第14話 春川日向は学びたい。
(ヤバい、全然分からん……!)
それはある日の放課後のこと。クラスメイトたちが話しながら仲良く帰宅している時に、俺は教室の中で数学の教科書とにらめっこしていた。理由は、そう……
「星宮くん、テスト勉強してるの?」
「うん、全くもって理解は出来てないけど」
1週間後に迫ってきている
「ちゃんと授業受けてたらテストなんて何とでもなるでしょ。アンタ、ノートとか取ってるの?」
「なんで雪月は当たり前のようにうちの教室にいるの?」
「許可は取ってあるわ。安心しなさい」
あの一件から当然と言わんばかりに教室に来るようになった雪月はテストなんて余裕という風にそう言ってくるが、高校と中学だと難易度にかなりの差が……
「ちょっと見せてみなさいよ」
「別にいいけど、これ高校分野のだから難しいかも……」
「……あぁ、これはここの公式使って、2X-Y+1=0を移行して代入法で解けるわよ。距離公式くらい覚えておきなさい」
「生意気言ってすみませんでした」
忘れてた。そういえばこいつも神凪さんと同じオーバースペック系女子だった。もうこれ雪月から勉強教えてもらった方が早いんじゃ……なんて思っていると、ふと俺と雪月の肌の袖が誰かに掴まれた。
「神凪さん、どうかした?」
「別に。ただ、いつのまにか仲良くなってるなぁ……って」
「氷雨先輩、なんか怒ってます?」
「……怒ってない」
振り向くと背後で不貞腐れた顔をしながら俺たちを睨みつけている神凪さんがいた。怒っていないとは言ってるけど確実になにか気にしてるだろこれ。
「あー……そう言えば、日向は勉強とかどうなんだ?」
「……爽馬、ボクのこと呼んだぁ……?」
とりあえずこのまま話しても埒が開かなさそうなので、俺は隣の席で机に突っ伏している日向に話題を振る。なんか最近神凪さん関連のことでよく巻き込んでいる気がするが気のせいだろう、うん。
「お前、今日ずっと寝てるけど……分かった。また徹夜で配信見てたんだろ」
「うん、そんなとこ……」
「日向は本当に配信見るの好きだよな」
昨日は『蒼井ハル』の深夜配信があったから、恐らくそれを見ていたら朝になっていたのだろう。
「アンタ、話そらすのに寝てる友達巻き込むとか……って、『日向』って言った!? 日向、ってあの春川日向!?」
「生徒会で同じだった先輩のことに気づかないお前も大概じゃないか?」
「雪月ちゃん、久しぶりぃ……眠い……」
以前聞いた話だが、雪月と日向は中等部からの知り合いでそれなりには話していたらしい。というか今の今までずっと近くにいたのに気づかないって……本当に神凪さん以外に興味ないんだな。
「いや、変わりすぎじゃない!? 中等部の頃はもっと男子っぽかった気がするんだけど!?」
「イメチェン、してみたかったんだよね〜」
「もはや性転換ってレベルよ!?」
「日向が女子っぽく見えるのには同意するよ」
男友達にこう言うのもなんかヤバい扉を開いてそうで嫌だが、日向はクラスの女子と比べても飛び抜けて『可愛い』。前も休日に駅前で待ち合わせをしていたら日向がナンパされていたことがあってびっくりした。
「……で、ボクのテストがどうかって話? えーっと、確か前回は……平均28点だったかな」
「アンタは中等部から相変わらずバカね……」
「そういえば1ヶ月前は補習地獄だったな、お前」
「やめて、1日9時間授業は思い出したくない」
そう考えると、この場の学力カーストにおいて男子があまりにも弱すぎてもはや笑えてきた。日向も俺も勉強は得意じゃない、というかはっきり言って苦手だからな。
「……あっ、そうだ! 雪月ちゃん、爽馬、休みの日に勉強会しようよ勉強会! 生徒会でやってたやつ!」
「雪月が先生役……ってことか。いいかもな」
「勉強会!? 高校の分野は予習したいし、アンタたち2人相手なら別にいいけど……どこでやるつもりなの?」
なるほど、その手があったか。後輩から勉強を教わるのは先輩として大切な何かを失う気もするが、高校1年生で単位を失うよりははるかにマシだろう。
「爽馬の家でやろうよ! いいよね爽馬、いいよねっ?」
「俺の家!? 別にいつでも大丈夫だけど」
「じゃあ今度、爽馬の家で勉強会ってことで!」
そうして結局、日向の勢いに乗せられるように勉強会の日程が決まってしまった。とはいえ、せっかく掴んだ勉強の機会……テストに向けてしっかりやらないとな。
「こうなった時の行動力は……あっ……も、もうこんな時間じゃないの! わ、私、生徒会の用事があるから……」
「あーっ……ボ、ボクもそろそろ帰ろうかなぁ……じゃあまた明日!」
(あれ、何か忘れてるような……)
そうして予定が決まった瞬間に教室からやけに急ぎ足で去っていく2人の背中を見つめながら、俺は何かを忘れていることに気づき……後ろから向けられた猛烈な視線を察知した。
(神凪……さん?)
そして、俺はようやく理解する。なぜ2人が急にいなくなったのか、何を自分が忘れていたのかということを……
「……その、一緒に勉強会しない?」
「みんな、忘れてたくせに……」
(あいつら分かってて逃げやがった!)
その後、完全にへそを曲げてしまった神凪さんに機嫌を直してもらうまで30分ほど掛かったのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「えっと……だから、ここはこの公式で……星宮くん、分かる?」
「すごく分かりやすいですありがとうございます」
その週末の土曜日、本当に勉強会をすることになり朝9時という早い時間から俺たちは勉強会を始めていた。
「日向、二項定理は分かるわね?」
「も、もちろん! 当たり前じゃん!」
「あからさまに目が泳いでるわよ……はぁ、じゃあまずは基礎から……」
俺は神凪さんに、日向は雪月に教えてもらっているが2人とも本当に教えるのが上手かった。そして日向は予想以上にヤバかった。マジでどうやって進学したんだお前。
「星宮くん、聞いてる?」
「あっ、ごめん。雪月と日向のほう見てて……」
「……ふーん、じゃあもう一回言うよ?」
「本当にごめんなさい……」
人の心配してる余裕なんてないのによそ見するとか、さすがに今のは俺が悪い。どことなく神凪さんもムスっとしているし、本当に真面目に取り組まないとそれこそ怒られても仕方ない。
「……2人、ばっかり」
「何か言った?」
「ううん……別に」
そうして今度こそテスト勉強会は進んでいき、開始からおよそ3時間が経った頃……
「……っと、そろそろ休憩にしようか」
「はぁぁぁぁ……久々にこんな疲れたわ。あとは確認テストの採点だけね」
「雪月ちゃんのおかげでやっと分かったよ、二項定理!」
「春川くん……それ、テスト範囲の1番初めじゃない……?」
もう時刻も昼を回りそうなので、少し休憩を取ってもいいだろう。昼飯は作ろうか、それかどこかで買ってこようか……うん、テイクアウトにして家で食べよう。そっちの方が時間も取られないし。
「昼ご飯は適当にバーガープリンスとかで買ってきていい?」
「あそこのポテト美味しいんだよね〜。というか、爽馬1人で行くつもり?」
「まあ、4人分ならそう多くないだろ」
教えてくれている側の神凪さんと雪月に買ってきてもらうのは悪いし、日向の勉強時間を削るのは非常にまずい。なら日向よりは成績がマシな俺1人で行ったほうが効率的だ。
「……じゃあ、私も行く」
「神凪さん、いいの?」
「1人じゃ、重いし……」
まさか神凪さんが自分から行きたいと言うとは思わなかった。1人より2人の方が荷物も少なくなるし、自分の分だけ持ってもらえるだけでもありがたいから構わないけど。
「ならボクも一緒に────」
「……アンタは休憩終了よ、日向」
日向も一緒に行くつもりだったのか立ちあがろうとするが、それは苦虫を噛み潰したような顔をしている雪月によって食い止められた。手にはさっきのテストが握られており、俺はある程度何が起こったのかを察する。
「何で……って、雪月ちゃん? 顔が怖いよ、怒ってる?」
「別に。ただ確認テストが見事に赤点ギリギリだったから、もっとみっちりしごこうと思ってるだけよ……!!」
「神凪さん……爽馬……た、たすけ……」
「行こうか神凪さん」
「う、うん……頑張ってね、2人とも」
そうしてリビングから聞こえてくる悲鳴を背に、俺たちは昼飯を買いに向かったのだった。
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