第5話 別離

 村長とは、村の最終的な意思決定を行う重要な役割だ。

エルタスの村長バルダムは、優しさと厳しさを兼ね備えた公正明大な人物だった。

ルミルもガイウスも、彼と合流できれば事態は好転すると、根拠も無く考えていた。


 一行は村長の家へとたどり着く。

周囲に人の気配は無く、静まり返っていた。


「村長! 誰かいないか!」

「お母さん! おじいちゃん! 皆!」


 ガイウスとリノが叫ぶ。

だが、村が暗闇に包まれてから、既に十数分が経っている。

ルミルの脳裏に手遅れという言葉が過った。


「ルミル殿、一度降りてくれ。

 俺が中を見てくる」


 入り組んだ建物内では、灯火の光が遮られる。

それ故にガイウスは一人で中を探索し、村長の安否を確かめると言った。


「灯火がこの位置にあれば、中も少しは見通しが利くはずだ。

 …もし俺が1分で戻らなかったら、死んだと思って先に行ってくれ」


 ガイウスは即座に覚悟を決め、村長宅へと入ろうとする。


「団長、皆を纏めるあんたが突っ込んでどうすんですか…。

 代わりに俺が行きますよ」


 そんなガイウスを止める為に、キールという若い自警団員が口を挟んだ。


「だが…」

「神官様を立ちっぱなしにさせるつもりですか?

 まぁ、俺に任せてくださいよ」

「…分かった。 だが、絶対に無理はするなよ?

 1分経たなくても、危険を感じたらすぐに戻ってこい」

「ええ、分かってますとも。

 命を懸けるつもりなんて、さらさらありませんよ」


 キールは剣を抜くと、村長の家へと入って行った。

一行は緊張しながら待ち続け、変化が無いまま三十秒ほどが経った。


「うわあああああ!」


家の中から、キールの叫び声が上がる。


「キール、何があった!?」


 返答よりも早く、キールが玄関から飛び出してきた。

続けて出てきた闇の怪物は、灯火の光に焼かれて消えた。


「はぁ、はぁ…危なかった…」

「怪我は……無いようだな。 報告を頼む」


 肩で息をするキールにガイウスが結果を聞く。

だが、彼が一人であることから、結果は既に分かっていた。


「その…なんというか…」


キールはリノを見て俯き、再びガイウスを見る。

そして、黙って首を横に振った。


「っ、そうか……」

「待って…お母さんは…?」


 リノが縋るように尋ねた。

場に沈黙が満ちる中、ガイウスが屈んでリノと目を合わせた。


「…リノ、落ち着いて聞いて欲しい。

 君のお母さんは、天国という所に行ったんだ」

「それなら、私もそこに行く!」

「そこは一度行けば、もう戻ってこられない。

 今リノが行けば、村の皆は悲しむし、きっと家族の皆も悲しむ」

「でも、会いたいよ…!」

「だから、精一杯生きて、この世界を見て、それから胸を張って会いに行くんだ」

「だけど…」

「大丈夫だ。 俺も、村の皆も一緒にいる…!」

「う…うう…わかった…う…うっう…ええええん!」


 リノはガイウスに抱き着き、声を上げて泣き始める。

彼女だけでなく、そこにいた者たちも悲しみに包まれていた。


 そんな中、ルミルはこの村に赴任してきた時のことを思い出していた。

この村でルミルを最初に受け入れてくれたのは、村長とその家族だった。

神官という特殊な立場は、畏れ多いものとして壁を作られることが多い。

それ故にルミルを一人の住人として見てくれたのはガイウスと村長一家くらいのものだった。

 ルミルはいてもたってもいられなくなり、リノを抱きしめる。

言葉で励ますことは出来なくとも、きっと何かが伝わると信じていた。

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