第105話 交渉

長老の家に着いた私たちは、長老の家の応接間のようなところに案内された。


「よくぞ参りました、大聖女様。私、エルフの森の長老をしておりますグロウズと申します」

「こちらは何故か大聖女をしておりますリーシャと申します。以後、お見知りおきを」

「ははは、ご謙遜を。大聖女様の御高名はエルフの森にも届いておりますぞ!」


私が謙遜ではなく、事実を伝えたのだがグロウズには謙遜していると取られたようだ。

だが、いちいち訂正するのも面倒だったので、話を合わせることにした。


「さっそくのお願いなのですが……。エルフの森の世界樹が枯れてきておりまして、大聖女様のお力をお借りしたく、お招きした次第でございます」

「確かに、私たちは帝国にあった世界樹をよみがえらせました。しかし、聞くところによればあれは分木であって、こちらの世界樹には通用しないと伺いましたが……」

「さようでございます。ですが、以前にも一度枯れかけたことがありまして、その時に星の女神の聖女様のお力をお借りしたのです。聞けば、大聖女様は星の女神の聖女様であらせられると」

「まあ、確かにそうですが、私では力になれないと思いますけど。昔の話でしたら、私もわかりません」


私はグロウズのお願いが面倒そうな内容だったので、さりげなく断りを入れると残念そうに俯き、再び顔を上げると話を続ける。


「もし、世界樹が枯れてしまいますと、世界樹の実を取ることができなくなるのです。その効果は大聖女様もご存じかと思いますが、我々にとってはエルフをエルフたらしめるもの。世界樹の実が無くなってしまえば、我々はドワーフに身を落とすことになるのです!」


彼の言葉にミケルは「なんと恐ろしい!」と顔を青くしていた。


「別にドワーフとして生きていけばいいんじゃ――」

「「我々に死ねというのですか!」」


私が素敵な提案をしたら、グロウズとミケルは激しく批難してきた。


「そもそも、あんな寸胴モグラになるなど、考えただけで気が狂いそうだ!」


ミケルは狂いそうだと言っていたが、それを言う彼の様子からして狂っているように見えた。


「ミケル、わしが交渉する。お前は席を外すがよい」


冷静さを取り戻したグロウズにたしなめられて、ミケルは興奮したまま部屋から出て行った。


「先ほどは失礼した。しかし、我々はドワーフに戻るわけにはいかんのです」

「そこまで嫌われてるの? ドワーフは」


エルフ達がドワーフを嫌っているのは知っていたが、ここまでとはと正直言って驚いていた。


「文化の違いというものです。エルフの長老はエルフの集団の中で最も長く生きている者がなるのです。しかし、ドワーフは違う。ドワーフは最も優秀な者が王になるのです」

「……それのどこに問題が?」

「何をおっしゃるのですか! 我々がドワーフになってしまったら、私より優秀な若造が私より偉くなるんですよ? そんなの許せるわけないじゃないですか!」


グロウズは興奮したようにまくしたてていたが、結局のところ、年功序列じゃなくなると自分が一番偉くなくなるから困ると言っているようにしか聞こえなかった。

そんなことを考えている私のことなど関係ないとばかりに、グロウズはさらにまくしたてる。


「そもそも、私が長老になるのに何千年かかったと思うんですか?! 3000年ですよ? エルフは無駄に寿命が長いから、待っていたんじゃ長老になんてなれません! 老害どもを駆逐するのですら1000年以上もかかったんですから!」


どうやって駆逐したのか気になるところであったが、触れるとまずそうな話題だと判断した私は、聞かないでおくことにした。


「そうやって苦労して手に入れた長老の座なんです。まだまだ他の奴らに渡すわけにはいかないのです! そもそも、長老の地位を安泰にするために、わざわざドワーフに対して嫌悪するように手を尽くしたんですからね!」


どうやら、老害を駆逐した新たな老害が地位を守るために若い人たちを焚きつけているようだ、ということがグロウズの話から理解できた。


「しかし、仮に世界樹を何とかする方法が分かったとしても、私たちにメリットがありませんよね? 世界が滅ぶって話でもなさそうですし……」

「何を言うか! 我々がドワーフになってしまうということは世界が滅ぶのと同じことだ! お前たちは何もわかっていない! わしがエルフの長老でなくなるということの意味をな! それなのに、すぐに報酬の話をする! まったくあさましい奴らだ。これだから人間というヤツは……」

「これまでの話で言っていないことについて、わかっていないと言われても困るし、そもそも長老の方があさましい人に見えるんですけど……」

「なんと失礼な奴め! まあいい、世界樹を復活させたら、特別に世界樹の実を買う権利を与えよう。だが月に1個まで、そして大聖女だけだぞ、それ以上はダメだ!」


グロウズは抜け目ないことに対象と期間を指定してきた。

しかし、彼にとっては、エルフ以外には渡したくない世界樹の実を定期的に売るということは、身を切る思いの提案なのだろう。

だが、その程度で、暗殺者として困難な交渉もこなしてきた私を納得させられると思っているのだとしたら、安く見られたものである。


「月に2個、そして、無料で提供するくらいはしてもらわないと割に合わないわね」

「なんだと! 貴様には血も涙もないのか?!」

「あいにく、ビジネスには血(殺し)も涙(拷問)も持ち込まない主義なのよ」

「ぐぬぬぬ、分かった。それで手を打とう。それで、大聖女様にはさっそく取り掛かってもらいたいのだ。我々には一刻の猶予も残されていない。どこかの馬鹿が世界樹の実を買い占めようとしたおかげでな!」

「なるほど、だが、それとこれとは話が別ね。私たちにも準備というものが必要よ。そうね、一週間は待ってもらうわ」


私はグロウズの頭の血管が今にも切れそうになる中、1週間の猶予を手に入れることに成功した。



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