ウ象ム象
えのき
1
僕は猿より下等なヒトである。
猿が徐々に進化を遂げ、今の人類が誕生したという話を聞いた時、僕はふとそんなことを思った。
猿から進化を遂げられたのは、賢い祖先たちが必死でこの世界を生き抜いてきたから。貧弱な体を持ちながら、自らの武器である脳を使って生物の頂点に君臨し、農業による安定的な食料の確保、社会という想像上のシステムの構築、工業による圧倒的な効率の実現、そして今では地球のどこにいても人々が繋がれるようになった。
そこで気付かされた。
僕はそんな賢い先人たちの甘い汁を啜っているだけの存在だと。
日本というそこそこ豊かな国に生まれただけで当たり前のように衣食住を手に入れ、時間と地球の資源を大量に浪費して死んでいく。そんな醜い存在なのだ。
僕はマンモスを狩れない。
僕は毎日農作業をこなせない。
僕は何も創れない。
僕はどの時代に生まれても、ただの有象無象の人類の一人だっただろう。
猿たちは森の資源を適切な量を食し、その排泄物はやがて森の恵みとなる。
僕は当たり前のように大量の食料を食べ、添加物まみれの糞を下水へ流す。
これが、僕の正体。無意味に浪費し、無意味に害を生み出すモノ。これを醜いと言わずして何と言う?
世界はどうしてこんな存在をこの地に生んだ? どうして複数の遺伝子の中から僕という存在が構成された? もしこの世界のシステムが僕を生み出したのなら、僕の役割は何なのだろうか?
そこで、僕はふと周りを見た。
僕と同じように、社会の何の役に立っているのかわからない存在で溢れていた。仕事をしている人でも、誰でも代わりにできるようなことをしている。その人たちは懸命にやっているつもりでも、誰も成し遂げられないことではない。唯一無二の存在はほぼいない。
ここでようやく気がついた。
この世界は、その唯一無二の存在を生むために、有象無象を生むのだ。そして僕らにもまた、人類の頂点に立つ賢人たちを支えるという役割が与えられている。そうして、社会は廻っているのだ。
つまり、世界は僕を必要としていない。
彼は僕に「そのまま浪費し、死んでいけ」と言っているのだ。
ならば、僕も甘んじてその役割を受け入れよう
……本当にそれでいいのか?
【浪費者】という役割は、楽しかったか?
否。僕はずっと、心の中に満ち足りなさを感じていた。どれだけ浪費しようと、これはおそらく満たされない。それは、食欲でも性欲でも睡眠欲でもない。承認欲求とは似て非なるもの。
この欲は、もしかすると世界が僕らに用意した一筋の道なのかもしれない。
もしも、世界が平等とまでいかなくても、僕に頂点への蜘蛛の糸をぶら下げてくれているのならば、僕はそれに手を伸ばしたい。
有象無象の浪費者として、残り何十年もその役割を全うするのは御免だ。
僕は猿より下等なヒトである。
それでも、僕は真っ赤な尻を蹴り飛ばして、有象無象が絡みつく蜘蛛の巣から逃げ出したい。宝くじよりも遥かに低い確率で手に入れた【下等なヒト】というカードを破り捨て愚者となっても、せっかく手に入れた【長寿】を半分削ろうとも、僕は自分の欲を満たすために貪欲であろう。
そのために、僕はこの世界に食いかかる。
僕は、反抗期だから。
ウ象ム象 えのき @enokinok0
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