第17話 星宮爽馬は答えたい。
(あいつ、何も言わずどっか行きやがった……)
ナンパ男を撃退(?)してから数分後、俺は男子トイレの前で日向に置いて行かれたことを悟る。服選びでも手伝ってもらおうかと思っていたのに……仕方ない、自分で選ぶしかないようだ。
そういう経緯で、また1人になった俺は服屋が並んでいるところをウロウロとしていたのだが……
「うわぁ、すごく綺麗……」
「私、あれ買おっかな?」
「いやー、素材が違うでしょ」
(なんだ、あの人だかり?)
ふとそうやって何人もの人が話す声が聞こえてきて、前の方の店に少し大きめの人だかりが出来ているのを見つけた。一体、何があったんだ?
「あの……えっと、これは……」
「お客様! こちらもお似合いでは!?」
「私……そんなに買う予定は……」
「サービス致しますので、どうかあと1着! あと1着だけ!」
(なんか神凪さんのファッションショー開催されてる!?)
気になってその中を覗き込んでみると、そこでは神凪さんがなぜか店の店員によって着せ替え人形にされていた。恐らく、1人で服を買いに来て試着していたらいつのまにか人目を引いてしまったのだろう。
(見ての通り宣伝効果は抜群だけど、神凪さんは大丈夫なのか?)
これだけ人の目に晒されて、神凪さんは大丈夫なんだろうかと思ったが、案の定ダメだった。やっぱりよく見ないと分からないほどに薄い変化だけど、困惑と緊張が入り混じったような表情をして顔が強張っている。
「写真撮っとこ! めっちゃ美人じゃん!」
「何あの人、モデル? 肌も髪も綺麗……」
「あの、ちょっと通して……おーい、神凪さん!」
「爽馬くん! よかっ、た……」
囲まれているのが日向ならさっきのように自力でなんとかしろ、と放っておいたところだが神凪さんには少し酷だ。
並み居る人混みを掻き分けて最前列まで到達し、なんとか神凪さんに気づいてもらえた。俺もこんな人混みの中にいるのは嫌だし、さっさとここから離れて……
「すみません、ちょっと予定があるので」
「あら、彼氏さんですか? すみません、お引き留めしまいまして……」
「かっ……そ、そういうのじゃ……」
何か変な誤解をされているようだが、ここで余計なことを言うのも面倒くさいことになりそうだ。神凪さんには悪いけど、もうこのまま通すことにしよう。
「急いでるんでこの服も買います。いくらですか?」
「本当ですか!? えっと…‥2点で7800円になります」
(ゲーム1本買えるな!?)
女子の服、意外と高い。赤スパとか広告収入で感覚が麻痺しそうになるが、普通に考えて高校生が1万円弱使うってヤバいよな……まあ、これは必要経費と割り切ることにして俺はさっさと会計を済ませてしまおう。
「ほら行くよ、神凪さん」
「う、うん……助かった……」
「なにあの人、彼氏……にしてはパッとしないけど」
「荷物持ち的な?」
なぜだろう、間違ったことをしているつもりはないがとても胸が痛い。そうだ、俺は悪くない……俺は悪くないんだ……そう自己暗示をかけながら、神凪さんを連れて人混みの中を掻き分けその場から逃げるように去っていったのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「爽馬くん、ごめん……お金、今渡すから」
「じゃあ、なんか飲み物奢ってよ。ほら、さっきのは俺が勝手に買ったんだし」
「でも……その、あれは……」
「ほら、前に勉強教えてもらった分。あれがなかったら俺多分赤点だったからさ、お礼だと思って」
その後、なんとか別の店まで逃げてきた俺たちは店内の目立たない所でそんな話をしていた。神凪さんはさっき買ったばかりの服を着ながら少し申し訳なさそうな顔をしているが、これに関しては本当に強引に買ったようなものだから気にしないでほしい。
「ところで、神凪さんは何をしに?」
「実は……海に行く時の服、買いに来たんだけど……あの人に捕まっちゃって」
なるほど、結構
「ってことは、白とかそういうのの方が良かったかも……?」
「ううん! これも……すごく、嬉しい……けど……」
服の裾を大事そうに握りながらそう呟く神凪さんを見て、特に嫌だとは思われていないようで安心する。でも、海に着ていく服って感じではないし、もう1つ買っていたやつも海用というわけではなさそうだ。
「あの……もし良かったら、付き合ってくれない? どんな服がいい、とか……私、よく分からないし……」
「俺もそんなセンスとかないけど、それでもいいなら」
「……うん、じゃあ、お願い!」
そんなことを考えていると神凪さんが一緒に買い物をしないかと提案してきた。むしろ俺がいても良いのだろうかとも思うが、1人にしてまた似たようなことになっても怖いしここは同行させてもらおう。
「じゃあまず、ここ……雪月と前に来たところ。今日は予定が合わないらしくて……」
(そういえば、『姫川りんご』は朝から耐久配信してたな)
俺たちが向かったのは、近くにあったカジュアルな雰囲気の服を多く取り揃えている店。そこでいくつか服を見た後、神凪さんは買う服を残り二つまで絞ることが出来たのだが……
「ねえ、これ……爽馬くんは、どっちがいい?」
(どっちも似合ってる……っていうのはダメだろうしなぁ)
神凪さんが定番の質問と共に差し出してきたのは、ゆったりとした雰囲気の紺色のブラウスと少し丈の長い黒のワンピース。彼女なら何を着ても絵になりそうなものだが、恐らくそう答えるのはハズレなんだろう。よし、ここはビシッと……
「うーん……どっちも良いと思うけど。神凪さんはどっちが好き?」
……無理だった。やっぱりどちらも優劣付けがたいし、こういうのは俺より着る本人の方がよく知っている気がするし……うん、決してヘタレたわけじゃないんだ。
「私は、黒の……うーん、でもこっちも可愛いし……」
(……神凪さんも、こういう所は普通の女子なんだな)
そうして手に持った2つの服を見比べながら悩む神凪さんを見て、俺はどことない親近感のようなものを覚える。少し前まではどこか別世界の人、といった雰囲気があったからこういう一面を見ることになるとは夢にも思っていなかった。
「ダメ、決まらない……ねえ、やっぱり選んで?」
「あー……ちょっとだけ考えさせて」
しかし結局、この重大な2択からは逃げられないみたいだ。この状況を打破する手がかりはないかと、周りを見渡して材料を必死に探す。すると……
「……あれは?」
「あれって……あの、白いワンピースのこと?」
俺の目に映ったのは、少し向こうのほうにかけられていた涼しげな雰囲気の白いXラインワンピース。特に奇をてらったデザインがあるわけでもなくただ真っ白なだけのものだが、だからこそ神凪さんに似合うんじゃないだろうか。
「そうそう、これ。どう思う?」
「すごく……綺麗。見てもらっても、いい?」
「待っとくよ」
自分の体の前でサイズが合っていることを確認して、さらにどこからか麦わら帽子を取ってくると、神凪さんはそう言って試着室の中へと入っていった。そして……
「……どう?」
「おお、完璧」
少し大人びた雰囲気をした水色の髪にクリーム色の麦わら帽子。それに真っ白なワンピースが合わさって、『氷の人形』……というわけではないが限りなく精巧に出来た人形のようなその姿に思わず完璧という言葉が口をついて出た。
「私も……うん、いい感じ。これにする」
「本当、よく似合ってたよ」
神凪さんの服は決まったし、俺もあの状況を無事に脱することが出来て万々歳だ。あとは神凪さんが会計を終わらせるのを店の前で待っているだけ、そう思っていたのだが……
(……あれ、日向か?)
ふと反対側の店を見ると、そこにはさっきはぐれたはずの日向の姿があった。手にはさっき神凪さんがいた服屋の紙袋が握られており、少し躊躇うように店の中を覗いている。
何を買いに来たのだろう……と思って、そこに売られているものをよく見ると────
(あれって……下着!?)
────そこで売られていたのは、たくさんの女性用下着。もしかしたら俺は、日向のとんでもない趣味を知ってしまったのかもしれない……!!
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