第28話 星宮爽馬は届けたい。

「神凪さんが……転校?」


 雪月に連れて行かれた校舎裏で聞かされたのは、予想外の言葉だった。神凪さんが転校する……あまりに唐突すぎて思わず気の抜けた声を出してしまった。


「さっき、高等部ここに来た時に、四條しじょう先輩と先生が話してるのが聞こえたの。確証はないけど……もしかしたらって話よ」

「マジか……」


 四條先輩は高等部の2年生、うちの学校の生徒会長だ。冗談を言うような人でもないし、おそらく本当と見てもいいだろう。


「なんでしれっとこっちに来てるんだよ……」

「クセよ。こっちの方が落ち着くから」


 なんで転校するのかとか、どうして連絡つかないかとか、とにかく色々と聞きたいことはあるものの……なぜか今は安堵のほうが勝っていた。


「凄くホッとしたって顔してるけど……何を考えてたのよ」

「いや、事故に合ったとかそういうのじゃないのかと……」

「それだったら私がとっくに知ってるわよ。近所だし」


 確かによく考えてみたらそうだ。連絡が全くつかないから変な想像ばかりしまったが、今考えたら視野が狭くなっていたのだろう。


「……って、ホッとしてる場合じゃないな!?」

「今更すぎるでしょ。私はもう中庭で散々騒いだから落ち着いたわよ」

高等部ウチで何してくれてるんだよ」


 次から次へと考えるべきことを増やさないでほしい。いや、むしろ雪月が落ち着き払っているのもなんか妙だしそれを聞いて少し安心したかも……ダメだ。思考が整理しきれていない。


「アンタ、そんな顔するのね。今までで1番表情筋が動いてるわよ」

「転校するとか急に言われたら、そりゃ」

「私だって正直どうすればいいか分からないわよ。でも今はこれしか分からないんだし、出来ることは無いわ」


 連絡は取れない、雪月ですら話せない、スマホを見ていないということは配信ミツメアイでもどうにも出来ない……手詰まりとしか言いようがない。


「まあ、分からないことは考えるだけ無駄よ。今はそのことを話しにきただけ。氷雨先輩、アンタと同じクラスだし……急に聞いたら、ほら」

「雪月、お前……」


 いつもは乱暴だが、こういう時の雪月は優しい。やっぱり根はすごくいい奴で……


「そんな気持ち悪い顔してるアンタを見るクラスメイトが可哀想よ」

「俺の心配してくれたんじゃなかったの!?」


 前言撤回。全然そんなことなかった。きちんといつも通り毒舌と悪口を足して2乗したような性格してた。


(……にしても、いつも通りなんだな)


 改めて感じたが、雪月は本当にメンタルが強い。自分もかなり動揺しているはずなのにそれを全く表に出さない。そこは見習いたいと思うけど……この言葉使いだけはやっぱり慣れないな。


(というか『気持ち悪い』って……そっか)


 ようやく彼女の言葉の真意に気づき、俺も少し元気が出た。自分ばかりくよくよしてもいられないな……



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「……えっと、ここか」


 学校で渡されたプリントを見ながら、俺は神凪さんの家の前でそう告げる。家にも親にも連絡が付かないので伝書鳩がてら様子を見て来てくれと言われたのだ。


(にしても、マジでナイスだぞ日向……!!)


 最初は誰が行くか大騒ぎになっていたものの、日向が『ボク、家知ってるよ!』ということでプリントを掻っ攫い……そして後からやっぱり家知らないからよろしく、と俺に渡して来たというわけだ。


『爽馬が浮かない顔してたから。気になってるんでしょ、神凪さんのこと』

『日向……こういう時はまともなんだな……!』

『ボクはずっとまともだよ!?』


 俺が初めて心の底から日向に頭を下げたいと思った瞬間だった。この恩はいつか返そう……ダブルのアイスで。


「まあ、俺も探すのに30分くらい彷徨ってたんだけど」


 とは言っても、俺が知っているのは雪月の家の近くに神凪さんの家があるということだけだから……近くにある家の表札を探しまくった結果ようやく見つけたのがこの家だ。同じ名前の人だったら全力で謝ろう。


「インターホンは……あった」


 家に電気がついている様には見えないが……とりあえず中に人がいないかだけ確認しておこうと思い、インターホンを鳴らしてみる。


「クラスメイトの星宮です、プリント届けに来ましたー……………………出ないな」


 一応、何度か言い直してはみたものの返答はない。やっぱり誰もいないんだろうか。だとしたら、プリントだけ入れて今日は帰ることに……


『……爽馬くん?』

「あっ、神凪さん!」


 いた! ……って、何をこんなに喜んでるんだ俺は。にしても、何か声が小さいような……インターホン越しだからだろうか?


「プリント、玄関のポストに入れておいたけど大丈夫?」

『うん……ごめん』


 いや、それにしてもやけに小さい。あからさまに元気がない。それに中にいるのだとしたら、全く電気がついていないのも不自然だ。


『じゃあ、これで……』

「────待って!」


 気づいたら俺はインターホン越しに神凪さんを呼び止めていた。何をしていいかも分からないし、何が出来るかも分からない。それでも放っておけなかった。


『なに?』

「あのさ、転校するって聞いたんだけど」

『……うん。する……かも』


 ……何となく分かっていたが、本当だったのか。嘘だったらいいと思っていたけどそんな都合のいいことはないようだ。


「理由は……いいや。その、大丈夫?」

『……何が?』

「色々と。連絡も付かないし、配信もしてないし……心配で」


 転校する、そこまでは分かった。しかしなぜ学校を休んだのかも、なぜようやく作り上げた配信いばしょにも姿を現さないのかも、そして……


『私は、大丈夫。心配しなくて……いい』

「……なら、何でそんな声してるんだ?」


 ……なんで、こんな元気のない声をしているのかも。


『気のせい、だよ。別に……私は……』

「気のせいじゃない。いつもと違うのなんてすぐに分かる」


 声の職業Vtuberしてるんだから、そんなことを見抜くのは簡単だ。いや、そうじゃなくても分かる。今の神凪さんは見なくても分かるほどに悲しそうな声をしていて……助けを求めているように聞こえた。


『お見通し……なんだ』

「いや、何も分かってないけど教えてほしいとは思うよ。力になれるかもしれないし」


 俺は雪月ほど強くもないし、俺は日向ほど明るくもない。そして……理想(ミツメアイ)とは程遠いけど、それでも俺にだって出来ることがあるなら……力になりたい。


『やっぱり、爽馬くんは……優しいね。だけど、いいの。もう決めたから』


 それでも……この時の俺はまだ知らなかった。彼女が何を考えているのかも、自分の無力さも……


『爽馬くんには、もう迷惑かけたくないし……みんなにも、色んなものをたくさん貰った。もう、十分だから────私、配信やめることにしたんだ』


 ……そして、神凪さんがどれだけ助けを求めていたのかということも。

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