第108話 すべての終わり

私が目を覚ますと、目の前には私を取り囲むようにしてマリアたちが立っていた。

そして、その奥には驚愕の表情を浮かべるグロウズが、その脇には少し驚いているミケルが立っていた。

また、私の背後には世界樹、だったものが立っていた。

既に、そのほとんどは燃え尽きており、そうでない部分も少しずつ崩れ落ちていた。


「馬鹿な! あの状態から抜け出しただと?!」


憔悴しきったグロウズが私に対して訊いてきた。


「ああ、極大魔法ぶっ放したら、世界ごと壊れたよ。自分の生命力と魔力を引き換えにするけど、あの装置と同じで大丈夫だったみたい」

「馬鹿な! あの世界では過去の記憶すら失われるはず。異なる動きなどできるはずが無いというのに!」

「うーん、それは私の前世の記憶があるからじゃないかな?」

「くそっ、なんということだ! このままでは世界樹が無くなってしまうではないか!」

「うーん、別に無くなっても良いんじゃない? あんなクソみたいな過去を繰り返すくらいなら、なくなった方がせいせいするわ」

「くそっ、くそくそくそくそ……!」


狂ったように叫ぶグロウズの体が、少しずつ、ボロボロと崩れ落ちてくる。


「なんということだ。長老になるまで何千年もかかったのだぞ?! 貴様さえいなければ! 貴様が世界樹の養分になってくれれば、わしはもう千年は生きられたというのに!」

「長老! それはいったいどういうことですか?!」


グロウズの言葉にミケルが追及する。

しかし、その言葉に答えることなく、グロウズの体は世界樹が燃え尽きるのと同時に完全に崩れ落ちてしまった。

そして、燃え尽きた世界樹の中から、小さい光が出てきてリーシャの前に降りてきた。


「彼の束縛から解放してくださってありがとうございます」

「あなたは?」


その光の中にいる妖精のような姿をしたものが、私に話しかけてきた。


「私は世界樹の精霊。エルフの長老となるものとリンクして世界樹を形造るものです」

「あなたがいれば、世界樹は大丈夫ということ?」

「そうです。本来、エルフは永遠に近い寿命をもっているのですが、長老となり世界樹を作ることで、その余命が1000年に縮まってしまうのです。それと引き換えという形でエルフの長老は絶対的な権力を持っているのです」

「な、そんな?!」


精霊の言葉にミケルは驚きの声を上げる。


「他のエルフ達が知らないのも無理はありません。あの男は二人の者を犠牲にすることによって、既に3000年の時を生きていたのです。そして、2000年前、あなたの母親を除いて、全てのエルフを虐殺しました。あなたの母親は2000年前に世界樹に最初の犠牲者として埋め込まれたのです」

「そんなバカな!」

「それが真実です。そして、1000年前、同じように犠牲となる者が現れました。それが先代の大聖女です。2000年前の時には、殺されたエルフは人間との戦争で犠牲になったということにしたようですが、1000年前はあなたたちが若かったこともあり、同じ手を使うことができませんでした。その時に大聖女が登場したのです。しかし、精霊に近いエルフと異なり、人間はそのまま世界樹に吞み込ませることはできません。そこで、あの魔法により、夢の牢獄に閉じ込めることによって、世界樹が呑み込めるようにしたのです」

「俺たちは、ずっと人間に対して敵対心を抱いていた……。それは親たちが皆、人間に殺されたと思っていたからだ! だが、それすらも偽りだったとは……」


精霊の話す真実を聞いたミケルは落胆していた。

恨むべき相手に騙されて、無関係なものを恨んでいたのだから、当然だろう。


「あの男は3000年生きてなお絶対的権力にしがみつくために、さらに1000年生きることを欲したのです。本来なら長老となった者は世界樹と共に大地に還り、永遠の安息を得ると言われているのですが、あの男の魂は彼女によって無に還りました。すべてを失った無という牢獄の中で永遠の時を過ごすことになるでしょう」


グロウズのこれからのことを知ったミケルは大声で笑い始めた。


「ふはは、そうかそうか! それは当然の結果だな。俺たちの手で苦しめることができなかったのは、心残りだが、そこは諦めよう!」

「それで、次の長老ですが、エルフはご存じの通り年功序列。次の長老はミケル、あなたです」


精霊の言葉を受けて、ミケルは精霊の前に跪いた。


「謹んでお受けいたします。我が命を世界樹に!」


精霊から光の帯が出て、ミケルの体とつながる。

精霊はそのまま、世界樹のあった場所に立つと、瞬く間に巨大な世界樹となった。


「ぐっ」


世界樹が再生した瞬間、ミケルは胸を押さえた。


「大丈夫ですか?!」


私が心配して尋ねると、彼は微笑みながら頷いた。


「大丈夫だ。これからは私が彼らを導くのだから」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


こうして、無事にエルフの森に新たな長老が生まれ、世界樹の危機が去った。

そして、私たちは一週間にもおよぶ彼らの歓待を受け、エルフの森を後にした。


「おかえりなさいませ。大聖女様、エルフの森の件はいかがでしたか?」

「問題なかったわ。今は長老も代替わりして落ち着いているわ」

「左様でございますか。さすがは大聖女様です。これだけの実績を上げられたのであれば、是非とも帝国と我が国の聖女認定を受けていただき、名実ともに大聖女となっていただきたいところなのですが……」


私がエルフの森の問題を解決したと聞いたナイヘアは遠慮がちながらも、聖女認定を認めるように圧をかけてきた。


「ふぅ、わかりました。お受けしましょう」

「まことですか?! おい、直ちに祝宴の準備をしろ。それから広報部にも連絡を入れろ!」


諦めたように認定を受け入れた私に驚いていたが、すぐに周囲の神官に指示を出した。


こうして、翌日には『大聖女誕生、1000年ぶり』という見出しが新聞などに掲載されることになった。

そして、それから三日間は各国でお祭り騒ぎだったとのことであった。

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