第69話 市街地

スカイポートは海外への空路だけでなく、国内の移動についてもいろいろと設備が整っていた。特に、このタクシーは値段こそ高いものの、自由に行先を指定できるため、リーシャたちのように国外から訪れた人たちに愛用されていた。前世の記憶を持っているリーシャにとっては、さほど珍しいものではないが、ずっと王国で生活してきたミラベルやマリアにとっては、馬の無い乗り物が走っているというだけでカルチャーショックを受けるようなものであった。


そうして二人が驚いている間にタクシーの順番が来たので、急いで乗り込んだ。リーシャは手慣れた手つきで二人を後部座席に押し込み、自身は助手席に座り行先を告げる。タクシーはすぐに目的地であるスカイポートの中心部へと走り出した。後部座席の二人は、車窓から見える流れるような景色に目をキラキラさせながら眺めていた。


やがて街の中心部に到着すると、3人は料金を支払ってタクシーを降りた。そこは所狭しと雑居ビルと思しき建物が立ち並ぶ繁華街で、通りにも人が多く、文字通りにぎやかな街であった。


「ここがパーロンタウンです。庶民的な店が多いみたいですが、穴場な店も多くて、異国情緒を感じられるみたいです。ただ、裏通りは危険らしくて、一度入ったら、生きて出られるかわからないみたいですよ」

「へぇ、上等じゃない。せっかく特訓したんだし、後で行ってみよっか」

「リーシャさんなら――そういうだろうとは思いましたけどね……」

「それよりも、お嬢様。とりあえず、こちらの表通りを見て回りましょう」


3人は、表通り沿いにある店で食べ物を買って食べ歩いたり、雑貨屋で見たこともない珍しい造形のグッズなどを物色したり、怪しげなマッサージ屋(内容は普通のマッサージ)で旅の疲れを癒したりしていた。そうやって3時間ほど、表通りの店を堪能したので、裏通りに向かうことにした。


「さて、いよいよね。どんなモンスターが出るのかしら」

「リーシャさん。ダンジョンじゃありませんよ」

「襲い掛かってくるなら、どっちも変わらないわ。特訓の成果を試すときよ」

「でも、リーシャさんって、ほとんど魔法の特訓しかしていませんよね。あまり意味がないんじゃないですの?」

「ふふふ、少しだけど体術の特訓をしたのですわ。まあ、護身程度かもしれませんけど、この辺にいるゴロツキ相手にはちょうどいいかもしれませんわ」


ドヤ顔で言うリーシャを見て、ミラベルのマリアは彼女がほんの少しだけ特訓した体術の成果を雑魚で試したいと言っていると理解したのだった。二人は、「これ、全力でやったらあかん奴や」と思い、顔を見合わせて頷きあった。


表通りでも猥雑な印象の街並みだったが、裏通りはそれ以上で、例えるならちょっときれいなスラム街という感じであった。建物の窓もあちこちがひび割れており、中には窓ガラスすらないところもあった。必然として、建物の中から何者かが襲撃してくる可能性も考慮する必要があり、自然と気が張り詰めてきていた。


「これは厄介ね。まさにコンクリートジャングルって感じだわ」

「そうですね、人が多い分、かすかな気配は感知しきれないかもしません」

「魔法主体の私には、とことん不利な場所ね。まあ、警戒は二人に任せるわ。私はサポートに徹する」


リーシャとマリアが周囲の警戒をしつつ、ミラベルは二人に支援魔法をかけ続けていた。そんな3人の心情をあざ笑うかのように、本当に何も起きなかった。それどころか、人の動きは若干の警戒心を持っているものの、表通りとほとんどかわっていなかった。


「おかしいわね。何も起きないわ」

「そもそも、何か起きる前提なのがおかしいと思いますわ!」

「そうは言っても、生きて出られるかわからない場所なんですよね?」

「そうガイドブックには書かれていたけど――。それって裏通りに限った話ではないですよね? 死ぬかもしれない場所ってことですけど、表通りでも車に轢かれて死ぬ可能性もあるわけで……」


ここでリーシャは初めてガイドブックに書いてあることが、別に裏通りに限らない話であったのに気づいたのだった。


「ちょっと、それは詐欺じゃないですか?! 結構期待したんですよ!」

「うーん、でも嘘は書いていないですしね。まあ、期待していたところ悪いとは思いますが、諦めましょう」

「うう……」


半泣きになりながら、がっくりと肩を落とすリーシャだった。しかし、その時、裏通りの奥の方から助けを求める叫び声が聞こえてきた。


「ほらっ、やっぱり、ここはやばい場所なんですよ! 逃げられたら面倒ですし、さっそく突撃しましょう!」


早々に復活したリーシャが二人を急かしてから、通りの奥へと走り出した。そこには、剣を抜いて身構えている青年と、それを取り囲むローブを着てフードを目深に被った男たちがいた。男たちは青年を執拗に切り付けており、青年は何とか回避するものの、細かい傷があちこちについていた。しかし、リーシャは青年の様子になど気にも留めず、フードをかぶった男たちを指さしながらはしゃいでいた。


「ほらっ、こいつらですよ! 噂のゴロツキです。早速ですが、やっちゃいましょう! ……って、あれ?」


興奮のあまり飛び出したリーシャは二人が付いてきていることを確認しなかったため、結果として置いてきぼりにした形となってしまった。しかし、今でもリーシャの登場によって浮足立っていたゴロツキ達だったため、ここで悠長に構えていては、せっかく見つけた彼らが逃げてしまうと判断したので、先にやっておくことにした。


「なんだお前は……ぐあっ!」

「ほい、一人目!」


何かしゃべろうとしていた男のみぞおちに、すかさず手を突き入れる。その手はまるで真綿に突き入れたかのように、あっさりと男の身体を貫通した。


「あれ? 思ったより脆かったわね。手加減が甘かったかしら。まあ、あとひー、ふー、みー、――6人はいるから、問題ないわね。それじゃあ、特訓の成果の確認殺戮の時間を始めましょうか」


そう言って、リーシャは血まみれの手を差し出しながら、男たちに微笑みかけた。

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