閑話10 神の加護を受けし者たち

 リーシャが世界樹のふもとで星の神ステラとやり取りしていたころ……。


 ◆炎の神アグニ

 ユリアは炎の神の加護を受けるために、教会へと向かっていた。

 幸いにも、炎の神のシンボルは赤を基調としており、ひときわ目立つため、あっさりと見つけることができた。


 彼女はさっそく教会に入り、神像の前に跪いて祈りをささげる。

 話が通されていたのだろう、すぐに意識が暗転した。


 ユリアが目を覚ますと、そこは炎に囲まれた庭園であった。

 見た感じいかにも熱そうであるが、意外と快適であった。


「ここが炎の神の世界なのかしら?」

「そうだ、お前がステラの言っていた加護を求める者か?」

「そ、そうです! よろしくお願いします!」


 ユリアは、緊張しながらもなるべく失礼のないように、丁寧に受け答えをした。

 しかし、アグニはいらだった様子で鼻を鳴らすだけだった。


「ふん、あいつの頼みと聞いて、会うだけでも……と思ったが、とんだハズレだな」


 いかにも馬鹿にしたように言う彼にいら立ちを感じたものの、目的をたがえるわけにはいかないと、ひたすら腰を低くしてお願いすることにした。


「お手間をおかけすること、大変申し訳なく思います。しかし、これも私の無二の友の頼み。なにとぞ、私に加護をお授けください」

「ダメだな。お前の願いには熱がない。そんな様子では加護など授けても無意味だ」


 彼の抉るような罵倒に思わず手を握り締めてしまう。


「あいつの頼みで送ってくるのが、この程度の奴だとは。あいつに頼んだリーシャとかいう人間も大したことないのだろうな。ははは」


 さらなる追い打ちをかける彼の言葉を聞いたユリアの堪忍袋の緒がとうとう切れてしまった。


「なんて言った?! お前! 私だけならまだしも、リーシャさんを侮辱するなど。万死に値する!」


 その言葉と共に、ユリアの体が炎に包まれる。

 その炎は単に彼女の体を包んでいるだけでなく、彼女の動きにより残像のように無数の炎の体となっていた。


「謝りなさい、謝りなさいよぉぉぉ!」


 ユリアはアグニの顔面目掛けて炎に包まれた拳で殴りつける。

 そして、残像として残っていた炎の体も追い打ちをかけるように次々とアグニの顔を殴りつける。


「ぐべぇ、ぼべぇ――」


 無数の殴打により、アグニは声にならないうめき声を上げ続けていた。

 そのことに驚いていたのはアグニ自身である。

 彼は炎の神、ゆえに炎では傷一つ付けることができないはずなのだが、彼女の生み出した炎は確実に痛めつけていた。


「馬鹿な! 私よりも激しい熱だと?!」

「さて、まだ不足かしら?」


 炎を纏いながら、しかし、全てを凍てつかせるような氷の視線をアグニに向ける。

 それを見たアグニは、すぐさま跪いて、土下座した。


「す、すみませんでしたぁぁぁ。すぐに加護をかけますので、お許しくださいぃぃ」

「ふん、分かればいいのよ。早く、さっさとしなさい! わかったらとっとと立てや!」


 先ほどまで土下座していたアグニは、一瞬で立ち上がるとユリアに加護を授けた。


「これで加護を授けました」

「ふん、まあまあね。いい? 今度リーシャさんを侮辱するようなことがあったら、その時は……」

「はいぃぃぃ、絶対に侮辱しませんんん!」


 その言葉を聞いて、ユリアは瞑目し、元の世界へと戻るのだった。


 ◆水の神アクア

 ミラベルは教会へたどり着くと、すぐに祈りをささげる。

 教会にたどり着くまでに迷ってしまったことで、大きく後れを取ってしまったミラベルは、控えめに言って焦っていた。


「早く加護を受けて、リーシャさんのところに戻らないと……」


 しかし、焦っているせいか、一向に神の領域に入ることができないでいた。


「落ち着きなさい」


 そんな声が聞こえた気がした。

 しかし、彼女には落ち着くだけの余裕がなかった。


「落ち着きなさい」


 安らぎに満ちた声が彼女の脳裏に響き渡る。

 しかし、刻一刻と進む時間にますます焦りが募っていた。


「落ち着けや、こらぁぁぁ!」


 何回か安らぎに満ちた声を受けていたが、しびれを切らしたのか突然、脳裏に叫び声のようなものが響き渡った。

 その衝撃により、ミラベルの視界は暗転した。


 気が付くと、周囲は川が流れ、池の畔にあるあずまやに立っていた。


 そして、目の前には年若く見える女性が立っていた。

 その服装は透明度の高いローブのようなもので、肌がはっきりと見えるのに、肝心の部分は見えないようになっているものであった。


 その女性はミラベルに手をかざすと、暖かい何かが彼女の中に入っていった。


「はい、終わり。もう、落ち着いてって言っているのに、ダメじゃない。それじゃね」


 そう言って、ミラベルの視界は再び暗転し、元の世界へと戻された。


 ◆風の神フォーン

 マリアは教会について祈りを捧げた。

 しかし、一向に神の世界へと入ることができないでいた。

 ミラベルと違い、焦っているわけでもないのだが、入れないようであった。


「困ったわね。話が通っていないのかしら」

「いや、大丈夫だよ」


 困っているマリアの耳元に声が聞こえると同時に、教会の中に一陣の風が吹きすさぶ。

 その風はマリアを囲むと、次第に小さくなっていき、彼女の胸の中に納まった。


「はい、これで終わり。じゃあ、あとはよろしくね」

「え、終わり? 神の世界に行かないとダメなんじゃないんですか?!」

「いや、大丈夫だよ。力は感じるでしょ? いちいち来てもらうのも面倒だし。僕の方から、教会で待っていたんだ」

「なるほど、ありがとうございます」


 テキトーな奴だなと思わなくもなかったが、確かに加護は与えられているようだったので、マリアは立ち上がるとリーシャの下へ戻るのだった。


 ◆光の神シャイニー

 ホワイトシャイン光聖王国の女王となった聖女アリシアは怒りに囚われていた。

 もっとも、その怒りは彼女自身のものでなく、王国崩壊によって彼女と通じてしまった光の神の怒りによるものであった。


 光の神シャイニーは彼の信徒の一部が画策している陰謀に激怒していた。

 その怒りに触れたため、彼女も彼らに対する怒りを募らせているのであった。


 彼が何故、激怒しているかは明らかであった。

 それは光の神によって全世界を支配するために、信徒の一部が彼の魂を現世に降臨させようとしているためである。


 しかし、彼にとって、その行為は酷い裏切りであった。

 何故なら、彼は労働の神。信徒である人間たちが自分のために身を削って働くのは良いことだと考えている。

 しかし、彼らのために自分が身を削って働くのは筋違いなのであった。

 百歩譲って、そのことに目をつむったとしても、彼らが全世界を支配したいと考えているのは神である自分のためではなく、上位の立場であるものが世界を支配したいという利己的な欲求によるものだからであった。


 アイリスは、その神の怒りを一身に受けることで、神の怒りを自分のものとしていた。

 すなわち、今の光の神の信徒の上層部たちに怒りを覚えているのである。


 既に、彼らに対する信頼を失っていたアイリスは、彼らを排除するための方策を考えるのであった。

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