第13話 消える灯火

 村が暗闇に包まれてから、六時間ほどが経った。

そろそろ街に着いても良い頃だったが、眼前に広がる暗闇に終わりは見えなかった。

ルミルはガイウスに背負われ、彼を掴むことすらできないほど疲弊していた。


「隣街は本当に無事なのか…?」


 村人の不安げな声が聞こえてくる。

隣街はもう滅んでいるどころか、この国すらも滅んでいるかもしれない。

そんな悪い想像ばかりが浮かんでは消えていく。


「其は、人に与えられた原初の火――」


 そんな中、リノの声が聞こえる。

『黎明の灯火』は暗闇に怯え、寒さに凍える獣を、人へと導いた奇跡だ。

それは孤児院で育ち、まだ神官でなかった頃のルミルが、教会の神官に何度もねだって聞いて覚え、修行の末に起こせるようになった奇跡でもある。

そしてルミルはこの奇跡を発現させたことで、神官となれたのだ。


「時代を紡ぐ黎明の灯火――」


 だが、リノには灯火を発現させられない。

そもそも、奇跡は一心不乱に祈れば発現する訳ではない。

神に過去の再現を願い、対価を捧げ、奇跡として発現する。

その感覚は手探りで掴んでいくしかなく、一朝一夕で何とかなるものではない。


 それでも、リノの瞳には強い意思が宿り、諦めの色は一切なかった。


「其は夜闇を切り裂き、寒さに打ち克つ、獣を人へ導く始まりの灯火」


 リノの凛とした声が響く。

ふと、ルミルは師であった神官の言葉を思い出していた。


『奇跡は神官だから発現できるのではない。

 奇跡を発現できる者が神官と呼ばれるのだ』


つまり、師はその者が神官としての境地にあるのなら、聖職者でなくとも奇跡を発現できると、そう言ったのだ。


「今ここに顕れよ――『黎明の灯火』」


そしてリノは奇跡を起こす。


「見ろ…灯火が…」


 リノの手元に、小さな、ほんの小さな灯火が発現する。

灯火は揺らめき、すぐに消えてしまったが、確かにそこにあった。


 リノは諦めず、祈り続ける。

ルミルはもう目を開くこともできなかったが、リノが火を灯せるように祈った。


「黎…明の…—」


 やがて一つの灯火は消えた。



「…くれ、起きてくれ…! ルミル殿!」


 気が付くと、ルミルは意識を失っていた。

 どのくらい経ったかは分からなかったが、数時間は眠ってしまった感覚があった。

 だが、ルミルが見上げると、小さくてもしっかりした光を放つ灯火があった。


「私は…! 何時間寝てました!?」

「よかった、気がついたのか! 倒れてから三時間くらいだ」


 ルミルは急いで『黎明の灯火』を唱える。

リノの灯火と比べて、大きく安定した灯火が中空に燃える。

慌ててリノの元へと駆けつけると、彼女はかなり疲弊していた。


「神官様、私、できました…

 みんなを…守…れ…ま…」


 リノはルミルに笑いかけ、気を失った。

リノは心身を疲弊した状態で、初めての奇跡を三時間も発現させ続けたのだ。

この小さな体にどれほどの負荷が掛かったのかは想像に難くなかった。


 ルミルはリノと彼女の祈りに応えてくれた神に感謝し、荷台へと寝かせる。

彼女は眠っていたが、どこか少し誇らしげな表情を浮かべていた。

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