第89話 ユリア

 私が、治療院で世界樹の魔力を一身に受けていると、突然、入口の扉が勢いよく開いた。

 そこには、かつて王国の公爵令嬢だったユリアが立っていた。


「リーシャさん、探しましたよ」

「ユリア? どうしてここに!」


 私は驚いていたと同時に、焦っていた。

 なにしろ、彼女の父親を殺したのは私なのだから。

 彼女が私を探していた、ということは、仇を討つためであると考えるのが妥当であった。


「詳しい話は後です。すぐにここを離れますよ!」


 そう言って、彼女は私の手を引っ張った。

 おそらく、人目に付きやすい場所ではなく、人目に付きやすい場所で始末しようと考えいるのだろう。

 だが、私もタダで死ぬつもりはなかったので、彼女におとなしくついていくことにした。


 治療院から少し離れた裏路地にユリアと共にいた。


「ここなら大丈夫でしょう。マリアさんとミラベルさんは別の方に迎えに行ってもらいました――。って、何やっているんですか?!」


 私は土下座していた。

 私はやっと王国の搾取から自由になって、不労所得を手に入れたのである。

 ここで死ぬわけにはいかなかったので、誠心誠意、会心の土下座をしていた。


「申し訳ございませんでしたぁぁぁ! お父様を殺したのは私でしたぁぁぁ! 命ばかりはお助けをぉぉぉぉぉ!」

「え?! ちょ、ちょっと、顔を上げてください! それと声が大きいです。見つかってしまいます!」


 どうやら、彼女は許してくれるようだ。

 おもむろに顔を上げ、立ち上がって近くにあった廃材と思しきところに座る。


「えーと、敵討ちでないとしたら、なんでここに?」

「もちろん、リーシャさんを助けるためですわ。父の遺言です」

「でも、私は――」

「言わなくてもわかっております。父を殺したのがリーシャさんであることも、そして、お父様自身があなたに殺されるだろうことも」

「それなら何故……」

「リーシャさんはご存じないかもしれませんが、あの日、どっちにしても父は死んでおりました。王国が国民を搾取していたのは、王国の外にいらっしゃるのでしたら、既にご存じでしょう。父は、その搾取に反対していた唯一の公爵家なのです。それをよく思わない王家が、あの日、父を亡き者にしようとならず者たちをたきつけていたのです。ですが、リーシャさんが父だけを殺したおかげで、他の者たちの命は助かりました。本来であれば、あの日、父だけでなく、随行した全員が殺される予定だったのです。その後、ほとんど全てを失ったとして王家は当家を取り潰す予定だったのです。私は、リーシャさんが後に残される私のことを思って手を汚されたことを知り、父の言葉だけでなく、私自身の意思で力になろうと思ったのです!」


 どうやら、私の逆恨みが彼女にとっては美談となっていたようである。

 敵討ちをするつもりはなさそうだったので、彼女の話を受け入れつつ、私は気になっていることを聞いてみることにした。


「それはそうと、ユリアさんは、どうやって、そのことを知ったのですか?」

「えーと、それはバッシャールという魔族の方が、あの後いらっしゃいまして、教えてくれたのです」


 彼女の言葉を聞いた私は「ナイス、バッシャール! やはり次期魔王は君しかいない!」と思った。もちろん、言葉には出していないが。


「それで、私はリーシャさんの行方がわかりませんでしたので、帝国で探すことにしました。そうしたら、皇帝陛下が聖女を捕えようと治療院に全兵力を向かわせていると聞きましたので、助けに参ったのです」

「えーと、なんで、治療院に私がいるって分かったの? 私の名前は出ていないよね?」

「はい、ですが、皇帝陛下に喧嘩を売って全兵力を動員させるような聖女など、私の知る限り、リーシャさんしかおりませんでしたので」

「私の評価って、いったい……」


 そんなことを話していると、ちょうどマリアとミラベルが到着したようだった。


「お嬢様、ご無事で何よりです」

「あれ? ユリアさん、何でここに?」


 ユリアについてミラベルが尋ねると、先ほどと同じような説明をミラベルにもしていた。


「わかる! わかるわぁ! そんな話聞いたら、リーシャさん以外出てきませんよね!」


 ミラベルまで同意していた。

 いやいや、そこまで酷いことしていないよね?

 今回は私(の腰)が一番の被害者だよ?!


 抗議したい心を抑えつつ、もう少しユリアに詳しく話を聞くことにした。


「それで、これからどうするつもりなの? このまま逃げ続けられるわけでもなさそうだし……」

「先ほど聞いた話によると、リーシャさんは世界樹を枯れさせようとしていると聞きました。ですので、世界樹を何とかすれば彼らも何も言えなくなるはずです」

「うーん、確かに。私は別に世界樹を枯れさせようなんて考えてないからね」

「なんでも、危機的状態ではあったらしいのですが、持ち直したらしく安心していたらしいのですが……。その後、再び残存魔力が急速に減っていって、今となっては残存魔力が3日分くらいしかないようなのです」

「いやいや、それはわかるけど、私は無関係だよ!」

「ですが、向こうはリーシャさんが原因と思っているようです。だからこそ、この問題を解決して、向こうの大義名分をなくしてしまうのです」


 確かに冤罪には違いないが、問題が解決すれば陛下たちが私を捕まえる理由はなくなる。

 自分に非がないことに対して動くのは癪ではあったが、ユリアの話に乗ることにした。


「それで、どうすればいいの?」

「まず、リーシャさんに女神と交渉していただきます!」


 そう言って、ユリアは湿った布を私の口に当ててきた。

 突然のことに驚いた私は、無防備に布にしみ込んだ液体が気化したものを吸ってしまったようで、すぐに意識が朦朧となる。


 そして、私の意識は深い闇へと沈んでいった。

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