第85話 陛下とベッドの中で

 地獄のような晩餐会が終わり、私たちは陛下の勧めもあって、皇宮に泊まることにした。

 私が身支度を整え、寝ようとベッドに入ろうとしたところ、突然、入口の扉が音を立てて開いた。


「誰?!」


 私は殺気を感じられない人影に対して聞いてみたが、返事はなかった。

 その人影は私の方へとやってきて――。


「陛下?」


 皇帝陛下、その人であった。

 彼はおもむろに服を脱ぐと、私のベッドへと潜り込んできた。


「ちょっ、やめ!」


 私は必死に抵抗するも、筋骨隆々な陛下はびくともしなかった。

 しかし、私は必死で陛下を押しのけようと力を入れるも、ふかふかのベッドの上では彼の体を押しのけるだけの力を出すことはできなかった。


「ちょっと、やめてよ……」


 私の抗議の声が聞こえていないのか、陛下が迫ってくる。


「良いではないか、今晩だけだ」


 陛下は、抑揚のない声で言いながら、私に向かって距離を詰めてくる。

 いくら体術の心得があるとはいえ、女性である私では力で男性である陛下に敵うはずもなかった。

 しかし、このまま彼の侵略を黙って受け入れるわけにはいかなかったので、私は全力で彼の体を押し返そうとしたが、その体はびくともせず、私のテリトリーを蹂躙し始めた。


「んんん、ちょっと、やめてよ!」


 それでもなお、彼の力に抵抗しようとしていた私だったが、突然、腰のあたりから聞きなれない音が聞こえてきた。

 その次の瞬間、私の腰のあたりから激痛がほとばしった。

 その痛みは、戦いで受ける痛みと違って、体の中から悲鳴を上げるかのような鈍い痛みで、前世でも一度も感じたことのない種類の痛みであった。


「うわぁぁぁ、痛い! 痛いぃぃ!」


 あまりの痛みに身じろぎ一つ取ることができなくなっていた。

 しかし、そんな状況でありながら、陛下は私のテリトリーを侵略しており、ついに私の体は陛下の体に押しつぶされるような形になってしまった。


 それによって、私の腰の痛みは一層激しくなる。


「ちょっ! 陛下やめて! どいてよぉ!」


 私は半泣きになりつつも痛みをこらえながら陛下に懇願するが、陛下は生気のない目で、私の体を蹂躙し続けた。


 そして、痛みが私の限界を超えた瞬間、私の意識は深く落ちていった。




 翌朝、私は腰の鈍い痛みによって目を覚ました。

 幸いにも陛下はすでに起きて部屋から出て行ったらしく、その姿はどこにもなかった。

 他の人の話で、この痛みについて聞いたことはあったが、よもや私が、この年で経験することになるとは思っていなかった。


 私は腰の痛みに耐えつつ、端末を起動するとミラベルを呼び出した。


「リーシャさん、どうしたんですか?」

「ミラベル、私の部屋に来て、お願い」


 そう言って、私は力尽きた。

 10分ほどして、私の部屋にミラベルが来た。


「リーシャさん?! どうなさったんですの?」

「あ、ミラベル。回復魔法をお願い。腰が痛くて立てないの……」


 回復魔法によって腰の痛みが治った私は、ベッドから起き上がった。


「いったい、何があったんですの?」

「えーと、昨日の夜、陛下が私のベッドに入ってきて、私に覆いかぶさってきたの……」

「まあ……!」


 私の言葉に、ミラベルは顔を赤らめていた。


「それで、私も抵抗したんだけど……。不安定な体勢だったせいか、腰をやっちゃったみたいなのよね」

「まあ?!」


 ミラベルは先ほどまでの驚いた顔とは異なり、不思議そうな顔をしていた。


「それで動けなくなった私は、そのまま陛下に押しつぶされて……。気づいたら朝だったわ」

「それだけ?!」

「……? それだけだけど、陛下も意識があるようには見えなかったし、寝ぼけていたのかもしれないわね。 でも、おかげで私は全然眠れた気がしないわ!」

「はぁ……。リーシャさんに期待した私が浅はかでしたね」

「……? よくわからないけど、とりあえず回復魔法ありがとうね。いやぁ、ぎっくり腰って話には聞いていたけど、痛みもヤバいし、動くこともできないしで、どうしようかと思ってたところだったのよね」

「はいはい、お大事に。私は、もう少し寝ますので」


 そう言って、ミラベルは部屋に戻っていった。

 まだ早い時間であったが、私は起きてしまったので、朝食の時間まで皇宮内を散歩することにした。


 そこで、陛下とクライブとミハエル、そして執事の人が何やら部屋の中で話をしているのを見かけた。

 私は昨日の仕返しをしようと、その部屋の扉を盛大に開けた。


「陛下?! 昨日はよく眠れましたよね?!」

「なんじゃ、突然に……」

「なんじゃ、じゃないですわよ! 昨日の夜、私のベッドの中に入って好き放題したくせに!」

「「「……?!」」」

「陛下……。また、やってしまったのですか? これまでは身内の中で済んでいたので強くは言ってきませんでしたが、これは後でしっかりと理解していただく必要がありそうですね」


 私の昨晩の出来事に対する告発に、陛下と二人の殿下は目を白黒させていた。

 しかし、執事は黒い笑みを浮かべながら、陛下の肩に手をのせた。


「ひぃっ?!」


 その瞬間、陛下は短い悲鳴を上げ、すぐに執事の人の方を向いて土下座し始めた。


「こ、この度は、ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでしたぁぁ!」

「土下座までするのは立派な心掛けですが……。謝罪する相手が違いますよね?」


 執事の人の言葉に陛下は慌てて私の方に向き直ると、同じように土下座した。


「すみませんね。陛下は『枕が変わらないと寝られない』とおっしゃる方でして。夜な夜な、他人のベッドを占領するのですよ。もし、陛下がいらっしゃいましたら、無理をせず、夜中でも私に連絡ください。すぐに代わりの部屋をご用意いたしますので」


 執事の人がお辞儀をしながら、話をしてくれた。

 私としても陛下につぶされたのはムカついているが、執事の人の丁寧な対応に、これ以上追及する気も起きなくなっていた。


 一方で、二人の殿下はいまだに目を白黒させていたと思ったら、突然二人同時に大声でまくしたて始めた。


「「父が私の婚約者のベッドに?! よろしい! ならば戦争だ!」」


 どうやら、親子3人が私をめぐって戦争になるらしかった。


「だから婚約者じゃないっていうの! よろしい! ならば戦争だ!」


 ついでなので、3人を黙らせるために、私も参戦することに決めた。

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