第34話 星宮爽馬は伝えたい。

「────神凪さんの居場所を、届けに来た!!」


 自転車を全力で漕ぐこと3時間。ようやく到着した浜辺で見つけた神凪さんに向かって俺は大声でそう叫ぶ。あの日、出会うことが出来なかった彼女が……たしかに目の前にいた。


「それは……何?」

「神凪さんの、居場所だ」


 そう言って俺は袋の中から『アバターモーションメーカー』を取り出して、神凪さんに見せた。しかし……それを見た彼女は少し驚いたような顔をして後ずさりするだけで、受け取ろうとはしない。


「それは……もう、捨てたから」

「知ってる。だから、届けに来た」

「いらない! 私は、もう……無理なの。全部、捨てちゃったから……無駄だって、分かったから」


 絞り出すようにそう告げた神凪さんの瞳から大粒の涙が溢れ出してくる。俺はただ、それを黙って見つめることしかできない。


「爽馬くんと知り合ってから、本当に楽しかったの。配信も、学校も、みんなと遊ぶのも、全部。嬉しくて、幸せで……ずっと、続いてほしいって思ってた」


 それは、俺も同じ気持ちだ。神凪さんと出会ってから色々とあったけど、それは全部充実していて楽しかった。そして、それが無くなってしまうのは……俺だって嫌だ。


「でも、それも……引っ越したら終わり。全部、思い出になっちゃうから……その分、もっと悲しかったから……」


 しかも神凪さんからすれば、それこそ全てリセットされてしまうわけだ。その辛さを推し量るのは難しい。


「だから、もういらない。嬉しいことも、楽しいことも、いつか無くなるなら……意味なんてない。最初から、無いほうがいい。1人は、寂しくても悲しくないから」


 失ってしまうなら、最初から持たなければいい。1人は寂しくても、悲しくない。その言葉はどこか諦めを含んでいるように感じて……だからこそ、そんなことは言わないでほしいと思った。


「だから……」

「それは、違うだろ」

「……えっ?」


 そのせいだろうか、自分でも驚くほどに自信に満ちた声で俺は神凪さんの言葉を真っ向から否定する。驚いたような顔をする神凪さんに向かって、俺は続けてこう言った。


「意味ならある。神凪さんは、何も失くしてない」


 今まで過ごしてきた日々は無意味なんかじゃないと……失ってしまったものなんて、何もないんだということを。


「でも……もうちょっとで、全部……」

「……俺がここにいるのが、何よりの証拠だ」

「どういう、こと?」


 わけが分からない、という風な声で神凪さんは俺にそう聞き返してきた……が、それでも俺は構わずに話を続ける。


「……きっとあの日神凪さんと会わなかったら、雪月と関わることも、日向の秘密を知ることもなかったと思う。俺は……俺たちは、神凪さんから沢山の物を貰ったんだ」


 嬉しいことも、悲しいことも、楽しいことも、辛いことも……俺にとっては、本当に幸せな時間だった。だから、今度は俺が神凪さんに返す番だ。


「何度だって見つける。何度だって会いにくる。もう、絶対に1人にはさせない」


 神凪さんが失くしたものは、今みたいに俺が拾って届ければいい。また神凪さんがいなくなったら、今日みたいにみんなで探せばいい。1人でいいだなんて寂しいことは絶対に言ってほしくない。


「……違うよ。私は……爽馬くんに、みんなに、何も出来てない」

「なら、それも教える。神凪さんが気づくまで、何度でも」

「そんなの……爽馬くんに、迷惑が……」


 どうやら、神凪さんは何か勘違いをしているようだ。別に、迷惑とか義理とかそんな高尚な理由で神凪さんに会いにきたわけじゃない。俺は……


「迷惑じゃない。俺がしたくてやってるんだ」


 ……最初から、ずっとそうだった。


『でも……気を遣わせたら、迷惑だし……』

『まさか。むしろ、神凪さんが気を遣い過ぎなんだよ』


 驚いたような顔で俯く神凪さんの姿を見て、初めて出会ったあの日の光景が克明に蘇ってくる。清々しいまでの夏の匂いも、蒸し暑いこの空気も、全部同じだ。


「なんで……なんで、そこまでしてくれるの? 爽馬くんは……嫌じゃ、ないの?」

「それは……」


 『友達』だから。そう返そうとするが、俺はふと言葉に詰まる。胸の中のモヤモヤが強くなってきて、まるで何かを伝えようとしているみたいだ。


(俺は、神凪さんの……なんなんだ?)


 それを考えると、胸が痛くて、苦しくて……そして、何よりも心地いい。この気持ちの正体はなんなんだろうか、と答えを求めながら俺は目を瞑って考えた。すると、その瞬間────


「……爽馬くん?」


 心配気にそう聞いてくる神凪さんの声がして、思わず目を開くと……そこには、答えがあった。どこまでも透き通るようなその水色の瞳から、目が離せなかった。


(そっか。俺、神凪さんのことが────)


 ……いつからだったのだろうか。初めてモヤモヤを自覚した時か、服を買いに行った時か。もしかしたらゲーセンに一緒に行った時かもしれないし、あるいは……いや、今はそんなことどうでもいいか。


「その……大丈夫?」

「────好き、だから」


 気づいたら、モヤモヤは消えていた。その奥にあった限りなく単純で明確な答えだけが心の中に残っていた。


「えっ……えっ? 今、なんて……」

「だから、神凪さんが好きだ。神凪さんが好きだから……って、あっ……」


 いや、よく考えたら何を言ってるんだ俺は!? あまりに自然な言葉だったからつい言ってしまったけど、これって、まるで……


「……告白ってことで……いい、の?」


 ……やらかした。完全にやらかした。もっといい言葉があったはずなのに……どうして何も考えずに言ってしまったのだろうか。本気で10秒前の自分を殴ってやりたい。とにかく、今は謝らないと。


「いや、これは、その……神凪さん?」

「……あれ?」


 そう思ったのだが……目の前にいる彼女を見て俺は思わず絶句する。泣き止んでいたはずの神凪さんが、何故かまた涙を流していた。


「ごめん! 急にこんなこと言って……驚かせて、ごめん」


 あまりに突然のことだったから、動揺するのも当然だ。顔も真っ赤になっているし急にそんなこと言われてもどう反応したらいいか分からないだろう。もしかしたら、急にこんなことを言って嫌われたかもしれない。そう思ったのだが……


「私……本気に、しちゃうよ?」


 返ってきたのは、あまりに予想外の言葉だった。

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