第98話 聖女の暴走

「お願いというのは他でもありません。この国の教会の上層部がしようとしていることを止めて欲しいんです」


 私は、アイリスが何を言っているのかが分からなかった。

 しかし、戸惑う私をよそに、彼女は話をつづけた。


「リーシャさんもご存じかと思いますが、この国の教会の上層部、光神殿の聖職者たちが、どうやら光の神のこの世界に呼び出そうとしているらしいのです。そのために、教会の地下に秘密の儀式をする祭壇があるらしくて、そこに最近生贄となる者が連れ込まれたらしいんです。そこで近いうちに儀式を行うらしくて、それで光神殿の権威を高めようとしているらしいんです。この国で起きたクーデターも教会の謀略らしいとのことで、一度は神聖王国が裏で糸を引いていると言われていたらしいのですが、巧妙に証拠を隠滅させられていたらしく、確たる証拠もつかめないまま教会が権力を握ってしまったらしく、こうして私が聖女兼統治者として担ぎ上げられてしまいました。そして、光の神を召喚することで、私と彼を結婚させて、この王国基盤として教会、ひいては光神殿が実質的に世界支配しようともくろんでいるらしいのです。その陰謀に気づいた者たちが、抵抗を試みたらしいのですが、教会の力は強く、全員処刑されたらしいのです」


 戸惑う私を置き去りにして、長々と好き勝手に話すアイリスであったが、その話が、私をますます戸惑わせた。

 確かに、これが事実だとしたら、非常に由々しき事態であるし、すぐにでも動かないといけないことだろう、だが……。


 ――お気づきだろうか、彼女の話、ほとんどが「らしい」で終わっていることに。


 私に「ご存じかと思いますが」と言いつつも、言っていることはほとんど確証がない事柄。

 唯一、確証があるのは、アイリス自身がホワイトシャインの聖女であり、統治者、王として君臨している事実のみである。

 すなわち、それ以外の重要な部分は全て「アイリスの妄想」の可能性があるということである。


 私は頭痛がする頭を押さえながら、質問する。


「それで、この話は誰かにしたことあるの?」

「はい、私の側近として付き従っていた者に相談したことがあります」

「その人は教会の人?」

「はい、私が聖女兼女王となった折に、教会から斡旋いただいた従者です。しかし、私がその話をしてから数日後、突然消息を絶ったのです。これで私は確信いたしました。彼は私の話を聞いて、教会に確認を取ったのでしょう。たぶん、そこで秘密を知られたと思われて始末されたのでしょう。ああ、私が軽率だったばかりに、一つのかけがえのない命が失われてしまったのです!」


 私は、アイリスのヒロイン力に圧倒されていた。

 妄想全開の話をした挙句、従者が来なくなったことによって、自らを悲劇のヒロインに仕立てることなど、私には恥ずかしくてできないことであった。


「その話、もう少し詳しくしていただけます?」

「はい、私は先ほどの陰謀について従者に話をいたしました。しかし、話し終えてから、私は無実の彼を巻き込んでしまったことを後悔いたしました。そこで翌朝のお祈りの時間に、そのことを懺悔したのです。そして、そのまま彼は帰らぬ人に……」


 この話を聞いて、私は彼女の妄想一部は事実であると確信した。

 彼女の言葉に推測が多いのは、あまり外の情報が入ってきていないことが理由だろう。

 ゆえに彼女の妄想を加速するような状況を作り出し、その一方で、彼女の「従者が殺された」という妄想に対して、彼の生存を公表することによって、多くの人間に彼女の言葉は事実と異なる印象を付けることができる。


「小癪なマネを……。わかったわ。アイリスさん、あなたの願い聞いてあげるわ」

「あ、ありがとうございます! 何故か分からないんですけど、最近私の言葉が信用されないことが多くて……」

「ただ、この件、解決するまで、さっき話した内容をあまり広めないようにしてね」

「わかりました」


 正直なところ、今の私では、どの情報が正しく、どの情報が間違っているかわからない。

 しかし、教会が彼女の妄想を利用してまで隠したいと思った情報ということは、間違いないだろう。

 そして、神聖王国で聞いた話と照らし合わせると、恐らく近日中に教会の地下で光の神の召喚儀式を行うのは、ほぼ事実だと考えられた。


「ふう、教会の地下か。どうやって忍び込もうかしらね」


 私はアイリスの部屋から自分の部屋に戻ると、ユーノとミレイユを端末で呼び出した。


「いかがなさいましたか? リーシャ様」

「……」

「えーと、目的のものが教会の地下にあるらしいんだけど、ユーノに潜入を、ミレイユに聞き込みをお願いしたいんだけど、いいかな?」


 私は二人にお願いするために深々と頭を下げた。


「いけません、リーシャ様は我々の主。みだりに頭を下げられては我々のプライドにかかわります!」

「安心しろ、主ほどではないが、私も王国の目と呼ばれた一族。潜入など造作もない」

「私もです。王国の耳と呼ばれた一族の力、今こそ、我が主に捧げましょう!」


 そう言うと二人は部屋から出て行った、窓から。


「あんたら、なんで窓から出てくのよ……来るときは扉から入ってきたじゃない」


 使節として来ている二人が窓から出入りする必要はないのだが、これまでの癖なのだろう。

 だが、使節が窓から出入りしていたら怪しいだろうに、もう少しTPOをわきまえられないのだろうか、とリーシャはため息をついた。

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