第70話 圧倒
リーシャと男たちの戦闘は圧倒的であった。本人は護身程度と言っていたが、手を突き出せば槍のように敵の身体を貫き、手を振れば剣のように敵の身体を断ち割っていた。
こうして、6人もいたゴロツキ達が、一瞬にして残り一人となっていた。
「思ったよりも脆かったかな。まあ、しょせんゴロツキだからね。仕方ないね」
「ひぃぃ……」
男たちは彼女に襲い掛かるものよりも、逃げ出そうとするものを優先的に殺していった。結果として襲い掛かることも逃げることもできない、最も臆病な男が残ることになったのである。その最後の男は、仲間たちを瞬く間に蹂躙しておいて、なお嬉しそうに微笑んでいる様子を見て、腰を抜かして震えていた。
「た、助けて下さい!」
天に祈るかのようにリーシャに許しを乞う男を困ったように見つめていた。
「いやー、別に殺すつもりはなかったんだよ。ちょっと手元が狂っちゃってさ。手加減の仕方もなれるかなと思っていたけど、6人程度じゃ少なすぎたね。あはは」
本人は、「ちょっと失敗しちゃった」と言いたかったのだろう、至って軽い感じに男に言った。しかし、それは「気分次第で、いつでも手元を狂わせられる」と言っているようなもので、その言葉に男は声にならない悲鳴を上げていた。そして、まるでリーシャに祈りを捧げているかのような恰好のまま気絶してしまった。
「ありゃ? 殺すつもりはないって言ったつもりなんだけど、ゴロツキには理解できなかったみたいね」
「ありがとう、助かったよ。さすが聖女様だね。こうやって信者をふやしているのかぁ」
背後から軽い感じで話しかけてきた青年の声を聴いたリーシャは、一瞬で彼の背後に回り首をホールドした。
「ちょっと、何で私が聖女だと知っているのかなー? もしかして、あいつらのお仲間ってやつ? さっきも襲われている割にはだいぶ手加減していたみたいだしね。アンタなら、あの程度の連中、各個撃破できるでしょ?」
「おっと、ごめんごめん。さっきは本気で襲われていたし、手加減していたつもりはないよ。僕は逃げるのは得意だけど、それ以外はからっきしでね。ああやって、時間を稼ぎつつ、逃げる隙を伺っていたのさ」
リーシャの尋問に対する青年の答えに嘘は無いようだったので、警戒しつつも拘束を外した。青年は少し距離を置いて、リーシャに向き直る。
「えーと、聖女様って知っていたのは、僕がこの国の上の方にいるからさ。それぞれの国は自国が認めた聖女の情報を共有するのさ。一応は国賓扱いになるからね。顔も知らないんじゃ、対応できなくなることもあるからね。だから、数日前、君が聖女になった直後には、各国に通達が来ているのさ」
「何それ? プライバシーの欠片もないんですけど!」
自分の情報が漏洩されまくっていることに憤るリーシャだったが、青年は宥めるように話を続ける。
「情報って言っても、身体的な特徴だけだよ。聖女様は国賓扱いなのに、結構自由が利くからね。まあ、見かけても失礼の無いようにするための最低限の情報さ」
「ふぅん、まあ、それなら仕方ないのかなあ。それはそうと、その程度の実力で裏通りに来ちゃダメじゃない。この街の裏通りは入ったら生きて出られないって言われるほどの危険地域なんですよ」
「なにそれ? そんなわけないでしょ。そもそも、この辺りで生活している人もいるわけだし。裏通りとはいえ、通行する人も少なくないけど」
「えぇ? だってガイドブックには、そう書いてあったけど」
「ああ、ガイドブックは問題が起きないように厳しめに書いてあるんだ。だって、裏通りが大丈夫だとか書いていて、実際に行って何かあったら、問題になるでしょ? でも、危ないって書いておけば、何かあっても行った人の責任になるわけ。だから、そう書いているのさ。常識的に考えて、そんな危険な場所が街の中にあるわけないじゃないか」
裏通りの意外な真実にリーシャは脱力してしまった。
「ええ、ダンジョンみたいに、危ない奴らがうようよしているものだと思っていたのに、期待外れだったわ。――でも、さっきゴロツキに襲われていましたよね?」
「あれをゴロツキ扱いするとは、さすが魔王国の聖女だけはあるね。そもそも、あいつらは手練れの暗殺者で、この辺りにいる宜しくない連中とは比べ物にならないほど強いはずなんだけど――まあ、瞬殺してたから、わからなかったみたいだね」
青年は先ほどの無茶苦茶な状況を思い出して、苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。彼の明らかに見下したような振る舞いに苛立ったリーシャは話を打ち切ることにした。
「まあ、助かって良かったですね。それじゃあ、ガイドブックに踊らされて、こんなところまでやってきた間抜けな聖女は戻りますので」
「あ、ちょっと待ってよ。ごめんごめん。気に障ったなら謝るから。それはそうと、君の強さを見込んで頼みがあるんだ」
「頼み? 私に何の見返りが?」
「ああ、もちろん。タダというわけじゃないよ。正式に依頼としてお願いしたいんだ。冒険者として登録するんだろう? 手続きも手伝うし、お金だけでなく、知りたい情報も提供するからさ」
「情報? もしかして、私たちが来た目的を知っているの?!」
「いや、知らないさ。でも、この国は世界中の人と物と情報が集まる国だ。だから、僕の力で用意できる対価は可能な限り提供するよ」
そう言って軽薄そうな笑みを浮かべる青年に対し、リーシャは疑いのまなざしを向ける。しかし、魔力についての情報が欲しいのは事実であったので、頼みを聞いてあげることにした。
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