第79話 後継者

 私たちは王宮に向かう馬車の中で、デニスとオードリーから後継者争いについての実態を聞いていた。


「まあ、詳細は追々わかるだろうから省くことにするが、国王である我が父が後継者にを引き継ごうとしているのは事実だ」

「てっきり、それを狙って争っているのだと思っていました」

「まあ、当然だろう。アイツは噂を先行させて、事実を作ろうとしていたのだからな。全く忌々しい」


 彼らを煽るために兄弟たちが争っているという噂を流していたのが、商売王本人だったというのである。


「君たちも噂くらいは聞いたかもしれないが、正当な後継者となる条件は『もっとも商人として相応しい者』なんだが、これを聞いてもどうすればいいのかわからないだろう?」

「そうですね。基準がまったくありませんので……」

「アイツは昔からそうなんだ。アイツの中では基準が明確なくせに、それを濁して伝えるから、商談でもめることなんて日常茶飯事だった」

「だよね。あれは地獄だった。本人だけの問題ならいいんだけど、僕たちも普通に巻き込まれていたからね」


 私は最初に聞いていた、優秀な商人である商売王のイメージとのギャップに困惑していた。


「あれ?商売王って、優秀な商人じゃないんですか?」

「おいおい、そんな噂を信じているやつがいたのか。アイツは単なる成金、そうでなかったら優秀な詐欺師ってところだぞ」

「そうだね。自分をよく見せるのだけは上手いかな? お姉さんも実際に会えばわかるよ」


 商売王……酷い言われようである。


「おっと、話が逸れちまったな。それで正当な後継者の条件と言うのが、『不思議のダンジョンをクリアする』ことだ。そう、お前さんたちのことだよ」

「クリアすると、王宮に通知が行くようになっていてね。それで僕たちが派遣されたってわけ。お姉さんたちを生贄にするのは気が引けるんだけど、クリアしちゃったから、どうしようもないんだ」

「生贄?! 私たち殺されるの?!」

「そんなもったいないことはしないぞ。やっと現れた正当な後継者だからな。お前たちには、この国の王になってもらうことになるだろう……たぶん」

「いやいや、私たち、商売王の子供じゃないよ?!」

「大丈夫だ、関係ない。あれは私たちを煽るために流した情報だ。実際は誰でもいいのさ。アイツにはな」


 彼らの話を聞けば聞くほど、馬車の中には不穏な空気が漂う。

 私たちは、その不穏な空気に呑まれつつあった。


 そんな居た堪れない空気の中、馬車は王宮へと到着した。

 すぐに私たちは謁見の間に通されようとしたが、私たちはデニスとオードリーも同行しないかぎり謁見はしないとゴネたところ、二人も一緒に行くことになった。


「逃げようったって、そうはいかないわよ」


 彼らは恨みがましい目で見ていたが、気づいていないふりをすることにして、揃って謁見の間へと入っていった。


「よく来たな。楽にするがよい」


 そう告げた男――商売王はダルマのように太った体で玉座に座っていた。


「さて、よくぞ『不思議のダンジョン』を攻略してくれた。お前たちこそ、私の後継者として相応しい。これより、私はこちらの者に王位を譲り渡し、身を引くこととする」

「ちょっと、どういうことよ! というか、勝手に決めんな!」

「お前たちが最も『商人に相応しい』者だからだ」

「いやいや、商人に相応しいって、そもそもどういうことよ!」

「やれやれ、そこから説明しなければいけないとはな。商人に相応しい条件、それは『不屈の心』だ。お前たちは、あのダンジョンで何百回と死んでもあきらめずにクリアした。それこそが不屈の心を持つ証と言えるだろう。どうだ? お前たちは何百回挑んだのだ? いや、何千回か?」

「5回です」

「はっはっは。冗談はよせ。そんなこと不可能である」

「いや、5回ですから」

「……」


 呆然としながら、商売王トルネアはデニスの方を見る。


「こちらの者の言葉に偽りはございませんよ。確かに5回です。さて、5回の挑戦で不屈の心と言えるのでしょうか?」

「……」


 不敵な笑みを浮かべながら、デニスは王に私の言葉が正しいと伝えると、王は呆然を通り越して愕然としていた。

 しかし、さすがは王となる者だけあって、すぐに気を取り直したようだ。


「5回でもクリアしたことには変わらぬ。やはり、お前たちに王位と私がこれまで積み上げた全てを譲り渡すとしよう」

「いえ、結構です」


 私はお金は好きだが、それに王位とか面倒なものがセットでも良いと思えるほど好きではなかったので、お断りすることにした。


「なるほど、結構良いと申すか、では早速、話を進めるとしようか」

「いえ、お断りします」

「大丈夫だ。問題ない。とりあえず、私のこれまで積み上げた全てを見せてやろう。それで決めるがよい」


 何が問題ないのかわからなかったが、トルネアも食い下がってきた挙句、勝手に案内するために移動したので、付いていくことにした。


 私たちが案内されたのは、彼の執務室であった。

 彼が扉を開けると、そこには彼がこれまで集めたであろう金銀財宝や美術品の山があった。

 そして、その部屋の隅にはうず高く積まれた紙の束が部屋の3分の1ほどを占有していた。


「どうだ、これを見ても、まだ断るつもりか?!」

「すごい財宝ですね。ところで、あちらの紙の山は?」

「どうだ、これを見ても、まだ断るつもりか?!」

「あれは……こいつが10年以上にわたってため込んだ未決済の書類の山だ」

「おい、馬鹿! 言うな!」


 私が紙の山について聞いてみてもとぼけていたので、デニスが教えてくれた。

 トルネアの焦り具合から見ても、それが真実であることがうかがえた。

 デニスは肩を竦めながら話を続ける。


「これでわかっただろう? こいつが後継者を作ろうとしていた理由が」

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