第29話 神凪氷雨は諦める。
『────私、配信やめることにしたんだ』
……配信を、やめる? 何を言ってるんだ? 神凪さんは、ミツメアイに憧れて……自分を出したくて配信してるって言ってたのに。
「それ、本気? だって神凪さん、あんなに楽しそうに……」
『うん、楽しかった。凄く楽しかったよ……全部』
そんな……まるで本当に終わってしまうみたいな言い方じゃないか。配信も、友達関係も、初めて話してくれた秘密も、全て。
「だって、ミツメアイに憧れてるって! 自分を出したいって言ってたのに……どうして?」
『もういいの。全部、もう……私には、いらない』
さっきから何を隠しているんだろう。もういい、大丈夫って……あんなに楽しそうに語っていた配信を、幸せそうな居場所を捨てるなんて、そんなの……!
「理由になってないだろ! もういいって、どういう……」
神凪さんがまるでヤケになっているように感じた俺は思わず語気を強めて質問してしまう。すると……次の瞬間、彼女は今まで聞いたこともないような剣幕で答えを返して来た。
『理由なんて、ない!!』
「……は?」
その言葉の裏には、どこか深い拒絶があるような気がして……俺はどう反応していいのか分からなくなってしまう。聞かないで欲しい、と……まるで、心の底から積み上げきた物をどうでもいいと思っているかのようで……
『理由なんて、ないの……必要ない。1人で、いいの』
「何でだよ……どうして……」
『……ごめん。もう、切るね』
結局、神凪さんはそれきり何も話してはくれなかった。真意を隠しているのか、あるいは本当に配信が嫌になってしまったのか……今の俺にはそれを推し量る術もない。
(俺、そんなに頼りないかよ……少しは、変われたと思ったのに)
どちらにしても、俺が相談されるに値しなかったということは変わらない。それは、とても悲しくて……自分の無力さを叩きつけられているような気分になった。
「やっぱり、俺じゃ無理だ」
……よく考えたら俺に何か出来るわけないか。神凪さんが配信を捨てるって言ってるのに……
そんなの、無理に決まってる。
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「氷雨先輩が海外に転校するって話……アンタ、もう聞いた!?」
「……聞いた。明日、引っ越すんだってな」
「引っ越すんだってな……じゃないわよ! 何も思わないわけ!?」
その翌日の昼休み、俺はまた雪月に校舎裏へと呼び出され、肩を掴まれて体を前後にブンブンと揺さぶられていた。脳が揺れる感じがして気持ち悪い。
「そりゃ、悲しいけど……」
「『けど』って何よ、『けど』って!! 氷雨先輩がいなくなるのよ!?」
「……分かってる。俺も嫌だよ」
こんなにも動揺する雪月を見るのは初めてで……心なしかいつもよりも力が強く、言葉使いも荒い。そのはずなのになぜだろうか、俺は全く雪月の言葉には心を動かされなかった。
「なら話は早いわね! 今日は早退するわよ。なんとしても氷雨先輩の転校を止めないと……」
「……なあ、雪月」
「なに? もしかしてこの期に及んでズル休みは良くない、とか言わないわよね?」
空気が鉛のように重い。もし、この言葉を出したら2度と戻れなくなってしまいそうで……それでも、胸の中から滲み出てくるようなこの無力感を俺は肯定することしか出来ない。俺は……
「……諦めよう。神凪さんが決めたことだろ」
……神凪さんを引き止めるなんて出来ない。諦めの言葉が口を突いて出てきたのをきっかけに、押さえていた気持ちがどんどん溢れ出してくる。
「はぁ……!? アンタ、ふざけて……」
「ふざけてなんか、ないよ」
「もっと最悪よ! 本気で言ってるんだとしたら……」
「……本気だ。本気で考えて、無理だって分かったんだ」
みっともない。情けない。こんなのただの八つ当たりだ。言葉を紡ぐごとに自分の無力さを実感するが、もう抑えることは出来なかった。
「そんなの、やってみないと分からないでしょ!」
「……昨日、行ったんだ。神凪さんの家に」
「先輩の家に!? 何か、言ってた?」
俺は絞り出すように、話せることは全て話した。神凪さんの元気がなくなっていたこと、俺たちに迷惑をかけたくないと言っていたこと……そして、助けはいらないと言われたことを。
「そんなことが……それでも、先輩は待ってるんじゃないの!?」
「……それも、分かってる」
本当は分かっている。あの言葉が神凪さんの本心じゃないことなんて……今もきっと1人で苦しんで、誰かに助けを求めていることなんて。
「それなら分かるでしょ! 先輩は言って欲しかったのよ! 関係ない、行くなって……一緒にここにいろって! アンタに言って欲しかったんじゃないの!?」
「……そうだよ! 俺だってそうしたいよ!」
やめろ。やめてくれ。俺には出来ない。俺じゃ救えない。俺じゃ……その理想は、叶えられない。
「先輩は……私が家に行っても出なかったのよ?」
「……分かってるよ」
分かってる。きっと神凪さんが、俺に助けを求めていたんだってことくらい。
「氷雨先輩を、アンタだけは救えるかもしれないのよ!?」
「分かってる……分かってるって」
分かってる。きっと俺が諦めたら、本当に手遅れになってしまうことくらい。それでも……
「氷雨先輩は、アンタに言って欲しかったんじゃないの!? ここにいていいって、どこにも行くな、って────」
「分かってるんだよ、そんなこと!」
……分かってるんだ。俺は、そんなことをできるような人間じゃないってことも。
「分かってないでしょ! なら、なんで諦めるなんて……」
「無理なもんは無理なんだよ!!」
俺は、神凪さんに何も言えなかった。何も助けられなかった。もっと上手くできたはずだと、そう自分でも分かっている。でも……
「『俺』じゃ、無理なんだよ……!」
「何よ、それ……もういい。アンタには頼らないわ! 勝手に1人でしょげてなさい!!」
「ごめん、雪月」
「もう知らない……アンタなんて、大嫌いよ」
神凪さんと関わったことで変わっていったはずの何かが少しずつ崩れていく。友達も、自信も、日常も……変わらないと思っていたことが、手からこぼれ落ちていく。虚無感が襲いかかって来て何とも言えない悲しさに包まれる。いや……
(……救えないな、ほんと)
それを拾おうとさえ思えない自分を嘲笑うことしか出来ないことが、俺にとって1番辛いことなのだった。
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『今日の夜は、ペルセウス座流星群が────』
ふとテレビから聞こえてきたその後に、私は耳をそばだてる。流れ星……この街から見るのは、この国から見るのは最後になってしまうのだろうか。
(迎えにくるのは、今日の夜……そのまま空港まで行って……きっと、見えない)
都会では星が見えづらいと春川さんは言っていた。あぁ…‥結局、何も叶わないまま私は……
(……そんなの、嫌)
もう春川さんとも、雪月とも会うつもりはない。会ったらきっと悲しませるし私も辛くなってしまう。もちろん、爽馬くんにも……いや、きっと会ってはくれないだろう。昨日、あんなに酷いことを言ってしまったのだから。でも……
(……それでも、せめて……)
せめて、ここにいたという記憶は刻めるようにしたい。だから私は────
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