第80話 負債
「未決済書類10年分って……。大丈夫なんですか?」
「大丈夫なわけないだろ?! 表立って騒がれてはいないが……。表の世界、特に兵士を統括する立場である俺や、花街を統括しているグリンダ、職人ギルドを統括しているオードリー、冒険者ギルドを統括しているシャーリーなんかは、こいつの尻ぬぐいで毎日が修羅場なんだよ! 裏の世界のベルネルや情報屋をやっているオスカー、ほとんどニートみたいなイザベラは知らないだろうけどな」
「なるほど、事情を知らない人たちが、この書類の山(と財宝)を受け継ぐために後継者争いをしているわけなんですね」
「そういうこった。今ですら、修羅場で後継者争いどころじゃないのに、まかり間違って、こいつのあとなんか継いでみろ、全員分の修羅場が自分たちの所に来るんだぞ! こいつが王位を持ち続けるのも問題だが、俺たちは4人でなんとか回せているんだ。ここで誰かが継承して、そいつが潰れたりしようものなら、そいつの修羅場の一部が俺たちに降ってくるんだぞ! そうなったら完全におしまいだ!」
そうとう尻ぬぐいで苦しんできたのだろう。
デニスはこれまでの鬱憤を晴らすかのように大声でまくし立てた。
彼の勢いに、私たちだけでなく国王であるトルネアも圧倒されていた。
「はぁはぁ、まあ、とりあえずはだ。俺たちはこいつの跡を継ぐつもりはない。継ぐくらいなら全てを捨てて、この国から出ていく!」
「やめてください、兄さん! 僕たちを見捨てるつもりですか?!」
子犬のような目で見つめるオードリーに、デニスはたじろいでいた。
「な、なにを言うんだ。俺がお前を見捨てるわけがないだろう?! お前は俺の大切な弟だ!」
「兄さん!」
そして、二人はがしっと抱きしめあった。
一瞬、彼らの背後にバラの花園が見えたような気がしたが、気のせいだろう。
私の視線に気づいたのだろう、二人は反発するかのように離れ、デニスが咳払いをする。
「すまない、話が逸れてしまったな。それで、そなたには――」
「お断りします」
「そなたには彼の跡を継いで王――」
「お断りします」
「王になってほしい。なに、心配はいらな――」
「お断りします」
「心配はいらない。俺たちも全力でサポートする。それに――」
「お断りします」
「そいつ、じゃなかった国王も、それをお望みだ」
「だから、お断りするって言ってるだろうが!」
私の言葉をスルーして話を続けるデニスに、とうとうブチ切れてしまった。
「何をいっておる! お主こそ、我が後継者としての資質を不思議のダンジョンで証明したではないか!」
「あぁん?!」
私はワケのわからないことを言い出したトルネアを睨みつけた。
「その、できれば君に、この国の王になっていただきたい……のですが……いかがでしょうか」
トルネアは先ほどの威勢が消え、かすれた声で国王を譲る話を続けた。
「そもそも、このおっさんがちゃんと仕事しないから、そういう話になっているのよね。なら、こうすればいいのだわ」
そう言って、私はトルネアを部屋の椅子に作り出した鎖で縛りつけると、それをさらに簡単には外せないように何か所も留め具で固定する。
「これでオッケーね。仕事が全部片付いたら外してあげるから、頑張って終わらせてね」
「あのう、トイレとかはどうすれば……」
戸惑うトルネアに私はガラスの瓶を作って差し出した。
「はい、これを使って。手は使えるから使うのは問題ないでしょ。それに食事は1か月分が片付いたら出してあげるように手配しておくから。なに、たった10年分の書類にサインをするだけの簡単なお仕事よ」
悲痛な叫びをあげるトルネアを放置して、私たちは王宮を後にした。
1週間後、私たちの滞在している宿にデニスとオードリー、それから初対面であろう2人の女性が訪ねてきた。
「この度は、我が父を更生させていただき感謝する」
デニスは顔を合わせると、すぐににそう言ってきた。
「おかげで、僕たちの負担もだいぶ減りまして、こうしてお礼にと伺ったんですよ」
子犬のような目を細めながら、オードリーがお礼を言ってきた。
続いて、肉感的な美女であるグリンダ・ホワイトスネークが晴れ晴れとした表情で言葉を続ける。
「そうですわ。おかげさまで、やっと本業に身を入れられるようになったんですのよ。そうだ、お店にいらした際には、私の名を仰ってくださいまし。サービスさせていただきますわ」
最後に、昏い笑みを浮かべながら、やや幼さの残るがしたたかそうな少女であるシャーリー・ピンクシャークが会釈をしてお礼を言ってきた。
「ホントに感謝に堪えませんわ。あのくそじじ――父をあそこまで更生していただけるなんて、これまで頑張ってきた甲斐があるというものです。ああ、それから、こちらオスカー兄さんから預かったレポートですわ。彼、情報屋(笑)とか言っていながら、私たちがみんな争っているという噂を真に受けて、一人で大立ち回りをしていたようですからね。『私は貝になりたい』とか言って、引きこもっていますの」
「おおぅ。それは重症ね。でも、レポートはありがたく受け取ったと伝えておいてちょうだい」
「かしこまりました」
私は中二病という前世に聞いた言葉を思い出しながら、彼の成長を願っていた。
そして、受け取ったレポートに軽く目を通したところ、魔力欠乏症というものが、ブラックドラゴン帝国にあり、そこの研究所であれば、何らかの解決策がわかる可能性が高いという内容が書かれていた。
「次は帝国かぁ。前に会った、あの王子もいるんかな?」
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