第16話 春川日向は遊びたい。

「爽馬! 全教科40点越してるよ、ほら!」

「お前、本当によくやったな……」


 期末テストの一斉答案返却が行われた日の放課後、満面の笑みを浮かべながら一気に返された期末テストの答案を見せてくる日向を見て俺は安心と驚きの混ざった声でそう返す。


 中間テストで成績がボロボロだったはずの日向は、なんと全ての教科でギリギリとはいえ赤点を回避して見せたのだ。


「ねえねえ褒めてよ爽馬! ボク、夏休みのために頑張ったんだよ?」

「はいはいすごいすごい」

「なんでそんな塩対応なの!?」

「だってお前、1回褒めたらもっと褒めろって言うじゃん」


 確かに夏休みのためとはいえ学年最低クラスの学力を底上げしたのはすごいとは思うが、ここで褒めたらさらに面倒くさくなるのがこの春川日向という人間だ。


「確かにそうだけどさぁ……あっ、そういう爽馬はどうなの? ボクほどじゃないけど、成績結構危なかったよね?」

「俺も大丈夫だったよ。教えてもらった所とかは結構点取れてたし」

「ボクも! 本当に雪月ちゃん様々だよ……」


 言うまでもないが、今回のテストでいい点数を取れたのは神凪さんと雪月が勉強会で色々と教えてくれたおかげだ……あの2人には頭が上がらない。


「……あっ、雪月ちゃん! 見てこれ、ちゃんと赤点回避できたよ!」

「へぇ、結構頑張ったじゃない。本当ギリギリだけど今回は褒めてあげるわ」

「おめでとう、春川くん……勉強会、開いてよかったね」


 何かお礼しないとな、なんて考えているとちょうどいいタイミングで教室の後ろの扉からくだんの2人が入ってきた。どうやら日向の点数が上がったのは雪月も嬉しいようで、心なしかいつもより語調が柔らかくなっていた。


「でも、2人はもっと凄いでしょ? 成績貼り出し見たけど、雪月ちゃんも神凪さんもぶっちぎりで学年トップだったし」

「当然でしょ! 氷雨先輩は凄いんだから!」

「順位は……うん、頑張ったし……」

(よくよく考えたらとんでもない人達に教わってたのでは?)


 高等部1年で成績1位の神凪さんと、中等部3年で同じく学年1位の雪月。よく考えたら、こんな化け物たちから勉強を教えてもらえるとかお金を払ってもいいレベルだろう。


「やっぱり2人とも凄いよ。勉強も教えてくれたし、何かお礼したいんだけど……ねっ、爽馬?」

「本当にお世話になったし、出来ることなら」

「お礼とかいいわよ、別に。嫌ならそもそも断ってるわ」

「私も……勉強会とか、初めてで楽しかったし……」


 だが、どうやら2人は特にその気がないらしい。別に大仰なことじゃなくてもいいなら、近くのファミレスでご飯を奢るくらいでもさせてほしいんだけど……


「あっ、そうだ! ねえ3人とも、夏休みの真ん中あたりって、何か予定ある?」


 すると、何か思いついたのか日向が唐突に俺たち3人に向かってそう聞いてきた。夏休みの予定……特にないな。でも……


「「「夏休みの始まりの時期以外なら……」」」

「なんでそんなに予定揃ってるの!?」

(配信者事情ぐうぜんのいっちですね、はい)


 夏休みが始まったばかりの時は、学業から解放されたばかりの比較的ヒマな学生層を夏休み企画で取り込むチャンスタイム。つまり特にその時期は配信者おれたちにとって重要な期間となるわけだ。


「でも、それ以外の時期なら大丈夫だったらさ……お礼になるか分からないけど一緒に海行こうよ、海! 叔母さんが海の家してるから、いっぱい遊べるよ!」

「へぇ……結構良さそうね! 私、泳ぐのは好きよ!」

「お前、そんなツテあったのか……」


 海か。夏休みに遊ぶ場所としてはちょうどいいし、その場所を提供してくれるのはありがたい。俺も泳ぐのは好きだし、何より遊ぶ予定が完全な白紙となっている夏休みの思い出づくりにもなるだろう。ナイス日向。


「えっと……それって、4人で? 私も、いいの?」

「当たり前じゃないですか! 氷雨先輩抜きにしてたら2人とも溺れさせますよ!」

「「やめて?」」


 しかし、当の神凪さんはなぜか参加していいのか不安そうにしてそう聞いてきた。もしかして海は嫌いなのだろうか……?


「神凪さん、泳ぐのとか嫌だった?」

「あの、嫌いとかじゃなくて! その……何人かでどこかに出かけるのが、初めてだから……海も、行ったことないし」

「そういえば、先輩って私以外と遊んでるの見たことないかも」


 確かに、神凪さんが誰かと遊びに行ったとかいう話は聞いたことがないな……『氷の人形』なんて呼ばれて怖がられてるから仕方ないところはあるが、だとしても初めてっていうのは驚いた。


「なら、ボクたちと遊びに行くのが最初ってことだね! ちゃんと準備するから安心して!」

「うん……すごく、楽しみ」

(……なんか、嬉しそうだな)


 まだ少し不安げではあるものの、うっすらと笑みを浮かべる神凪さんを見て少し安心する。俺も友達と海に行くのなんて何年ぶりだろうか……夏休みが楽しみだな。ただ、ひとつ言うとするならば……


(あれ? 俺、結局何もできなくね?)


 ……とりあえず、遊びに行った時にご飯でも奢ることにしよう。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



(水着、ってこんなのでいいのか……?)


 夏休み初めの配信シーズンも落ち着いた頃、海に行く日まで残り3日となったある日のこと。俺は1人でショッピングモールに来て、海に行く時用の水着を買った後に新しい服も買うためにブラブラとしていた。夏休みとはいえまだ朝11時、あまり人もいない。


「────だからさ、ちょっと遊ぶだけだって!」

「いや、あのー……ボクに言ってます?」

「ボクっ娘! 最高じゃん!」


 ……人がいなくて静かだからだろうか、なぜかゲーセンの方からやけに聞き覚えのある声が2つ聞こえてきた。まさかな……と思って、その声がする方に向かっていくと……


「ボクっ娘!? いや、そもそもボクは……」

「ガチのボクっ娘とか初めて見た! なあ、なんか奢るから一緒に飯行こうぜ!」

(なんでお前らがここにいるんだよ!!)


 そこにいたのは、以前に神凪さんをナンパしていたチャラ男と、そいつにナンパされている日向。最近どこかに遊びに行くたびにあいつを見ている気がするが、もしかして暇人なんだろうか。


「だから、そもそもボクは……あっ!」

「大丈夫だって、話なら後からいくらでも……って、どこ行くんだよ!」

「ナイス爽馬! ねーねー、あいつ追っ払ってくれない?」


 なんてことを考えつつ冷めた目で2人の問答を見ていると、こちらに気づいた日向が駆け寄ってきて助けを求めてきた。正直言ってさっさと帰りたいんだけど……


「俺は道端に軍手落とすバイトあるから」

「なんでボクを見捨てようとするのさ!」

「自力でどうにか出来るだろ、お前は」

「そんなこと言わずにさ、お願いだって!」

「そこまで言わなくても……ひとつ貸しだぞ?」


 あのナンパ男が面倒な奴なのはもう知ってるし、日向に関しては多分自力でどうにか出来るだろうから放っておくのが吉だろうけど……後で文句を言われるのも嫌だし仕方ないか。


「なあ待ってくれよ……って、お前、なんでまたここにいんの? もしかして暇人?」

「ナンパしてばっかりのお前にだけは言われたくないな」

「えっ、まさか爽馬もそういう……いや、爽馬には無理か」

「日向、あとで覚えとけよ」


 変な勘違いをした挙句にしれっと人を貶すな。そもそも俺にはナンパをするような機会も度胸もないことは自分でもよく分かって……なんか悲しくなってきた。


「とにかく、今日は邪魔すんなよ。俺は今この子と話して────」

「あぁ、こいつ男だぞ」


 とにかくさっさとこの場を収めようと、俺はさっきから日向が言おうとして言えなかったことをバッサリと言い切る。すると、その瞬間……ナンパ男は目を丸くして、裏返った声で驚きの声をあげた。


「……えっ、マジで!? ってことは、俺は……えっ?」

「さっきからそう言ってるのに。ボク、男だよ?」

「嘘だろ……百戦錬磨の俺の目に狂いが……!?」

「まあ、確かに女子に見えるのは分かるけど……って、聞いてないな」


 間違えて男子をナンパしていたのがよほどショックだったのか、目の前の男は上を見て呆然としたまま上の空であり得ない、あり得ないと呟くマシーンと化した。


「……よし、もう放っておいて行くぞ日向」

「これはどうしようもないね……じゃあ、またね?」

「あり得ねぇ……俺が間違えるわけ……」


 とりあえず知り合いと思われるのは嫌なので、俺と日向は急いでその場を後にしたのだった……

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