閑話6 赤い狐
スカイポート通商連合国、この国は偉大なる商売王トルネア・ミスガルズが一代で冒険者から成り上がって建国した国である。彼は生まれつきの商人で、冒険者として数多のダンジョンを攻略し、財を築き、国を買い、周辺の国家を吸収・併合して、現在のスカイポートを作り上げたのである。
冒険者としてのゴールとしては若干趣が異なるものの、冒険者として成功した人物の一人として数えられる。その足跡は細かく記録されており、どこかのホワイトナイト王国のように、突然現れた勇者と聖女が立ち上がって、数多の冒険の末、魔王と討伐して国を建てた、というような曖昧なものではないのである。そのため、冒険者の中には、彼の足跡を辿って日々研鑽を積む者も少なくはなかった。
そんな彼は、現在、7人の子供を持ち、そのうちの一人を正当なる後継者とすることを画策していた。その条件として提示したのが「もっとも商人としてふさわしい」という何とも曖昧なものであった。子供たちのほとんどは、自らの考えに基づいて、後継者となるべく動いていた。
しかしながら、全員が後継者になることを望んでいるわけではない。そのうちの一人、オスカー・レッドフォックスは、この後継者争いに辟易していた。
「やれやれ、確かに親父の財産は莫大だし、お金があればできることは増える――でも、こうして財産を築き上げた親父の国ですら、日々に困る人は吐いて捨てるほどいるんだ」
商売王であるトルネアを頂点として、この国で成り上がったものは非常に多い。この国には貴族のような形だけの上流階級というものが存在せず、己の力によって、どこまでも上り詰めることができるようになっていた。
しかし、光あれば影もまたある、というわけで、こうして華々しく成り上がった人たちとは対照的に、スラムのような薄汚いところで、ひっそりと生きていいる者も少なくはなかった。オスカーはそういった彼らの助けに少しでもなればと、陰ながら支援しているのだが、焼け石に水であった。
「ユリア……。僕はきっと君を救って見せる。しかし、僕の力だけでは足りない。もっと、この状況を大きく変えることができるだけの力。そんなものが存在するのであれば……」
月の光に照らされた部屋で、オスカーは一人呟いていた。
「くしゅん。あー、空の上は若干寒いのかしらね」
ちょうど、同時刻にリーシャが飛空艇の中でくしゃみをしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
スカイポート王宮の一室。ベルネル・ブラックタイガーは苛立った様子で、報告を上げている部下を見つめていた。
「おい! まだ、あの作戦は上手くいかないのか?」
「申し訳ございません。手は尽くしているのですが、毎度のように『赤いきつね団』に邪魔されておりまして……」
「ふん、それならば、そいつごと始末してしまえ! それとも、お前たちでは力不足だと言うのか?」
「お言葉ですが、我々の実力はスカイポートでも並ぶものがない精鋭でございます。しかし、奴らは我々とまともに相対するのではなく、毎回煙に巻くように立ち回っており……」
「御託はいい。しっかり結果を出せ」
「はっ、わかりました」
部下が消えたあと、手に持ったワインを傾ける。
「やれやれ、私では兄弟たちと正面からやりあっても勝てないというのに……。なんのためにあいつらを雇っていると思っているのか」
そう呟いて、深いため息をついた。
ベルネルの部屋を追い立てられるように出て行った部下たちは今度こそ依頼を成功させようと意気込んでいた。
「いいか、お前たち。今夜、もう一度、ベルネル様の敵を討ち取るぞ!」
「しかしながら、ボス。また、あの狐野郎が邪魔をしてくるんじゃ……」
「おそらく、今回も邪魔をしようとしてくるだろう。だが、奴はおそらく一人しかいない。だから、今回は少人数の別動隊を作り陽動作戦を行う。主力部隊はイザベラを狙い、陽動部隊はオスカーを狙うとしよう。最悪の場合は陽動部隊の方が暗殺を実行する。これでどちらかは成功するはずだ!」
「さすがボス! やりますね!」
「当然だ。いいか、俺達には後がない。今回で決めるぞ!」
「「「おお!」」」
そんなやり取りを盗聴器で聞いている男がいた。
「やれやれ。まさか2面作戦で来るとはね。そろそろ、僕一人だと厳しいかなぁ。誰か協力者が見つかればいいけど……」
そう言って、男は赤い狐の仮面を被り、赤いマントを羽織るとイザベラのもとへと向かった。
部下たちの作戦は予想以上に上手くいっていた。イザベラを襲撃しようとしていた主力部隊の方こそ赤い狐によって妨害されたが、陽動部隊の方は特に邪魔されることもなく、オスカーの私室へとたどり着くことができた。
「ここまでは問題なかったが、最後まで気を抜くなよ!」
小声で仲間たちを叱咤する陽動部隊のリーダーは慎重に部屋の鍵を開けて中に侵入する。ベッドの上には布団に覆われてはいるものの、人が寝ているかのように中央が盛り上がっていた。
「あいつだ。一応、顔を確認してから殺るぞ!」
そう言って、陽動部隊のうち二人が入り口の扉の左右について、リーダーがオスカーのベッドの方へ向かう。残りの二人がリーダーのフォローの為に後ろについていた。
3人は目で合図する。直後、リーダーがオスカーの背後から口を押さえ、仲間たちの方へと向ける。当然、彼らは本人を確認して頷くと思っていたが、信じられないというような驚愕の表情をしていた。
「おい、どうした! 問題でもあったのか?!」
「えーと、問題しかないですね。それ人じゃなくて人形っぽいですよ」
「そんなバカな!」
そう言って、リーダーは口から手を放し、自らターゲットの顔を確認する。そこにはまるで子供の落書きのような顔があった。
「なんじゃこりゃ?! まさか――罠?!」
リーダーがそう言うと同時に人形がロボットのような無機質な声で喋りだした。
「コンバンワ。ヨウコソ、オスカーノオウチエ。ソシテ、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ……」
そして、ロボットが爆発し、それに巻き込まれた陽動部隊は全滅したのだった。
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