第81話 二つ目の聖女

「次は帝国かぁ。前に会った、あの王子もいるんかな?」


 レポートを見ながら、そんなことを呟いたところでデニスが話しかけてきた。


「それでだ。今は私がアイツの監視役兼国王代理となっているんだが。我が国の危機を救ってくれたあなたに、聖女の称号を――」

「お断りします」

「――授けたいのだが、いかがだろうか?」

「いや、お断りなんですが。そもそも、私は魔王国の聖女になっているんですよ?」

「大丈夫だ、問題ない。聖女の称号は別の国から貰っても問題ないぞ。かつて、あらゆる国から聖女と認められ、その偉業から大聖女とされたものもいるからな。」


 大聖女とかメンドクサイ予感しかしない響きであった。


「大聖女、私には関係ありませんね。なるつもりもありませんし」

「そんなことはないぞ。2つ以上の国から聖女と認められること自体、大聖女を除いても過去に4人しかいないのだからな」


 2か国ぐらいなら、そこまで目立たないかもと思っていると、デニスがさらに話を続ける。


「もっとも、その4人は大聖女の弟子と呼ばれる者たちで、ここ数百年はいないのだがな。お前が我が国の聖女になってくれるのであれば、世界中が注目するだろうな。喜べ、世界中がお前の元に殺到するぞ。まあ、大聖女になった暁には、その比ではないがな」


 目立つどころかワールドワイドで有名になる案件であった。

 そして、大聖女になると世界中から人が押し寄せるらしい……メンドクサイ。


「喜ばんし。やはり聖女はお断り――」

「報奨金も出るぞ? いいのか、断っても」


 報奨金?!


「報奨金?! いくらですか?」

「我が国の聖女として認められれば、一時金だけで1千万ゴールドだぞ。それに加えて毎年50万ゴールドが何もしなくても支給されるぞ。どうだ?」


 夢にまで見た不労所得生活を聖女という称号の先に見た私にもう迷いはなかった。


「慎んで受けさせていただきます!」

「リーシャさん、チョロすぎですわ。そのまま、大聖女になってしまったら、世界中からリーシャさんを求めて人が殺到するのですわよ!」


 私の素早い手の平返しに隣にいたミラベルがジト目で見ながら呆れたように言ってきた。


「聖女と言う飾りをつけるだけで、毎年50万ゴールドもらえるなんてすばらしいじゃないですか! 多少苦労は増えるかもしれませんが、王国にいた頃に比べたら……。それに、先ほど大聖女になるにはすべての国と仰りましたが、私は王国の聖女を辞めさせられておりますので、大聖女はありえませんから。おほほほ。」


 私は大聖女になることはないと安心しながら、不労所得に夢を膨らませていた。


「ん? 王国とな」

「そうですわ、ホワイトナイト王国でしてよ」

「え、ああ、それなら心配はいらない。あの国は大聖女の条件に入っていないからな。魔王からも訊いていないか? あの国は他の国では魔王国内の1地域でしかないと」

「あ……」


 私は魔王がそんなことを言っていたのを思い出した。


「そもそも、聖女の条件が違いすぎる。我々は、功績を残した優秀な女性に称号を与えているのだが、あの国は光属性というだけで聖女として認めるというではないか。ありえぬよ」

「むむむ……まあ、いいです。目の前の現金には替えられませんからね!」

「しかし、王国どうなったんでしょうか。お母様とも、国外に出てから一度も連絡をとっておりませんし」


 王国の話になったところで、母親を気にしていたミラベルに対し、気まずそうな様子でデニスは話し始めた。


「ああ、そのホワイトナイト王国なのだがな。つい半月ほど前になくなったぞ。今はホワイトシャイン光聖王国らしい」

「え、まさか、そんなお母さまは無事でしょうか?!」

「そこは心配はいらないだろう。何でも、長年の間、勇者の末裔と国民をだまし続けてきた王家の人間に対し国民が蜂起して断罪したらしいからな。そして、断罪が終わったところで、教会が聖女を擁立して、新しい国家元首としたそうだ」

「あのアイリスが国王に?」

「ん? 聖女アイリスを知っているのか? なんでも教会だけでなく国民すらも全て虜にするほどの人物らしい。俺も一目会ってみたいものだな、ははは!」


 アイリス……禁呪使いまくってますね。


「それはおすすめしませんよ。あなたも虜になってしまいます」

「何を言うか! 俺にはオードリーがいるからな。聖女ごときに誘惑などされんわ」


 デニスの言葉にオードリーが頬を染める。

 それを見て、呆れたようにグリンダとシャーリーが肩をすくめた。


「まあ、断罪されたのは王家中心だったが、それと共謀していた公爵家も1つ潰れたらしいからな。まあ、お前がそこの縁戚だったら関係するかもしれんが」


 デニスの言葉を聞いて、ミラベルは顔面蒼白になった。


「ちょっと、その公爵家って、どちらですの?!」

「えーと、インディゴムーン公爵家って言ってた気がしたな」

「「「なんだ、それなら問題ありませんわね」」」


 私たちは、潰された家名を聞いて安心していた――。


「ちょっと! インディゴムーンって、リーシャさんのお家ではありませんか?! 何を暢気なこと――」

「私の母は既に他界しているわ。そして、父はあなたの父親と似たようなものよ。あなたも母親の心配はしていたけど、父親の心配はしていなかった。つまりはそういうことよ!」

「なるほど、納得しましたわ! それなら問題はありませんわね」

「そういうことか……、心中察するぞ」

「あああ、それは大変でしたね」

「なんだか気が合いそうね」

「何かあったら言って、私も協力するから」


 私とミラベルの毒父同盟にデニスたちも加わり、思わぬところで力強い味方を得ることができた。

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