第71話 依頼

「わかったわ。約束はちゃんと守ってよね。それで頼みたいことって何?」

「えーと、この国の王である商売王は知っているよね」

「トルネア王のことでしょう? もちろん知っているわ」

「それじゃあ、彼に7人の子供がいて、王位継承のために競争しているのも?」

「それは初耳だわ。それと依頼に何の関係があるの?」

「実は、そのうちの一人、次男のベルネル・ブラックタイガーが不穏な動きをしているようなんだ。具体的には後ろ暗い連中と手を組んで、他の子供たちを亡き者にしようとしているらしい」

「なるほど……。わかったわ。そのベルネルってやつを殺してくればいいのね。3日もあれば十分よ。それじゃあ、楽しみに待っていてね」


そう言って、早速依頼をこなすために踵を返したリーシャだったが、慌てて青年が呼び止める。


「違う違う! 僕の依頼は、彼が誰も殺さないようにして欲しいってことなんだ!」

「それならベルネルってやつ殺せば、解決でしょ。死人に人は殺せないわ」

「何で物騒な方向に話が向かうんだ! 君は聖女だろう?」

「聖女だからって、みんな同じだとは思わないことね。それじゃあ、さくっとやってくるわ」


そうして、リーシャは再び彼に背を向けて歩き出した。しかし、青年はなおも呼び止める。


「だから待ってって、話は最後まで聞いて! 僕がお願いしたいのは護衛だよ」

「護衛? 要するに守れってこと?」

「そうそう、彼によって誰も殺されないように守ってほしいんだ。もちろん、僕自身も動く。けど、一人じゃどうしても手が足りないんだ」

「うーん、ちょっと面倒なんだけど――わかったわ。その代わり報酬は弾んでよね。特に情報を」

「わかったよ。こう見えて、僕は情報収集は得意なんだ。全力で欲しい情報を提供できるようにしておくよ」

「ちなみに、そいつの手足は殺してもいいの?」

「うーん、できれば殺さないでおいてほしいんだけど、そこは仕方ないと思っている。まあ、さっきの連中ほとんど死んじゃったし、今更だけどね」


そう言って、先ほどと同じように、苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。リーシャは悪い奴ではないんだろうけど、あまりに胡散臭くて、なるべくなら関わり合いたくないと感じた。


「それじゃあ、依頼内容は護衛ってことで、それで誰を護衛すればいいの?」

「あ、それなんだけど。これを渡しておくから、護衛の際は連絡を取り合おう」


そう言って、青年は一枚の板状のものをリーシャに差し出した。


「これはスマホ?」


リーシャは前世の記憶から似たようなものがあったのを思い出しながら、尋ねてみた。


「スマホ? が何かは知らないけど、これは情報端末ターミナルと言って、これを使うと離れていても情報をやり取りできるんだ」


青年は、いろいろと情報端末についての説明をしていたが、リーシャにとっては完全にスマホの説明であったため、聞いている間は非常に退屈していた。


「はいはい、わかりました。それじゃあ、もらいますね。連絡よろしく」

「つれないなあ。まあいいよ。ちなみに、既読無視だけはしないように。読んだら返事をくれるとうれしいな」

「……善処するわ」


そう言って、青年と別れて、ミラベルとマリアの元へと戻った。二人は心配した様子だったが、リーシャが顔を見せると安堵した様子で駆け寄ってきた。


「リーシャさん、心配したんですよぉ」

「お嬢様。鬱憤がたまっているのはわかりますが、もう少しお淑やかにお願いしますね」

「ごめんごめん。ちなみに、あっちで現地の人に会ったんだけど。裏通りの話ってデマらしいよ。危険だと書いておけば責任逃れできるかららしい」


それを聞いたミラベルは無表情になって、おもむろにガイドブックを取り出すと投げ捨てた。


「――獄炎暴嵐インフェルノストーム!」


ミラベルの魔法によって、ガイドブックは極大の炎の嵐に包まれる。轟々という炎と風の音で、周囲の人たちが何事かと3人の方を見る。それを見た人たちは、あるものは恐怖でその場にへたり込み、また、あるものは火事と思って、だれかを呼びに行った。


「ちょ、ここで火の魔法はやばいって!」

「このロナルドみたいな嘘つきガイドブックめ! 貴様なぞ燃やし尽くしてやるわ!」


元婚約者を例えてガイドブックを嘘つき呼ばわりするミラベルの瞳は狂気に染まっていた。アイリスの魔法せいで、彼女の婚約者が裏切ったという事実は、彼女の心に深い傷を残していたようだった。その結果、得意でないはずの炎属性魔法でガイドブックを燃やすという暴挙に出たのであった。リーシャも最初は止めようとしていたが、大本の原因が自分がとってきた魔導書にあったため、彼女の気が済むまでやらせて、周囲へのフォローに回ることにしたのだった。


「ちゃんとしたガイドが必要ですわ」


ガイドブックを燃やし尽くして、落ち着きを取り戻したミラベルは力強く語った。


「確かに、ガイドブックの書き方はどうかと思うけど、それは過剰に書かれていただけで、ミラベルのせいではないと思うんだけど……」

「誰のせい、という問題ではないのですわ。問題は、あのガイドブックの情報を鵜呑みにして、自信満々にリーシャさんに語ってしまったことですわ!」

「気にする必要ないのに。ドヤ顔ミラベルも可愛かったからね!」

「そ、そういう話ではありませんの。元とは言え、私にも王国貴族としてのプライドがあります! 間違った情報に踊らされるなど、国家を担う貴族として、あるまじき行為なのです」

「ん-、まあ、今は貴族じゃないんだし。いいんじゃないかな。ミラベルも一緒に冒険者になるんでしょ?」

「ええ、それは……リーシャさんが冒険者になるのであれば……」

「じゃあ、いいじゃない。それに裏通りに暗殺者はいたし、こんなのも貰ったし」


そう言って、先ほど手に入れた情報端末を取り出した。


「あ、せっかくだし、案内する人を彼に斡旋してもらおうか」


そう言って、リーシャは青年に連絡を取るのであった。

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