていた

若い男性がちらとこちらを見た。


歩「そういや、あんたの方は大丈夫なの?」


麗香「あての方?」


歩「トンネルへの旅だっけ?何か色々あったらしいじゃん。」


麗香「あぁ、ま、色々と。」


歩「解決したの?」


麗香「あれれ、歩先輩が突っ込んでくるなんて珍しいけぇ。」


歩「気になっただけ。」


麗香「ふうん?…って言われても特に何もないけぇ。」


歩「放置してていいんだ?」


麗香「放置も何も…元々何も起こってなかったのかもしれないし。」


歩「…はぁ。」


麗香「とりあえず起こったことは全部記録に残したし、今後気になることがあったら振り返るスタンスを取ることにするけぇ。」


歩「記録?」


麗香「うん。あれ、話してなかったけぇ?」


歩「初耳。」


麗香「そうけぇ。あて、4月から不可思議な災難について起こったことを出来る限り全て書き起こすようにしてるけぇ。」


歩「全部…?それはまた何で。」


麗香「大事な時に情報がないのは流石にきついけぇ。それに、もう日課になったし。」


歩「日課ね…日記みたいなもん?」


麗香「埃のちりのような詳細まで書き記した日記みたいなもんだけぇ。」


歩「そこまで細かく書いてるんだ。」


麗香「うん。それに、この不可思議を統べる人間がいるのか、もしいるならどんな理由なのか気になるけぇ。」


歩「あー…確かにね。最終的にはそれを突き詰めたいわけ?」


麗香「突き詰めれたらいいけど、まるで何も掴めないけぇ。それに、好奇心の延長戦って言った方がしっくりくるけぇ。」


歩「好奇心の延長戦ね。あんたに好奇心とかあったんだ。」


麗香「心外だけぇ。」


歩「そ?全然イメージない。」


麗香「無気力そうってことけぇ?」


歩「そんな感じ。あ、でも前より笑うことは増えてそう。」


麗香「観察するなけぇ。」


歩「してるつもりはないけど。ぱっと見て分かるくらいに違う。」


麗香「ちぇ。じゃあ、あてはこの半年間で変わったってことけぇ。あーあ、誰かさんのせいで。」


愛咲「おうおう、誰のせいだ!どこのどいつにやられた!言ってみな!」


麗香「今話してる煩い人けぇ。」


愛咲「って事はうちかぁ!で、うちが何だって?」


麗香「あーもう、怠いけぇ。あと近づくなって言ってるけぇ。」


愛咲「えーいいじゃねーかよぅ。ほれほれー。」


麗香「やめるけぇ。離れるけぇ…。」


嶺は長束を腕で物凄く強く押しつけ、

隣に座っていた関場にまで害が及ぶと

楽しげに笑いながら

ごめんって言っていた。

確と出会った当時の最悪な第1印象とはだいぶ

雰囲気が異なっている。

この半年間で長束によって

いろいろと変えられたらしい。


嶺は何故唐突に私に話しかけたのだろう。

2人でいる時がそもそもほぼなかったが

その時でさえ話しかけてくるなんてことは

なかった気がする。

弱っているようにでも見えたのだろうか。

同情だろうか。

理解出来なかったけれど、

そんな事はどうでもよかった。

その点、私は何も変わっていないのか。


結局、事故があってすぐの時の

嶋原との会話の内容は

他の誰にも伝えていない。

だから、皆自殺どうこうの話は

何ひとつ知らないまま。


Twitterのタイムラインを

こまめに見る人であれば

何かしらの異変に気づいては

いるのかもしれない。

それでも、私のように目を逸らし

続けているのかもしれない。


自殺だと間に受けている訳ではないが

…ないと思いたいが、

気になってしまうというのは事実。

しかも、後から理由づけをしていけば

どんどん綺麗に

当てはまるような気がしてならない。

後から理由をつけるだなんて

こじつければいいだけだから

納得しやすくなるのは

重々分かっているのだが。


3人の話に時々巻き込まれつつ

時間を経るとあっという間に

病院へと辿り着いていた。

個人でやっているような小さな病院ではなく、

市立だかなんだかの大きな病院だった。


小さい頃以来あまり

お世話にならなかった病院。

そもそもどうやって面会の

手続きをすればいいのかさえわからない。

無知だと感じる。


愛咲「病院はよく付き添うけど、こんな大きなとこは久々だなぁ。」


麗香「へぇ、付き添いけぇ。」


愛咲「そ。ほら、うち兄弟多いし。」


羽澄「誰か体弱い子いましたよね?」


愛咲「そーなんだよ。1番下の颯翔がすーぐインフルとかになるからさ。えーっと、お見舞い方法は…ま、聞いてみりゃいいか。」


麗香「行動力だけはいつも鬼けぇ。」


愛咲「怒った時も鬼だよーだ。」


長束はいーっと歯を見せるように

マスクを歪めた後、

すいすいと受付のような場所に

歩いて行った。

その声はいつものごとく大きくて。

離れているにも関わらず

聞き取れてしまうのではないかというほど。


それから、長束が大きく

手招きしているのが見え皆で寄ってみれば、

何か紙に記入しなければいけないとのこと。

その他諸々の手続きを済ませて、

首から名札を下げて

小津町の病室まで向かった。


それとなく会話の中で、

嶺と関場が先に入ることになった。

コロナウイルスの関係で

2人ずつしか入れないんだとか。

そもそもお見舞いを禁止しているところも

多かったはずだ。

小津町の入院しているところが

お見舞い可能なところで

よかったと心底思う。


羽澄「じゃあ、先に行ってきますね。」


愛咲「おうよ。」


麗香「お先ー。」


からりからりと戸が閉められ、

廊下に残るのは私と長束だけ。

病室の近くに椅子があったので、

そこで2人を待つことにした。


愛咲「よかったな。」


歩「何が。」


愛咲「怪我が治りつつあってさ。」


歩「ん。」


愛咲「花奏、喜ぶぞぉー?」


歩「だといいけど。」


愛咲「んだよぅ、どうしたんだ?そんな眉間に皺寄せて。」


歩「別に。」


愛咲「愛咲さんじゃあ力不足かぁ?」


歩「何も言ってないでしょうが。」


愛咲「悩んでますって顔に書いてあるぜ?」


歩「…。」


愛咲「ま、深くは聞かねーけど、聞き手が欲しい時にゃいつでも駆けつけるからな。」


歩「そりゃどうも。」


きっと私が長束を呼ぶことなど

ないとは思うけれど、

礼を受け取ることも必要だと思い

口から言葉をこぼした。


それからしばらくすると、

嶺と関場が戻ってきた。

お互い会話をするわけでもなく、

横並びでこちらへと向かってくる。

近くに寄ってきたからわかるが、

あまり晴れるような顔を

していないように見えた。


愛咲「おう!どうだった?」


羽澄「事故の怪我は早い方らしいです。」


愛咲「そうか!よかったぁ。」


歩「…。」


麗香「歩先輩。」


歩「何。」


麗香「……花奏って……いや、何もないけぇ。」


歩「何それ、気持ち悪いところで止めるじゃん。」


麗香「お見舞い行って。その後話すけぇ。」


愛咲「おー、じゃあ行こうぜ三門。」


長束は2人の表情に気づかなかったのか

それとも気づかないふりをしたのか、

ずんずんと前へ進むばかりだった。

それを追うようにして

病院の廊下を歩く。

学校の廊下を歩いている時の気分とは

また随分違ったものだ。

廊下から眺めた大粒の雨、

あの日、濡れながら

小津町の家に向かったっけ。

今更何を思い浮かべているんだろう。


病院特有の無機質な感じに独特な香り。

全てが苦手で早くここから逃げろと

言われているかのように身がぶるりと震える。

病室は数人で使うタイプらしく

いくつかの名前の札が並んでいた。

長束を先頭に部屋に入り、小津町の元へ行く。


文句のひとつやふたつ言わなきゃ

私の気が晴れなかった。

本当にただの事故なのか、

それとも意志を持って

自殺しようとしたのか。

全てを聞きたかった、知りたかった。

問いただしたくて仕方なかった。


病室の前にくると、

長束が恐れもなく

ノックをして部屋に入っていった。


ふと。

病室内は異様な雰囲気があると

肌が唸るほど感じた。

気のせいかもしれない。


愛咲「おーう花奏ー!体調はどうだ、良くなってきたか?」


いつからか余所見をしていたらしく、

ぱっと小津町の方を向くと

長く伸びた髪を纏めてベッドの上に散らし

静かに横になっている姿が目に入った。

私たちの方を向く事なく

只管上を見続けている

その目はなんとも虚だった。

ぼうっとしていると言えばいいのだろうか。


小津町の親御さんから

面会は可能とは聞いていたが、

容態のことは詳しくは聞かなかった。

それは親御さんの傷を抉ることに

なり得るかもしれないと思ったから。

そして、何処か小津町を信用していて

自殺ではないと思っていたから。

嶋原の言葉を間に

受けないようにしていたから。

理由なんて後からなら

いくらでもつけれるのだ。


花奏「…。」


愛咲「あれ、花奏ー。」


花奏「…。」


愛咲「って、流石にまだ全快じゃないもんな。返事するのも辛い時くらいあるってもんだ。」


花奏「…。」


少々落ち込みつつも

長束は鞄を下ろして漁り、

何やら小さく包装されている

花を取り出していた。

フラワーアレンジメントと言うんだったか。

暖色系で纏められており、

安直な言葉だが綺麗だと思った。


愛咲「うちな、お花持ってきたんだ。」


皆それぞれ何かをお見舞いの品として

持ち寄っており、

嶺と関場はそれぞれお菓子とお花のようだ。

とりあえず近くの面積の狭い

机の上に置いておくことした。

嶺と私が菓子折りで長束と関場が花という、

図っていないのに2:2に分かれていた。

そんなこともあるのかとぼんやり感じる。


愛咲「そーそー、明日だっけな。女子校組も来るってよ。みんなで来たかったけどコロナだから駄目だって言われたんだ。」


花奏「…。」


愛咲「それに、大所帯になっちまうしさ。」


花奏「…。」


愛咲「美月も波流も梨菜も会いたがってるぜぃ。みんな、花奏が元気になって戻ってくるのを待ってるからな。」


歩「…?」


気のせいだろうか。

梨菜、という単語が飛んだ瞬間、

表情がぴくりと動いた気がする。

思えば私たちが来てから今の今まで

小津町は一切動いていなかった。

まるで植物のように。

けれど、唯一反応した言葉が

嶋原の名前だった。


愛咲「ほうら、三門もそんなとこで突っ立ってないでひと言どころか千言くらい言ってやれよ!」


歩「は?あ…ちょっと…。」


長束に手を引かれそのまま

小津町の前に押し出される。

向かい合ってみればより分かる。

何か、違和感が波のように押し寄せ、

私を覆うように砕けていく。

何だろう。

何でこんな…。


歩「……小津町…?」


花奏「……。」


歩「…早く元気にな」


花奏「………ぁ…」


刹那、掠れた声が耳に馴染む。

掴んだ波形は間違いなく

小津町のものだった。

小津町の。

……。

…紛れもなく。


歩「…っ!?」


ぱっと。

目があった。

あってしまった。


今までにないほど瞳孔を開くと

動揺しているのかぶるぶると瞳が揺れている。

一瞬の出来事だった。


花奏「はっ……ぁぐっ…ああぁあぁ゛あ゛っ!?」


歩「…ぇ…えっ…?」


突如空気を蝕むような、

一種咆哮とも言えるような

聞くに耐えない叫び声が上がった。

何か腹部を抱えるように、

まだ脆いはずの体を捻り

只管に声を上げ続けていた。


花奏「ぁ、ぁ゛ぅ…ゔあぁあ゛ぁっ…!?」


歩「……っ…っ!」


花奏「ぃだっ…い゛だぃいだっ…あぁ゛ああぁあっ!」


愛咲「っ!?早くナースコール押せ!」


歩「ぇ……っ。」


愛咲「三門!」


あれ。

どうしよう。

足が動かない。

足だけじゃない。

手も、頭も何もかも。


恐怖と激痛に歪んでいて。

小津町のこんな表情、見たことがない。

知らない。


ぞっとした。

唸り声を上げ続けて

ベッドの上をのたうち回る姿から

目を離すことが出来なかった。


それからは何があったのか覚えていない。

後から聞いた話によれば、

動けなかった私を他所に

長束がナースコールを押し、

すぐさまナースが駆けつけたらしい。

数人で一緒にいるタイプの病室だったから

周りの人も驚いて幾人か

ナースコールを押したのだとか。

確か、その時に嶺と関場も

来てくれたんだっけ。

そのまま私達は一時退室となり、

病院の医師から何か聞ければと思ったが

時間も時間だった為

病院の外で集まったままでいた。

はっとして我に帰ると

いつの間にか真っ赤な夕陽が

大きく手招きをしている。


病院近くのコンビニ前で屯して数十分。

もう日が暮れるという時間に

差し掛かってきた頃。

まるでお通夜のような雰囲気を

崩したのは長束だった。


愛咲「…解散するかぁ。」


羽澄「…。」


いつもいつでもこいつが

雰囲気や空気を変えてくれた。

ここでぼうっと時間を潰していても

どうにもならない事は分かっている。

分かっているのだが、

帰ろうにも帰る気力が湧かない。

誰ひとりとして長束に

返事をする人はいなかった。


愛咲「羽澄ってば、そんなしょげた顔しすぎんなよー?」


羽澄「愛咲は平気でありますか?」


愛咲「だっははー、勿論そうに決まってんだろー!…って言えたらよかったけどなー。…そうは言えねーや。」


羽澄「…。」


麗香「…あんな叫ぶことあるけぇ?」


歩「…っ。」


愛咲「ま、ドラマとかでは見ねーよな。入院シーンでは特に。」


麗香「……何が原因けぇ。」


愛咲「まだ分かんねーって。今調べてるんだろ?」


麗香「…。」


羽澄「持病があったとか?」


愛咲「さぁ。うちに聞かれても答えは出ないからな。」


歩「…。」


愛咲「ここにいたって仕方ねぇしさ、今日は帰ろうぜ。んで、何か原因が分かったら教えてもらおう。な?」


羽澄「…そうでありますね。」


麗香「うん。」


歩「…。」


愛咲「っと…三門。」


歩「何。」


愛咲「考えすぎんなよ。」


歩「…あんたに言われなくても分かってる。」


愛咲「嘘つけやい。最近ずっと渋い顔してんぞ?」


歩「…。」


愛咲「まずは花奏が助かったことを喜んで、んでさ、元気になるよう応援するしかなくね?」


歩「……ん。」


ポケットに手を突っ込む。

冷え込んでいた手は

温まる事なくポケットを冷やし続けた。

脳内に残るあの唸り声。

あの恐怖に歪んだ顔。

忘れられることなんて出来そうになかった。


それでも長束の言う通り、

私達に出来ることは限られている。

私が出来ることをするしかない。

小津町が助かったことを喜んで、

元気になるように、応援をする。

考えすぎないように。

…。

目を、背けるように。


今だけは長束の言葉に

身を任せていてもいい気がした。

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