第78話 賢者の石

 扉を開けた先の部屋には頭と尾が何本もある巨大な蛇が窮屈そうにとぐろを巻いて眠っていた。

 どうやら、私たちが入ってきたことにも気づいていないのか、その巨体はピクリとも動かなかった。


「こいつがラスボスかな。まあ、ここで下手に反撃されてやり直しなのも嫌だし……。一気に片づけるとしますか」


 私の言葉にミラベルが頷くと、四重詠唱クアッドキャストで先ほど使っていた攻撃速度向上ヘイスト攻撃力向上クリティカル攻撃回数倍加ダブルアタック反復攻撃エコーを使った。

 特訓で実力が上がったとはいえ、これほどの強化バフを使うと限界が来たのか、その場にへたり込んでしまった。


「はぁはぁ……。この魔法、限界まで魔力を使っても10秒程度しか持ちませんの。急いで倒してくださいまし……」


 息を切らしながら放たれる彼女の言葉に応えるかのように、私は素早くラスボスに接近し、素早く十字にナイフを振った。

 彼女の魔法によって、強化された私の斬撃は一振りを200以上の斬撃を伴ってラスボスへと襲い掛かる。

 つごう二振りの私の斬撃は500以上の斬撃となって、ラスボスの身体をみじん切りにした。


「倒せた?!」

「調べるまでもないでしょう。これで生きていたら本当に化け物です。お嬢様」


 私の言葉に、マリアが確信を重ねる。

 そして、しばらくの間を挟んで、私たちの中に勝利の空気が漂い始めた。


「やったっ! これで200階層クリアね」

「はぁはぁ、ここまでする必要なかったんじゃありませんの? 私、頑張り損な気がしますわ?!」

「そんなことないわよ。万一足りてなくて反撃されたら、最初からやり直しになったかもしれないからね」

「うぇぇ、それは二度とごめんですわ。私は十分にやりました。やり切りました!」


 ミラベルも最初からやり直しは嫌だったようで、無事にクリアできたことを喜んでいるようだった。


「リーシャさん。奥に扉がありますわ。きっと、あの先に賢者の石が……」

「そうね、行ってみましょう」


 奥の部屋へ、私たちは足を踏み入れた。

 すると、部屋の中からまばゆい光が溢れ出し、私たちの手の中に虹色に輝くダイヤモンドのように透明な大きな石が現れた。

 私はその石をしげしげと眺めてみる。

 淡い光を放つ石は、この世界のすべてを凝縮したようであった。


「これが……、賢者の石?」

「なんでも願いをかなえるという……」

「それじゃあ、さっそく金貨の山でも……」

「ちょっと待ったー! リーシャさん?! それよりも魔力ですわよ?!」

「は、いけませんわね。思わず金に目がくらみかけましたわ?! 魔力です、魔力。賢者の石よ。私の魔力を戻しなさい!」


 私の言葉に反応するかのように、手に持った石が輝きを放つ。

 そして光が収まると、手の中の石は跡形もなく消え去っていた。

 さっそく魔力の感覚を辿ってみると、以前ほどではないようだが、普通に魔力を感じ取ることができていた。


「成功したようね。完全とは言い難いけど、普通に魔法を使う分には問題なさそうだわ」


 そう言って、二人に振り返り笑顔を見せる。

 それを見た二人も、安心したようで胸をなでおろしていた。

 なお、絶壁のミラベルは文字通り垂直に撫でおろしていたのだが、私は深く考えないようにした。


「ちょっと、また失礼なことを考えてません?! いい加減、怒りますわよ!」

「キノセイデス。ナニモカンガエテマセン」

「むぅ、まあ、いいです。私は今のところ願いは無いので取っておきます」

「私も取っておきますかね。もっと必要な時が来るかもしれませんし」

「みんなずるいよ?! 使ったの私だけじゃない!」

「だからこそですよ。お嬢様。お嬢様に何かあったときに、使うことができるかもしれないと考えると、ここで無駄に使うのはもったいないですから」


 どうやら、マリアは私のことも考えて、とっておくことにしたようだ。


「ちょっと?! 私だって、リーシャさんにもしものことがあったらと……いや、なんでもありませんわ。この先、何があるかわかりませんもの。そういうときのために取っておくのですわ!」


 ミラベルも、私のことを心配してくれているようだったが、彼女の優しさの半分はツンデレでできていたようだ。


「今すぐ使わないといけないものでもありませんからね。それじゃあ、戻りましょうか」


 部屋の奥にあるポータルを指さしながら、そちらに向かって歩き出した。


 ポータルを潜り抜けると――私たちは衛兵たちに囲まれていた。

 背後には、不思議のダンジョンの入り口があることから、入り口に転移してきたのは間違いない。

 しかし、クリアしたのは、つい先ほどの話である。

 クリアしたから包囲されている、と言うわけではないように思えた。


「いったい、何の御用かしら?」

「おいおい、そんなツンケンするなよ。とりあえずは自己紹介からだな。俺の名前はデニス・グリーンラクーン、『後継者』の一人だ。それから――」

「僕の名前はオードリー・イエローティティ、『後継者』の一人だよ」


 どうやら後継者が二人もいるらしい。


「それで、私の命でも狙いに来たのかしら?」

「いやいや、だから話を聞けって! 俺たちは迎えに来ただけだ。お前さんをね」

「そうそう、『後継者』なんて言っているけど、実際に争っているのはイザベラとオスカーとベルネルくらいなんだよね。ほとんど、ベルネルが一方的に仕掛けてるみたいだけど」

「そういうことだ。俺たちはそう呼ばれているだけで、実際にアイツの後を継ぐつもりは全くない。あんなミエミエの魂胆で後を継がせようなど、許されることではないからな」


 私たちは、彼らが後継者争いをしていると思っていたのだが、実はほとんど後継者に興味がないということであった。


「それじゃあ、何で私を襲おうとしているのかしら?」

「いや、襲うつもりじゃない。こいつらはお前さんの護衛だと思ってくれていいぞ」

「詳しい話は国王の所に向かいながら、僕たちが説明するから、とりあえずは付いてきて欲しいんだ」


 どうやら拒否権は無いようだったので、私たちは彼らと共に王宮へと向かうことにした。


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