第4章 商人を継ぐ者たち
第68話 入国審査
「やっとスカイポートについたー! 乗っていただけだけど、めっちゃ疲れたわ」
「まあ、座席もゆったりしていたとはいえ、座りっぱなしでしたからね。とりあえず、そこにあるラウンジで少し休んでいきましょう」
スカイポートの飛空艇発着所は前世でいう空港のような場所であった。いたるところにレストランや喫茶店、果てはVIP用のラウンジまで用意されているのであった。魔王国の聖女となったリーシャも当然ながらVIPであったため、飛空艇のチケットを見せるだけでラウンジを利用することができた。ラウンジにあるソファはふかふかで背もたれも120度くらいまで倒すことができた。おかげで、飛空艇での疲れもすぐに回復することができた。
「こんな待遇を受けられるなんて、聖女になって良かったかも……。いやいや、あとでこき使おうって魂胆かもしれないわ。そう、前世のブラックな職場も、最初は至れり尽くせりだったわ。そして新人研修後に地獄が待っていたのよ。駄目よ、リーシャ。騙されちゃダメ……」
「何をブツブツ言っているんですか? 大丈夫ですよ。王国を出てから、私もいろいろと調べてみましたけど。あそこの国が異常だったんです! 私たちは安心して、今の幸せを享受すればいいんです」
どうやら、リーシャのつぶやきが聞こえていたらしく、ミラベルがフォローしてくれた。
「そうですよ。聖女でこき使われるなんて、あの国だけっぽいですからね。お嬢様はこれまで頑張ってこられたんですから、余生は悠々自適に生きればいいんです」
「いや、私まだ、15歳ですからね。余生って、定年退職したおっさんじゃないんですから」
「何をおっしゃいますか。すでにお嬢様は定年退職したおっさんとは比べ物にならないほどお金も地位もあるじゃないですか」
「そうね、確かにそうだわ。それなら悠々自適に生きるのもありかもしれないわね――じゃなくて、私は魔力がなくなって魔法が使えなくなったから、それを調べるためにここに来たんだよね?!」
マリアの甘言に危うく乗せられるところであったリーシャだが、かろうじて本来の目的を覚えていた。
「ちっ、覚えていましたか……。とはいえ、焦っても情報が見つかるとも限りませんし、ゆっくりと探していきましょうよ。それに、情報が向こうからやってくる可能性もありますからね」
「それってトラブルとセットだよね? あんまり巻き込まれたくないんだけど」
「どうせ巻き込まれるんだったら、それまで楽しめばいいじゃない」
「う、ま、それもそうね」
こうして、3人は束の間の休息を取るのであった。ひとしきり休んだところで、建物の中を散策することにした。さすがはスカイポートの空の玄関口というべきところだろう。入っているお店もかなりの名店揃いのようであった。――と、店で買ったガイドブックに書いてあった。
「あのおしゃれな喫茶店が『スタイリッシュバニーコーヒー』、通称『スタバ』ね。それから、あそこにあるレストランが『フレンドリー猫バーガー』、通称『フレネ』っていうらしいわよ」
ミラベルがガイドブック片手に店の説明をしていた。リーシャには、どの店も聞いたことあるような名前に思えたが、明らかに見覚えは無かったため、気のせいだろう。と、それ以上気にしないようにした。3人はキメ顔したウサギのロゴが目立つ『スタバ』で、コーヒーを飲んでみることにした。
「えーと、私は『激アマコーヒー、クリームマシマシ、チョコマシュマロクッキー全部乗せ、フローズン生クリームトッピングにチョコバニラミントトリプルソースかけをエクストリーム』で」
ミラベルが訳知り顔で謎の呪文を唱えていたが、それを聞いた店員は「かしこまりました」と言って、店の奥に消えていった。1分ほどして、店員は30㎝ほどの高さのカップを持ってきた。それはチョコとマシュマロとクッキーが小さく敷き詰められており、そこに10㎝程のソフトクリームが乗っかっていて、それに白と黒と緑の液体がかけられていた。
「お待たせいたしました! 『激アマコーヒー、クリームマシマシ、チョコマシュマロクッキー全部乗せ、フローズン生クリームトッピングにチョコバニラミントトリプルソースかけをエクストリーム』でございます」
そう言って、顔が引きつっていたミラベルに商品を渡す。ミラベルは最初のうちこそ美味しそうに食べていたが、チョコとマシュマロとクッキーが見えるころには、砂糖の暴力に涙目になっていた。ちょうど、リーシャとマリアはカフェラテを飲んでいたため、コーヒーの苦みとバランスが取れていた。こうして、3人の力を集結することで、ようやくコーヒーが見えてきた。終わりが見えてきたことに気を取り直したミラベルが改めてコーヒーに口をつけた。
「あまぁぁぁぁい。なんで? コーヒーだよね?」
「いや、激アマコーヒーって言ってたじゃん」
リーシャのツッコミに再び衝撃の表情を浮かべるミラベルだった。
3人のそんな楽しい時間も終わりを告げる時がやってきた。そう、入国審査である。まともな手段で入国するのは初めてだった3人は、どんな恐ろしいことが起きるのかとかねてより戦々恐々としていた。ホワイトナイト王国では出るのも大変ではあるが、入るのはもっと大変である。もっとも、入る場合は魔王国にいるエージェントに拉致されて矯正施設経由で入るルートもあるが、そのルートは密入国よりもヤバいものだと聞いていたので、これからどんな拷問をされるのかと身構えていた。そして、ついにリーシャは審査官の待つ部屋へと入っていった。
「パスポートをお願いします」
女性の審査官がそういったので、警戒しながらヴェルからもらったパスポートを渡す。それを受け取った審査官はササっと体を上から下まで触れ、パスポートを差し出してきた。
「はい、OKです。あちらの扉から入国してください」
「え? これだけですか? 頭から水をかぶったり、火あぶりにされたりしないんですか?」
「何を言っているんですか? 暇じゃないんですから、さっさとあっちから出て行ってください」
リーシャは油断させて背後から襲ってこないか警戒しながら、指示された扉から外に出た。しばらく待っていると、マリアとミラベルも扉から出てきた。
「思ったよりあっさりしてたわね」
「警戒して損したわ」
「ああ、お嬢様だったんですね。さっきの人がずっと怖い顔して殺気ばらまいていて、意味不明なことを言うわ、出る時もこっちの方をちらちら見ていて気味が悪かった。なんて言っていましたよ」
「だって、いつ襲い掛かってくるかわからなかったし? まあ、何もなかったんだし過ぎたことは忘れたわ」
こうして、無事にスカイポートに入国を果たした3人は市街地に向かうためにタクシー乗り場へと行くのであった。
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