閑話11 闇の聖女の脱走劇

魔王ヴェルフェスルートは玉座に座り瞑目していた。

一見すると眠っているように見える彼女であるが、彼女もまた、闇の女神の加護を受けた者、いわゆる聖女であった。


彼女は先日、リーシャが光の神の召喚を目論む教会の野望を潰したこと、さらには聖女あるアイリスが逃亡したことについての報告を受けていた。

もともと、あの国自体が光の神の狂信者どもを閉じ込めるための牢獄だったのだが、こうも立て続けに政情が不安定になると、魔王国としても再度吸収合併の方向に舵取りをするより他になくなっていた。


「あの国の社畜どもを吸収合併などして、我が国民に悪影響が出なければ良いが……」


ヴェルはため息とともに愚痴を漏らす。

牢獄のような小国とはいえ、完全に文化の異なる国を吸収することになると、その影響範囲は、さすがの彼女であっても予想がつかなかった。

もし仮に、社畜パンデミックが発生したら、疲れ切った夢のない大人たちばかりになり、明らかに国力は低下する。

いや、短期的には向上するのだが、長期的に見れば低下どころか産業そのものが死んでしまう可能性すらある。


そんな頭の痛い問題に悩んでいると、突然意識が途切れる。

これは神からの干渉であった。

聖女として神の加護を受けた者は、聖女と意識的なパスができていて、神とやり取りすることができる。

それは完全に意識を無くして神の世界を訪ねて直接会話するという方法のほかに、意識状態を低下させて、神と会話のみのやり取りをする方法、また時には、今回のように強制的に意識を低下させられて、神からのメッセージを受け取ることもある。


「ヴェルよ。近い将来、星の聖女に大きな苦難が訪れよう。それを打開するためには、他の聖女の力が必要になるでしょう。急ぎ支度をして彼女の下へ向かってください。場所は、大陸の北東部、世界樹のある大森林、そのふもとにあるエルフの里です」

「いったい何が起こるというのじゃ?」

「詳細は言えません。ですが、すでに彼女には炎、水、風、光の聖女が付いております。あとは、あなたが合流すれば、きっとこの危機を乗り越えられるでしょう」


闇の女神の言葉にヴェルは首を横に振る。

もちろん、実際に体を動かしているわけではなく、そう言ったジェスチャーをイメージとして送っているだけである。


「しかし、わらわは魔王だぞ? 王がたやすく国を頬りだすことはできぬ」

「こちらは世界の存亡をかけた危機ですよ。一国の存亡など釣り合うものではありません」

「ふむ、わかった。しかし、引継ぎをせねばならんのでな。少し猶予はもらうぞ」

「わかりました。危機とは言え、今日明日の話ではありませんので。ですが、準備ができ次第向かってください」

「わかった」


そして、ヴェルの意識は覚醒する。


「ふむ、女神の要請とあれば無下にはできんな」


そう言って、彼女は引き継ぎのための書類を書き始めた。


数日後、全ての準備を整えたヴェルは、夜中にこっそりと魔王城を抜け出し、空港へと向かう。

空港で朝一の便に搭乗手続きをすると、すぐに飛空艇へと乗り込んだ。

飛空艇は昼過ぎにはスカイポートの空港まで到着した。


「ん-、まあ、女神のやつも今日明日の話じゃないって言っていたし、少しくらい羽を伸ばしても大丈夫じゃろ」


酷く久しぶりに魔王城の外に出たヴェルは、折角だからとスカイポートに偽名で一週間ほど宿を取り、観光に勤しむことにした。


「せっかくじゃから、イガコーガの忍者体験でも制覇するかの。お金はそれなりに持ってきているから問題ないし、いざとなれば、これがあるからの」


そう言って、ヴェルは懐から黒いカードを取り出した。

この魔法のカードはどんなものでも買うことができる魔法のカードであった。

バッシャールからは「ご利用は計画的にお願いします」と言われていたが、滅多にプライベートで外出することができない彼女の預金は実は商売王よりも多かったので、多少散財したところで問題になることはなかった。


ウキウキ気分でイガコーガへと向かったヴェルだが、調合体験が1つだけ予約1年待ちだたったことから、制覇はできなかったが、1週間かけて十分堪能したのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


一方、魔王城ではバッシャールが青い顔をしてヴェルの残した引継ぎ資料という名の書き置きを読んでいた。


「ま、魔王様……。正気ですかぁぁぁ?! いくらなんでもこれはないですよねぇぇぇ!」


読み終えて悲痛の叫びをあげるバッシャールを四天王の他の3人は生暖かく見守っていた。


「まあ、よかったじゃないか、魔王様直々の御指名だぞ」

「そうよ、私たちなんて候補にすら上がっていなかったんだから喜びなさいよ」

「……頑張れ」


まるで他人事のように言う3人を恨みがましく見ていると、一人の使用人が謁見の間に入ってきた。


「魔王様、本日の挑戦者が参りました! あれ? 魔王様は?」

「……今日から、私が魔王様……らしい? よかろう、恨みはないが、うっぷんを晴らさせてもらうぞ!」


そう言って、書き置きを放り投げてバッシャールは挑戦者への対決に向かった。


彼の放り投げた書き置きには、このように書かれていた。


「ちょっと緊急事態っぽいから、魔王辞めてリーシャのところにいくのじゃ。あとのことは全部バッシャールに任せるから、よろしく頼むぞ! 健闘を期待する!」


当然ながら、この書き置きを読んだ3人が「これが引継ぎ資料?」と思ったのは言うまでもない。


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