第18話 春川日向は隠せない。

(日向にあんな趣味が……いや、しかし否定するのも……)


 なぜか日向が女性用下着を売っている店に入っていった……そのある意味衝撃的としか言いようのない光景を見て、俺は思わずその姿をまじまじと見ながら1人で同じ場所に佇んでいた。


「……えっと、爽馬くん? 何を、見てるの……?」

「神凪さん!? いや、えっと、これは……」


 すると、会計を終わらせた神凪さんが背後からやってきて不思議そうな声で何を見ているのか聞いてきた。言えない。絶対に言えない……日向があの店に入って行ったことも、俺がそれを見ていたことも。


「あそこは…………うん、フードコート行こっか」

(優しげな表情でなかったことにしようとしないでくれ!)


 絶対変な誤解されたよ。確実に下着売ってる店を凝視してる変態だと思われてるよ……でも、ここで何を弁解しても客観的に見ればただの変態の戯言ざれごとだ。


 この問題はあとから考えることにしよう。そうしてさっきとは一転した地獄のような空気の中、俺と神凪さんはフードコートへ向かい昼食を取ったのだった。辛かった……



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(終わった……神凪さん、死ぬほど気を使ってたし……)


 神凪さんが帰った後のこと、俺はモールの外にあるベンチで1人頭を抱えながら落胆していた。フードコートでのことは……聞かないでくれ。ほとんど言葉を交わせなかったくらいに気まずかった、とだけ言っておこう。


「ふぅ、やっぱりの方が楽しいなぁ……」


 そうして半ば絶望に暮れながら明日からどうしようか考えていると、どこかで聞いたような声と共に隣に女の人が座ってきた。


(どっかで見たことあるような……って!)


 髪が耳に掛かる程度のショートヘアに、くりっとした茶色い目。レディースの服に身を包み、どこからどう見ても女子高生にしか見えないその人を────俺は知っていた。


「日向、だよな?」

「えっ……爽馬!? なんで!?」


 『なんで』ってそれはこっちのセリフだ。なんで日向がこんな女子っぽい服を着てるんだ? というかその手に持ってる袋はさっきの店のやつだよな? いや、まさかとは思ったが……


「……俺は、そういう趣味もいいと思うぞ。うん、大丈夫だから」

「ちょっと待って変な誤解しないで! ねえ! その『分かってますよ』みたいな顔やめて!?」

「逆にどんな顔をしたらいいんだよ!」


 無理だよ! 俺にはもう受け入れることしか出来ないんだよ! 友達に女装趣味があった時にどんな顔したらいいのかとか知らねえよ!!


「笑えばいいと思うよ」

「笑えねえよ! 泣きそうだよ!」


 前々から女子っぽいとは思っていたが、予想以上に女装が似合いすぎていて驚くことしかできない。ナンパされても仕方ないだろこれ。


「というか、誤解も何もないだろ! 思いっきり女子じゃんお前! 今朝自分で『ボク、男だよ?』とか言っておきながらきちんと女子してるじゃん!」

「だって、それはボクが…………だから」

「……えっ?」


 なんだろう、今……あり得ない言葉が聞こえた気がする。いや、きっと聞き間違いだ。聞き間違いであってくれ。だって……は、お前が自分で否定したことじゃないか。


「ごめん日向、今……なんて言った?」


 どうか今の言葉が俺の聞こえた通りの意味でないことを祈りつつ、俺はおそるおそる確認するように日向にそう聞き返す。


 しかし当の本人から帰ってきたのは、予想通りといえば予想通り、そして完全に予想外な衝撃の一言だった。


「だから……ボクは、女の子なの! 心も、体も、ちゃんと!! 何回も言わせんな!!」

「……それ、マジで言ってる?」

「なら確かめる!? ねえ、確かめたら納得するの!?」

「分かった、分かったから落ち着け! ここ人前だから!」


 仮に言ってることが嘘でも本当でもそれをするのはまずい。それも公衆の面前で……いや、そうじゃなくても色々と問題になりかねない。


「ごめん、ちょっと興奮しちゃって……」

「うん、とんでもないこと言ってたぞ」

「……うるさい!」

「痛った!?」


 やっと落ち着いたと思ったら、今度は思いっきり頬を張られた。いや、今のは俺も悪かったけど全力ビンタは心と体にクるからやめて欲しい。


「セクハラ反対! さっきのは忘れて!」

「だから、セクハラって……いや、そっか」


 前までは男子として接していたがもし日向が本当に女子となってくると話は変わる。前の勉強会で泊まって行かないか、と誘ったのも……なるほど、だから怒ってたのか。


「ちょっと状況を整理させてくれ。つまり、日向は実は女子で、男子のフリをし続けてた……ってことか?」

「うん、そういうこと。ボクは正真正銘女の子だよ」

「じゃあ、体育の授業を見学してたのも……」

「サラシ巻いてるからね。あぁ、学校に許可は取ってるよ」


 完全に女子じゃん。男友達が女装してると思ったら実はその男友達が女子で男装してただけの女友達だった……うん、頭がおかしくなりそうだ。


「一応、意外だったけど理解はしたよ」

「信じてくれるの?」

「そっちの方が色々と納得いくし、日向がそんな嘘つく理由もないしな。嘘だったらさっきの分しばき返すだけだし」

「しれっとバイオレンスなのやめない?」


 その中性的……というかほぼ女子と言っても過言ではない外見も、今までの振る舞いもある程度は説明がつく。それに……


「別に、どっちでもいいかなって」

「……どっちでも、いい? その……気持ち悪くないの?」

「男子だろうが女子だろうが、日向は日向だろ。正直、ここ1年の間で1番驚いたけどな」


 別に日向の性別がどっちだろうが、仲のいい友達であることに変わりはない。それにしても、抵抗感が無さすぎると自分でも思ったが……俺だって美少女配信にたようなことしてるせいだろうな、多分。


「そっか……そっか! うん、やっぱりそういうところは変わらないね、爽馬!」

「変わらない、ってこんなこと話すの初めてだろ」

「かもね! なんか、嬉しくなっちゃって!」


 うん、やっぱり外見はいつもと少し違っても日向はやっぱり日向だ。こういうよく分からないところとかは特に……とか、口に出したらまた叩かれるだろうから言わないでおこう。


「ああ、そういえば忘れてた」

「もしかして朝のこと? それは……その、下着を……」

「そうじゃなくて、その服似合ってるぞ。いつもと別人かと思った」

「……そういう所あるよね、爽馬は」


 最初見た時には、別人と見間違えているんじゃないかと思ってしまうほど日向のこの姿に違和感を感じなかった。女子だから女子の恰好をしていてもおかしくはないが、男子という先入観があってなお、という意味で。


「……あれ? なあ、日向」

「ん? どうしたの?」

「お前さっきさ、女子こっちの方が楽しいって言ってたよな? なら、どうして────」


 そう考えると、まだ1つ辻褄が合わないことがある。女子の恰好が似合っていないわけじゃない。かと言って、男装の方が好きなのかどうかと言われるとそうでもないらしい。なら、どうしてこんな恰好を……


「それは……ううん、聞き間違いじゃない? ボクはどっちのボクもだよ」


 ……どうやら、何か言えないことがあるみたいだ。日向が話したくないなら聞く必要もないだろうし、深掘りするのはやめておこう。


「じゃあ、俺は帰るよ」

「あっ、待って!」


 とりあえず今日は配信もあるから帰ろうかと立ち上がった瞬間、日向が服の裾を掴んで俺のことを引き止める。なんの用だろうかと思って振り向くと、日向はスマホの画面をこちらに向けてこう告げた。


「爽馬にはのボクも知ってほしいから……これ、見てみてよ!」

「これって、お前……!!」


 そこに映っていたのは、どこか見覚えのあるブロンドの髪をした女性Vtuber。グッズ展開なども行われているほどの知名度を持ち、登録者は200万人を超えている俺とほぼ同期の配信者。その名は────


「────ボク、『蒼井ハル』って名前でVtuberしてるんだ! クラスのみんなには内緒だよ!」

(なんでこうも配信者がぞろぞろと……!?)

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