閑話8 後継者チキンレース

 スカイポート通商連合国、この国は先日まで王位継承争いでにぎわっていた。

 そう思っていたのは、兄弟の中でも次男のベルネルと三男のオスカー、それと長女のイザベラだけで、ほかの4人は争っている振りだけして、裏では協力関係にあったのである。

 それをオスカーとイザベラは後になって知ったのである。

 一方で、ベルネルは兄弟との交流が全くないため、一人後継者となるべく暗躍している(つもり)なのであった。


 オスカーとイザベラは父であるトルネアが流したマッチポンプのうわさ話に踊らされていたことにショックを受け、いまだに寝込んでいるし、デニスたち4人にとっては王位は「誰が継ぐか」ではなく、「誰に継がせるか」という、まるでチキンレースのようであった。


それ以上にデニスたちを困惑させていた事実があった。


「なんだと?!1か月で処理できた書類が2か月分だというのか?! ずっと椅子に縛り付けているにも関わらず!」

「はい、もともとトルネア様は王の器ではございませんでした。そもそも、商売の才能すらないのでございます。商売王などと呼ばれてはおりますが、実態は成り上がり冒険者でございます」

「くそ、このままでは一向に俺たちは楽にならん。やはり、後継者は必要なのか!」

「その方が幾分マシになるというものでございます」


デニスは苛立ちながら、他の兄弟たちとの会合へと向かった。


「というわけで、やはり誰かが王位を継ぐしか、現状を打破する術はなさそうだ」

「私はベルネル兄さんが王位を継ぐのが良いと思うの」

「そうね、私もそれが賛成だわ。オスカーは引きこもっているし、イザベラも現実逃避のためにいかがわしい小説を買いあさっていると聞いているわ。この間聞いた話だとデニス×オードリーが推しとか言ってたわ。何のことかわからないけど」

「僕もベルネル兄さんなら異論はないかな。でも、問題はどうやって、王位継承の現実を知られずに王位を継承させるか、だよね?」

「そうだな、やはりベルネルに気づかれないように王位を継いでもらうしかないな」


 4人とも自分たちの中から継承者を選ぶとバランスが崩れて、自分が大変になるのを恐れていたため、関係ないベルネルに貧乏くじを引かせるのが一番だと考えているのだった。

 全てが明らかになる前に、ベルネルに王位を継承させたい。

 かといって、ことが終わる前にに事実が知られてしまうと逃げられる可能性があったため、性急にことを進めるというわけにもいかない状況であった。


「やはり、ここは『俺たちの王位継承争いはこれからだ』作戦しかないと思うんだが」

「何その、ダッサいネーミングは。まるで打ち切られましたって言っているようなものじゃない!」

「そうね、なんでわざわざそんな名前にするのかわからないわ」

「まあまあ、デニスのネーミングセンスは置いておいて、僕たちに大事なのは、どうやってベルネルに王位を継がせるか、ってところでしょ」


 自信をもってつけた作戦名に対する酷い評価にデニスは愕然とする。


「オードリーまで俺のネーミングセンスが悪いと言うのか……。いや、だからこその作戦である。要するに、オスカーとイザベラには、このまま沈黙してもらっておいて、2人が抜けたことによって、俺たち4人とベルネルが王位継承争いを激化させていると思わせればいいんだよ」

「それで、具体的には?」


 グリンダが尋ねるとデニスは胸を張って説明を始めた。


「まず、この王都の中にはいくつか『壊す予定の建物』があるだろう? そこで俺たちが争ったことにして、建物を壊していけばいい。その中でベルネルに交代でちょっかいを出す。そこでムキになったベルネルに俺たちが降参するんだ。残るライバルである俺たちが降参することで、あいつは王位を手に入れようと動くだろう。そこで王位継承の儀式まで終わらせることで逃げられなくするんだ」

「そんなうまくいくのかしら? 穴だらけなプランに見えるけど」

「大丈夫だ、あいつは昔からクールぶっちゃいるが、中身はいまだにお子様だ。ちょっと煽れば絶対にムキになる」

「ふぅん、まあいいわ。作戦の実行は任せるから、必要になったら連絡ちょうだい」

「わかった」


 こうして4人の悪だくみは着々と進められていくのであった。


 一方のベルネルは後継者争いから目下のライバルと考えられていたオードリーとイザベラが脱落したところで安心しきっていたところで、突如として残りの4人が後継者争いを本格化させてきたことに焦りを感じていた。

 当然ながら、いまだ後継者争いに名乗りを上げている自分も毎日のように他の後継者からの工作を受けており、その執拗さに辟易して後継者争いから降りることも考えていた。

 しかし、なぜか後継者争いから降りようとすると、パタリと工作が止んでしまい、再び後継者争いへの意欲を取り戻すのであった。

 とはいえ、そんな都合のいい状況が何度も続くと、さすがのベルネルも煽られているんじゃないかと思うようになっていた。


「くそっ、どいつもこいつも、俺の邪魔をするかと思えば、あきらめようとした途端に手を引くとか、俺を舐めているんじゃないだろうな?!」


 延々と続く生煮えのような状態に、さすがのベルネルも腹に据えかねていた。


「4人相手は厳しいが……。あいつらもお互いに争っているようだし、ここで俺も仕掛けるしかないな」


 ベルネルは部下に4人のもとへ赴き、後継者争いから降りなければ危害を加えると脅すように伝えた。

 翌日、送った部下たちはベルネルのもとに集まっていた。


「馬鹿な! 4人が4人ともあっさり後継者争いから降りただと?! そんなわけがあるか!」

「しかし……。こうして王位継承を放棄し、ベルネル様が王位を継ぐことを支援するという書類をいただいております」

「ぐっ、書類があるなら、言い訳もできまい。よし、俺が後継者になることをスカイポート中に知らしめるぞ!」


 こうして、無事に王位を継承したベルネルは王宮へと行き、そのまま国王の執務室へと通された。

 そこには、目もくらむばかりの金銀財宝とうめき声をあげる紙の束の山があった。


「なんだこれは?」

「こちらは、全て新国王となられましたベルネル様のものでございます」

「この紙の山は?」

「こちらは未決済の書類10年分、いや、前国王が奮起されましたので、今は9年と11か月分でございます」

「これをどうすると?」

「はい、新国王となられたベルネル様に引き継いでいただくことになりますが……。前国王も、この書類が片付くまでは手伝うと仰せでございます。すでにあちらで仕事をバリバリと進めております」


 どうやら、先ほどから聞こえるうめき声は前国王トルネアのものらしかった。

 果たして、書類の山を回り込んで、その様子を見たベルネルは愕然とした。

 頬はこけて、目の下にくまができていて、ペンを持つ手は震えて書く文字は歪みまくっていた。

 そして、体は鎖で縛られており、足元には排泄物が入った瓶が置かれていた。


「これはどういうことだ?!」

「はい、先日聖女様の尽力により、こうして前国王はこの書類を片付け終わるまで椅子に縛られて仕事以外ができないようにしていただいたのです。食事は1か月分の仕事が終わるごとにメイドが持ってまいります。排泄物はこうして、瓶の中に出していただいております」


 人を人とも思わない悪魔のような所業にベルネルは唖然としていた。

 かつての面影は見る影もなくなってしまったトルネアはベルネルの方を見ると、嬉しそうに話しかけてきた。


「おお、ベルネルや。お前が後継者か。早速だが、この書類を片付けるのを手伝っておくれ」


 ここで、ベルネルは兄弟たちにまんまと嵌められたことを悟るのであった。


「くそぉぉぉ、だましやがったなぁぁぁ!」


 ベルネルの悲痛な叫び声が王宮に響き渡った。

 それから1か月ほどで、ベルネルはほぼ10年分の書類を片付け、正式に国王として政務に携わることになった。

 もともと、そつのない性格であったことから、書類仕事を苦にせず、また、あらゆる階層の人間を知っている彼は、前国王のいい加減な政治とは異なる、まともな政治を行い、破綻しかけていたスカイポートを一層繁栄させていくのであった。


 ベルネルが国王となったことによって、彼の下で暗部を担っていた者たちは、王都の隣に彼ら専用の街を作った。

 ある日、その街にユーノとミレイユという二人の冒険者が訪れ、リーシャ譲りの高度な暗殺技術と意味不明な忍者スタイルを広め、それが人気となり、この街はイロモノの暗殺者である忍者の街として、そしてゆくゆくは忍者王国として栄えることになるのだが、それはまた別のお話である。

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