第33話 白姫雪月は送り出す。

「雪月! 、見つかったか!?」

「ほら、見つかったわ。LIMEで言われたから探しに行ったら本当にあってびっくりしたんだけど……なんで知ってたの?」


 海に行こうとは言ってみたものの、その前に俺は雪月の近くに寄っていた。というのも、どうしても回収しておきたいものがあったのだ。それは……


「あー……勘ってやつ?」

「せめてもうちょっとマシな嘘ついてくれない? どれだけ天才的な勘してたら分かるのよ……『アバターモーションメーカー』がゴミ捨て場にあるなんて」


 神凪さんの『アバターモーションメーカー』……つまりは配信用の機材だ。配信をやめると言っていたのでもしかしたら捨てられているんじゃないかと思ったが、どうやらその予感は正しかったらしい。


「まあ、それは後から殴ってでも吐かせるからいいわ」

「俺が良くないんだけど」

「諦めなさい。それより……アンタ、これを持ってどこに行くつもりなの?」

「……神凪さんの所に」


 雪月の質問に答えて神凪さん、と言った瞬間に彼女の表情が一瞬強張る。当然だ、俺は1度神凪さんを見捨てようとしたのだから。この期に及んで何を言っているのかと思われても仕方ないだろう。


「アンタ、諦めるんじゃなかったの?」

「その時は……悪かったよ。気持ちの整理が出来てなくて、おかしくなってた」

「もしかして、そんなのが理由になると思ってる?」

「……どうとでも言ってくれ」


 今更、あの時のことについて言い訳をするつもりはない。実際あの場で俺が言ったことは間違えていたし……雪月に叱咤されなかったら、今頃ここにはいないだろう。


「はぁ……何よ、それ。張り合いないわね……」

「返す言葉がないからな」

「私、あの時のアンタの発言は一生忘れないわ。女の恨みは強いのよ」

「それは……まあ、うん」


 やはり、雪月には許してもらえなさそうだ。それ相応のことをした自覚はあるし、前と同じように仲良く出来ないかもしれないことは甘んじて受け入れるしかない。


「でも、まあ……私もアンタに言ったでしょ? 『アンタには頼らない』って」

「言ってたな、怒ってる時に」

「一言余計よ。それで……つまり、私もアンタとの約束を反故ほごにしたわけじゃない? 今も先輩を探してるわけだし……」


 あれは約束だったのだろうか……なんて野暮なことを聞いたらまた怒られてしまいそうだ。俺は何も言わずに、黙って雪月の言葉に耳を傾ける。


「……それに、アンタもちょっとは反省してるのは分かったし。だから……今回だけはおあいこってことにしてあげる。特別よ、感謝しなさい」

「うん……ごめん」

「そのテンションやめてくれない? 寒気がするわ」


 やっぱり言葉に棘はあるが、雪月は本当に頼りになる後輩だ。その素直じゃない優しさに俺や神凪さんがどれだけ救われているか、きっと彼女は知らないのだろう。


「何よ、その満足そうな顔は。引っ叩くわよ?」

(えっと……優しい、のか?)


 ……時折バイオレンスな顔を覗かせるところだけはどうにかしてほしいものだが。


「ところで、居場所は分かってるわけ? これで今から探すとか言ったら……」

「確定じゃないけど見当は付いてる。電車で2時間くらいかかるけど」

「あぁ……なんとなく察したわ。電車ももう少ないしね」


 雪月はどうするのだろうか。少し充電は心配だが、自転車の後ろに乗せて行くことも出来なくはないだろうけど……


「……一緒に来るか?」

「いえ、いいわ。アンタ1人で行きなさい。私は……電車で追うから」

「でも……」

「いいから、1人で行ってきなさい」


 なぜか分からないが、そうやって笑う雪月の顔はどこか寂しげに見えた。本当にこのまま行ってしまって良いのか、少し不安な所だけど……


「アンタが1番いいの。すごく残念だけど」

「本当に、俺だけでいいのか?」

「アンタじゃなきゃ、ダメなのよ……こんなところで話してる時間は無いでしょ」


 そうだ、悩んでないで急ごう。時間は刻一刻と過ぎている。それに……星の降る時間に間に合わなくなる。


「なあ、雪月」

「なんなの、もう! 良い加減に……」

「……ありがとう」

「やっぱり……アンタ、嫌いよ」


 俺はそう告げると前かごに『アバターモーションメーカー』を積んだ自転車にまたがってペダルを踏み締める。夜の風は蒸し暑くて、全身から汗が滲み出てくるのが体感でわかる。


(……『俺』が、届けるんだ)


 みんなが信じてくれたなら、神凪さんが信じてくれているなら、俺は何度でも────



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 海の音が心地良い。吹いてくる風は少し強くて、頭に被った麦わら帽子を私は左手で押さえ込む。爽馬くんに選んでもらったワンピースが靡いて、ひらひらと風の中を泳いでいた。


「まだ、降らない……」


 ……でも、それだけ。夜が遅いからかもしれないけれど、見渡す限りこの浜辺には私1人しかいない。空に煌めく満点の星空も、目の前に広がる広大な海も、ここで見ているのは私1人だけ……みんなは今頃どうしているんだろう。


(雪月ちゃん、もしかしたら心配してるかな。春川さんはきっと、星とか好きだろうしビルの屋上で……あれ?)


 ……爽馬くんは、どうしているんだろう。雪月や春川さんのことは想像がつくのに、爽馬くんのことだけはなぜか分からない。よく知らない、ってわけじゃないのに……考えようとすると、胸がモヤモヤする。


(……なんで、言えなかったんだろう)


 爽馬くんが家に来てくれて嬉しかった。友達になってくれて、すごく楽しかった。あの日、爽馬くんが私を見つけてくれて……人生の中で、1番幸せだった。それなのに、それを拒絶してしまった。


(あれ……? 見えない……)


 目に映る星空が滲んでいく。これじゃ、流星群が降っても見えないかもしれない。それなのに……涙は収まることを知らなかった。


「行きたくない……ずっと、ここに居たいよ……!」


 思わず言わないようにしていた本音が溢れ出してきて、私は外だというのに泣いてしまった。こんな姿、誰かに見られたら……誰も、いないか。


 そう思った瞬間のことだった。


「神凪さん!!」


 背後から聞こえた。今、1番聞きたかったその声が。


「なん……で……?」


 振り向いたらそこにいた。今、1番出会いたかったその人が。


「────神凪さんの居場所を、届けに来た!!」


 爽馬くんが……また、私を見つけてくれた。

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