第13話 白姫雪月は許せない。

『いや、今日は元気ないなって。何かあったんだとしたら……私に話してくれないかな?』


 俺の力で白姫さんの悩みを解決できるなんてそんな楽観的なことは思っていない。ただ画面の向こうにいる彼女が話を聞いて欲しそうにしているように見えた……それだけだ。


『別に何も……いえ、ごめんなさい。やっぱり嘘ついてコラボ延期なんて……ちゃんと話します』

『うん、聞かせてほしい』


 家族にも、友達にも、誰にも話せない……あるいは話したくないような悩み。それを吐き出すことが出来るのもある種配信の魔力だ。


『……ミツメアイさんには、関係ない話ですよ?』

『だから、だよ。関係ない私だから、話せることもあるでしょ?』

『優しいんですね。本当、私とは大違い』


 どこか自嘲するような声でそう言いながら、彼女は喉の奥に詰まった言葉を絞り出すようにゆっくりと話を始めた。


『……あの、ミツメアイさんには大事な人っていますか? 自分よりも……誰よりも大切な人が』

『うーん、いないかな。そういうのには疎くて』

『すみません、突然変な質問をして。でも……私には、そんな人がいるんです。誰よりも、自分よりも大事に思う人が』


 多分、神凪さんのことだろう。白姫さんと話していると神凪さんが大好きなのは伝わってくるし、彼女の少し……いや、かなり行きすぎた行動からもそれは明らかだ。


『私は小さい頃から人見知りで、初対面の人と話すのは緊張しちゃって……なかなか友達ができなかったんです。でも、小学生の時にそんな私の初めての友達になってくれたのがその人で。すごく優しい人なんです』


 なるほど、神凪さんは彼女にとってのヒーローで……だからあれだけ執着していたのか。それこそ、神凪さんが認めるほど人見知りな彼女があったこともない人に突撃するほどに。


『……でも、私はそうじゃなかった。その人の友達に酷いことをしたんです。その人を、独り占めしたくて』

『そう……なんだ』

『その友達が悪い人じゃないことは分かってたんです。優しい人だってことは知ってたんです。それでも、私は納得できなくて……謝ることも出来てない』


 ……まさか、白姫さんは俺のことで悩んでたのか? だとしたらそんなに気に病むことはないと伝えたいけど……ダメだ。今ここで正体をバラしたらさらに厄介なことになる可能性もあるし、そもそも身バレ自体のリスクが高すぎる。


『本当は謝りたいのに……会って、謝って、ありがとうって言いたいのに! でも、それが出来ない!!』


 すると突如画面の向こうから何かを叩くような音が鳴り、彼女はまくし立てるようにそう告げた。どこに向ければ良いかわからない怒りの篭った悲痛な声が耳の中に残って離れない。


『自分に自信が欲しくて始めた配信も何の意味もなかった! 自分に自信がないから人を蹴落とそうとしか出来なかった! 今だって怖くて部屋から出られない……そんな自分が、許せない。憧れの人にも、その友達にも、視聴者の人たちにも、どんな顔をすればいいか分からないんです……!』


 ……こんな時、俺は何を言えばいいんだろう。白姫さんはきっと、優しい言葉で励ますことも同調して批判されることも望んでいない。


(分からない、か……)


 その瞬間、ふと金曜日に白姫さんが残した言葉が頭の中に蘇る。俺の目的が……俺そのものが分からないと言っていた。それが拗(こじ)れに拗れて、今では自分自身のことさえよく分からなくなってしまっている。なら────


『────なら、分かることから始めればいいよ』

『……分かる、こと?』

『自分で言ってたでしょ、会って謝りたいって』


 白姫さんは確かに言った。会って謝りたいと。それはきっと彼女の本心から出た言葉だ。1人で悩んで、考えて、その末に出した彼女の答えだ。何も分からないならそれから始めればいい。


『でも、それは……私、なんて言えばいいか分からないし……多分許してくれないし……』

『それでも、やってみないと分からないよ』


 まあ正直言って、白姫さんはやり過ぎだったことは否定できないけど……俺だって現在進行形で彼女を騙しているわけだし、やってることはおあいこだろう。


『……きっと、素直に謝れません。もしかしたら、また変なことを言うかもしれない』

『その時はまた謝ればいいよ。何回でも、何回でも、自分が納得するまで……自分の答えが見つかるまでやればいい』


 彼女は、もう十分すぎるほど1人で悩んだはずだ。あとは行動に移すだけでいい。たとえ間違えてもやり直せばいい。少なくとも俺はそれを拒絶しない。


『私に……出来るんでしょうか』

『分からない。でも、やらなきゃ分からないままだよ』

『分からないまま……そっか、私……やらないと。ちゃんと謝って、今度は……』


 ……うん、もう大丈夫そうだ。さっきまでの弱気な雰囲気もどこか不安げな感情も、今の彼女からは感じない。これ以上口出しするのも野暮だろう。


『じゃあ、また成功したら教えてね? そうしたら……今度こそ、一緒にコラボしよう?』

『……っ、はい! 本当にありがとうございました!!』


 迷いが晴れたような明るい声と共に、彼女のアバターが深々とお辞儀をした後に白姫さん側の画面が途絶える。俺もアプリを切った後にボイスチェンジャーを外し、大きなため息をひとつ吐いてベッドに座り込んだ。


「……準備、しとかないとな」


 どうやらコラボの時期もそう遠くはならなさそうだ……なんて、確信めいた何かを感じながら。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 その翌朝、俺はあくびをしながら通学路を歩いていた。白姫さんと話した後に機材のメンテナンスをしたり、学校の復習をしたりで気づいたら朝4時になっていたからそのまま徹夜で学校へと向かっているわけだが……


(これ、1時間くらい寝ても良かったんじゃないか……?)


 うん、流石に登校するのが早すぎた。全然人がいない。


「……それより、今日は来てるといいけど」

 

 昨日話した限りでは大丈夫そうだったけど、もしかしたらということもある。そんな一抹の不安を覚えながら歩いていると────


「────誰が来たらいい、って?」

「そりゃもちろん、白姫さんのことだけど……えっ?」


 突然目の前にあった曲がり角の影から聞き覚えのある声で話しかけられた。思わず当たり前のように返答してしまったが、俺はこの声を知っている。


「白姫さん、なんでここにいるの!?」

「散歩中にたまたまここを通っただけよ」

「あなたの家ここから反対側ですけど!?」


 その言い訳は無理があるだろ! 朝っぱらからこんなところ散歩する奴は多分よほどの暇人だよ! 嘘をつくにしてももう少しバレづらい嘘を……なんて思っていると、彼女が急に近づいてきてやけに冷静な声でこう告げた。


「……でも、アンタも私の家の前にいたじゃない」

(これ、もしかしてまた嵌められた?)


 そうだった、あの時はストーカーをどうにかしようと必死だったから頭から抜けていたけど俺も似たようなことをしていたんだった。


「なんであの日、あの夜、あの瞬間にアンタがあそこにいたわけ? まるで全部知ってたみたいに」

「そ、それは……」

「アンタ、何者なの? 何がしたいの? なんで私を助けたの?」


 これは……言い逃れ出来なさそうだ。都合のいい言い訳も考えつかないし、かといって適当な嘘を吐いたらそれこそバレた時に厄介だろう。遅かれ早かれバレるなら、いっそ今正直に────


「……なんてね。いいわよ、答えなくても。だからそんな気持ち悪い顔しないで」

「なんで……って、気持ち悪いって言った!?」

「アンタの落ち込む顔とか、気持ち悪い以外になんの感情も湧いてこないわ」

「だとしてももうちょっと言葉選んでくれない!?」


 マジで何なんだよこいつ! 身構えて損したわ! 昨日の流れ的に色々と話しに来たのかと思ったらずっとディスられてるだけなんだけど!?


「無理よ。私、アンタが嫌いだから」

「嫌いって……なんかもう慣れてきたからいいや」

「ポっと出てきただけのくせに氷雨先輩と仲良いし、何しても怒らないし、挙句の果てに『放っとけない』から人助けとか……分かんないから、本当に嫌いなのよ」


 でも気のせいだろうか、言っていることは初めて会った時とほとんど変わらないくらい刺々しいのに不思議と嫌に感じない。慣れた、のとはまた違う感覚だ。


「……でも、悪い奴じゃないことは分かってるつもりよ。だから、その……ありがとね、先輩」

「……えっ?」


 彼女から発せられた予想外の言葉に俺が驚いた瞬間のこと。白姫さんは目の前でスマホの写真フォルダを開いて、問題の写真を消去した!


「これでチャラにしてあげるわ。でも、監視は続けるから覚悟してなさいよ!」

「こちらこそ、よろしく」

「……やっぱりアンタ嫌いだわ」


 結局、感謝されたのか怒られたのか分からないが……どうやら以前ほどは嫌われていなさそうだ。少なくとも自主規制すべき単語が出てこない程度には。


「あとその白姫さんって呼び方、気持ち悪いからやめなさい。雪月でいいわ」

「……本当に、呼び捨てしても殴らない?」

「今すぐ殴ってもいい?」


 そうして俺たちは刺々しい軽口を叩き合いながら学校へと歩き始める。あれほど重くのしかかっていた眠気は、朝の涼しい風に流されていつしか消えていたのだった。

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