第4話 試みと迷い

 エルタス村は五十二名が住む、田舎の小さな集落だ。

礼拝堂に居た者と自警団が避難させた者は合流できたが、まだ十九名が危機に晒されていた。


「おーい! 誰かいないか!」


 一行は村人を探しながら、村長宅へと向かっていたが、その足は遅い。

子供や老人を含めた大所帯という事もあったが、一寸先は闇だからだ。

灯火の光があっても足元は見え難く、駆け足はもちろん、速足で移動することもできなかった。


 そんな中、ルミルはガイウスの背に文字を書いていた。

無論、遊んでいる訳ではなく、筆談での会話を試みていたのだ。

ルミルは捜索活動をするガイウスの邪魔になるとは思ったが、後で問題が起きた時に困ると思い、今のうちに試しておこうと考えたのだ。


「? ルミル殿、何か伝えたいことがあるのか?

 それは緊急か?」


 だが、ルミルの意図をガイウスは汲み取れなかった。

ルミルはガイウスの背に大きく『×』と書く。


「緊急ではないのか…って、伝わるか試していたのか?」


 文字は伝わらなかったが、記号は伝わった。

それはガイウスが特殊なのではなく、この国では神官や村長などの知識層以外、文字を学ぶ機会がないのだ。

だが、絵や記号、数字の類は看板によく使われる。

それ故に記号や数字ならば、ある程度伝えられるとルミルは当たりを付けた。


「誰か襲われているぞ!!」


 ルミルが色々と意思疎通をする方法を試していると、斥候をしていた自警団員が叫んだ。


「ルミル殿、話は後だ! 走るぞ!」


 ルミルの検証は中断され、一行は自警団員の方へ駆ける。

 襲われていたのは村長宅の近くに住んでいた一家だった。

灯火で照らすと、襲っていた闇の腕はすぐに霧散したが、家族を守って戦っていた男は、かなりの怪我を負っているように見えた。


「神官様…! 主人を助けてください!」


 男の妻がルミルに気づき、助けを求める。

それはルミルが普段、重傷者を『治癒の奇跡』で手当てすることを知っていたからだ。

だが、今のルミルはその頼みに応えられなかった。

普段なら僅かなお布施で快く引き受けるが、今は治癒の奇跡を使えば、灯火の奇跡が消えてしまう。

治癒中に怪物が襲いかかるかもしれないし、最悪の場合はもう一度灯火を発現させることに失敗し、全滅する可能性もあった。


 説明ができない今、どう対応すればいいか分からず、ルミルは硬直してしまう。


「奥方、見た目は酷いが、命に関わる怪我じゃない。

 普通の手当で大丈夫だ」


 事情を察したガイウスが間に入った。

彼は布と棒で組んだ即席の担架を用意し、手当ができる村人を呼ぶ。

幸いにもすぐに家族は納得し、事態は何事も無く収まった。


 だが、ルミルは恐怖していた。

もし彼が重体だったら、彼を犠牲にするか、皆を危険に晒すかを最終的に選ぶのはルミルだ。

そしてどちらを選んでも間違いなく誰かが不幸になる。

少しだけルミルの祈りが乱れ、灯火が揺らめいた。


「神官様、大丈夫…?」


 リノが心配そうにルミルを窺う。

ルミルは大丈夫だという意味を込め、笑いかけることしかできなかった。

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