第75話 もう一つの護衛

 私たちはイザベラのところに行き、護衛を依頼されたことと専属の護衛兼侍女としてマリアがしばらくの間付き従うことになったと告げた。


「そう、オスカーからの依頼なのね。それじゃあ、お願いするわ」

「ずいぶんとあっさり受け入れるのね」

「おかしいかしら? 彼は私を陥れるような人じゃないわ」

「いえ、彼を信頼していらっしゃるのはわかりますが、私たちは初対面ですし……」

「そのことなら心配はいらないわ。彼からすでに連絡を受けていますから」


 オスカーは既に彼女に根回しをしていたようだ。

 私は、思ったよりも話がスムーズに進んだことに対して、オスカーのことを見直していた。


 こうして、私たちは彼女の護衛となり、夜の間の彼女の身の安全を守るために付き従っていた。

 一番近くで護衛をしながら侍女としての執務をこなす彼女に対しての評価も高く、そのお陰で、彼女もいろいろと私たちに便宜を図ってくれていた。

 特に、魔法が使えなくなった私の銃弾の補充に鍛冶や細工を得意とする職人を斡旋してくれたため、心許なかった銃弾も当面の心配は不要なほど用意することができた。


 そうして、4日程経過した夜のことであった。

 その日は普段と異なり、何かあったわけでもないのに緊張が漂っていた。


「今日は何かありそうね」


 そう言って、彼女の部屋の周囲を警戒しつつ、ライフルのスコープを双眼鏡代わりに部屋の中の様子を探っていた。

 しばらくの間は特に異常はなかったが、しばらくして裏路地から赤いお面を被った男が出てきて、壁伝いに彼女のいる建物の入り口の方へ向かっていた。


「あいつかしら……」


 少し様子をみていると、建物の入り口のところで何かをしていた男が入り口の扉を開けて中に入っていった。


『怪しい男が入っていったわ、注意して』

『わかりました。迎撃します』


 予めオスカーに用意してもらっていた端末を通して、マリアに連絡を入れる。

 私はスコープで建物の中の様子を探っていると、窓越しに先ほどのお面を被った男がマリアと戦っているのが見えた。

 男の方も、かなりの手練れのようで、実力をつけたはずのマリアとほぼ互角の戦いをしていた。

 私は彼女の援護をするために、ライフルを構えて男が窓際に来たタイミングで発砲した。


 バシュン


 私の撃った銃弾は男の左肩を貫き、そこから血が噴き出した。

 男は肩を押さえながら入り口まで撤退し、入り口付近に煙幕を張った。

 入り口は何も見えないほどの濃い煙に包まれていて、男はその隙に逃げてしまったようで、煙が晴れた頃には男を探して表に出てきたマリアがいただけであった。


「ちっ、逃したか。前世の科学力があればサーマルセンサーで煙があってもターゲットの位置がわかるんだけど……」

『申し訳ありません、お嬢様。取り逃してしまいました』

『気にしないで、マリア。私も、あの煙幕には手も足も出なかったわ』

『リーシャ様。お役に立てず、すみません』


 私たちは男を取り逃してしまったことに落胆した。

 少し前に地獄のような特訓をして、魔王とも互角に渡り合ったという自信をつけてきた私たちは油断していなかったとは言わないが、捕らえられなかったことで、改めて相手を侮っていたことを実感した。


 翌日、私たちはイザベラに昨日の報告を行った。

 昨晩、赤いお面を被った男が建物に侵入しようとしたが排除したこと、銃で左肩を撃ち抜いたが、逃げられてしまったことを伝えた。

 淡々と報告する私たちに対し、彼女は徐々に表情が強張っていった。


「それで、あなたたちは、その男を殺そうとしたのですか?」

「いえ、できれば捕獲したかったのですが、状況によっては殺すことも念頭にはおいていました」

「……そう、わかったわ。今晩からもよろしくね」


 憂鬱な表情で私たちの報告を聞き終えた彼女は席を立とうとした。

 その時、彼女の執事が入ってきた。


「お嬢様、オスカー様の紹介で護衛の依頼を受けたという方がいらっしゃいました」


 私たちは、しばらくの間、彼が何を言っているのかわからなかった。


「そう、とりあえず会ってみるわ。あなた達も同席してちょうだい」


 そう言われたので、私たちはイザベラと共に応接間へと向かった。

 応接間には、清楚な感じの、いかにもお嬢様といった女性と、それに付き従う侍女、そして、いかにも魔女の被っていそうな尖ったつば付きの帽子を被った女性がソファに座っていた。


「初めまして、私はオスカー様からあなた様の護衛を依頼されましたリーシャと申します。手違いがありまして遅くなりまして申し訳ございませんわ。あと、こちらが従者のマリアと魔法使いのミラベルですわ。本日より、この3名であなた様をお守りさせていただきます」

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