閑話12 枯れる世界樹

「馬鹿な! 世界樹が枯れているだと?!」


エルフの長老であるグロウズは報告を聞いて驚きの声を上げた。


「世界樹の巫女はどうした?!」

「はっ、恐らくは魂の消耗が激しく、これ以上の延命は無理かと思われます」

「うぬぬ、まだ、たった500年しか経っていないのだぞ?! 早すぎるではないか!」

「やはり人間では寿命が短すぎて、効果が薄いかと思われます」


報告していたエルフ、名はミケルという、の言葉にグロウズはいらだった様子で声を荒げる。


「そんなことはわかっておる! いずれにしても次の巫女を見つけ出さなければ!」

「そのことでございますが、こちらを」


ミケルは一冊の冊子をグロウズへと差し出した。

グロウズはそれを受け取ると、パラパラとめくる。


「これは?」

「はっ、人間の国の神殿が発行した広報誌でございます」

「そんなことを訊いているのではない! この冊子と巫女がどんな関係があるかと訊いているのだ!」


今にも冊子を丸めて捨てそうな勢いで、ミケルを怒鳴りつける。

ミケルは内心「この死にぞこないめが!」と思っていたが、ぐっと呑み込み長老の質問に答える。


「はっ、この最初のページに、500年ぶりに大聖女が誕生したと書かれております。このようなものであれば、巫女として相応しいかと」

「ふむ、まあいいだろう。速やかに神聖王国に使者を出して、このものを連れてくるがいい。くれぐれも、あのことは気づかれないようにせよ」

「はっ」


横柄に命じるグロウズに、ミケルは反抗したい気持ちを抑え、グロウズの前から消える。

この国のエルフの中にはグロウズの横暴な態度に反感を持つものが少なくない。

しかし、表立って逆らうことができないのは、彼に逆らうことが全ての恵みの源である世界樹に逆らうということに等しいからである。


グロウズは枯れかけている世界樹を見上げて、ため息をついた。


「ふぅ、人間は脆くていかんな。かといって、同胞に巫女をやらせるわけにもいかぬ。なんともままならないものじゃ」


そこまで言って、憂鬱そうな表情が一変して歓喜の表情へと変わる。


「だが、わしは運がいい。この状況に合わせたかのように、またしても大聖女が現れたのだからな! これでまたしばらくは安泰じゃろう! ふははは」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「はぁ……」


一方、長老に大聖女を連れてくる任務を命じられたミケルは、一人酒場でため息をついていた。

正直なところ、彼は大聖女を連れてくることに気が進まなかった。

長老ほどではないものの、古参のエルフである彼は、500年前の顛末を知っているからであった。

もちろん、その中には長老への反感も少なからず含まれていたが、それだけではない、巫女となった者の魂を削らせて世界樹を延命させるということに、少なくない罪悪感を抱いているからである。


もちろん、彼も世界樹の恩恵に与っているエルフである以上、やむを得ないと考えている。

また、真偽のほどは定かではないが、世界樹は世界そのものであると言われており、世界樹が枯れることは、すなわち世界が荒廃し、滅亡することを意味していると言われている。

それゆえに、世界樹をこのまま枯れさせてしまうのは、あまりにリスクが高すぎる。


しかし、その一方で世界樹を延命することにより長老が力を持ち、ますます横柄になっていくことを考えると、世界が滅亡する覚悟で、このまま枯れさせてしまう方が良いのではとも思ってしまう。


そこまで考えて、ミケルは頭を振った。

個人的な私情と世界の行方を天秤にかけるという、傲慢極まりない考えをしていた自分に嫌悪感を抱く。


「ふ、冷静に考えれば答えなど決まっているではないか。何を迷っていたのだ、俺は」


そう言って、目の前のワインの飲み干すと、立ち上がった。

そして、自らの決意を確かめるようにつぶやく。


「さて、それじゃあ、さっそく神聖王国に行き、聖女を連れてきますか」


ミケルは、堂々とした足取りで入口へと向か――おうとして、肩を掴まれた。


「――お客さん、お会計をお願いしますね」


振り返ると不信感の滲んだ笑顔で店員が立っていた。

ミケルはいそいそと財布を取り出し、お金を支払った。


「……さて、それじゃあ、さっそく神聖王国に行き、聖女を連れてきますか!」


そして、気を取り直して再び入口へと向かった。

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