第97話 聖女の願い

 王都についた私たちは、神聖王国の使節団として訪れていることもあり、まずは王宮へと向かった。

 王国滅亡に際しては、王家と私の父親だった男以外に犠牲となったものはいなかったため、街並みや賑わいは以前とほとんど変わっていなかった。


「いやいや、変わっていないっておかしくない?!」


 そう、国民を酷使する王国の時とほとんど変わっていないのである。

 あたりを見渡せば、疲れた顔をした人たちが死んだような目で商品を売り買いしているし、酷い人になると、げっそりとやつれていた。

 私も王国にいた頃は、これが普通だと思っていたため、気にしたことは無かったのだが、外に出て他国の普通を見た後では、この普通だと思っていた光景が、いかに異常なものだったか……。


 どうやら、結局のところ統治するのが王家から教会になっただけで、国民を酷使するのは変わっていないようだ。


「何のために国民は頑張って王家を倒したのかしらね……」

「やはり、シャチクは自由になってもシャチクになるのでしょう。人の在り方は簡単には変えられないものです」

「悲しいわね。これも光の神が原因かしらね」

「それもありますね。何しろ『24時間戦えますか?!』がモットーですから」


 私は、この悲惨な光景を見て、改めて教会の暗躍を阻止する決意を固めたのであった。


 馬車に揺られて、さらに1時間ほどで私たちは王宮に到着した。

 王宮では、使節として訪れた私たちを迎えるために、国王となった聖女アイリスが謁見の間で待っていた。

 彼女は、私たちを見ると戸惑ったように視線を泳がせていたが、周囲の目もあるため、当たり障りのない形で謁見を終わらせた。


 まあ、彼女にしてみれば、神聖王国の使者が元王国民、さらには同じ学校で学んだ友人ということであれば、驚いてもおかしくなかった。

 彼女は謁見の終わり際、私たちを歓迎するために晩餐会として立食パーティーを用意しているとのことで、ぜひ、私たちに参加して欲しいと言ってきた。

 当然ながら、私たちも神聖王国の使者として来ているので、歓待を受けることにした。


 晩餐会でアイリスは終始、思いつめた表情をしていたが、終わりかけて周りの人間のほとんどがほろ酔い気分になっているところで、挨拶のために私たちのところへやってきた。

 その時、私の目を見ながら、紙切れを渡してきたので、周囲にバレないようにこっそりと受け取った。


 私は、この日は王宮に宿泊することになっていたので、用意された部屋に着くと、一息ついてから紙切れの中身を読んだ。


「話したいことがあります。夜中に私の部屋までこっそりいらしてください」


 王国にいた私のことは当然知っている彼女は、私が監視の目をかいくぐって彼女の部屋に来れると思っているのだろう、だからこそ、人目を忍んで手紙を渡したに違いなかった。


 さっそく、私はアイリスの部屋がある建物の外に向かった。

 当然ながら、入口だけでなく、窓の下にも見張りがいたが、所詮は教会から派遣された素人である。

 私が魔法でこぶし大の石を作り、反対側の茂みに投げ込むと、物音に気付いた見張りが茂みの方を探しに行く。

 私はその隙に壁を伝ってよじ登り、窓からアイリスの部屋に潜入した。


「誰?!」

「私です、リーシャです」

「リーシャさん?! 来てくれたんですね!」


 私は窓のカーテンから部屋の中に入ると、驚くアイリスの前に跪いた。


「聖女様にはご機嫌麗しゅう」

「そんな、やめてください。知っているんでしょう? 私が禁術を使って、殿下を魅了し、聖女であるあなたを弾劾し、その立場を乗っ取ったということを!」


 私はアイリスの言葉を聞いて唖然とした。

 何故なら、彼女が私の国外追放をだと思っていたからである。


「何を言っているんでしょうか? そもそも禁術を渡したのは私ですよ?」

「……確かにそうでした。いや、それでも悪用したのは私です!」


 私はさらに耳を疑った。

 あの時、彼女は殿下とその取り巻きしか魅了できていなかったのである。

 おかげで途中から乱入した陛下を黙らせて、国外追放に同意したことにする羽目になったのである。

 そもそも、アイリスがちゃんと殿下を攻略していれば、私もこんな苦労をする必要はなかったのである。

 彼女のポジティブ(?)シンキングに不満を感じたが、間違いは正さなければならないと思い、彼女の言葉を訂正することにした。


「何を言っているんですか? すべては私が聖女を辞めるために仕組んだこと。あなたがきっちりと殿下を落としてくれなかったから、禁術を提供してあげたのです。しかし、あなたは陛下まで魅了することができなかった。おかげで、私があの男に無理やり首を縦に振らせたのです」

「え……。私が原因じゃなかった?!」

「もちろんです、あなたがしっかりしてくれなかったから、私が全部おぜん立てしてあげたんですよ!」


 彼女は自分の成果を否定されたことにショックを受けていたようだが、すぐに立ち直ると、私に向き直った。

 私は、立ち直るの早すぎ、と思いながらも、彼女が話し始めるのを静かに待った。


「わかりました。あなたの言葉を信じます。それで、リーシャさんにお願いがあるのですが……」


 信じるも何も、私が全部やったって言ってるだろうが、と言いたかったが、ぐっと抑えて、話の続きを聞くことにした。

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