閑話5 ホワイトナイト王国終焉物語

ホワイトナイト王国王宮の謁見の間では、魔王討伐からただ一人撤退してきたユーティア殿下が国王と謁見していた。


「父上、ただいま戻りました」

「おお、よくぞ戻った。して、首尾はどうじゃ? お前の他には誰もいないようじゃが、いったいどういうことじゃ?」

「はっ、申し訳ございません。相対した魔王ですが、非常に強大な相手でして、いただいた戦力では、いささか物足りず。やむなく戦略的撤退となったのですが、その際に聖女様が囮になって時間を稼いでくれたのです」

「聖女も失い、魔王も倒せず、おめおめと逃げ帰ってくるなどと、王家の恥さらしめ!」

「しかし、父上。此度の討伐によって、魔王は王国にとって見過ごすことのできない強大な敵だと判明いたしましたのです。驚異の芽は早めに摘み取っておかなければ、王国存亡の危機と言えましょう。間違いなく、魔王を討伐するためには王国の全兵力を投入する必要がございます。何卒、賢明なご判断を!」

「お前の言いたいことはわかる。しかし、現在、王国には先立つものがないのだ。少し前に宝物庫を襲撃されて、根こそぎ持っていかれてしまったのだからな」

「なんと、それで……襲撃した犯人はわかっているのでしょうか?」

「候補は絞れておるが、特定はできておらぬ。衛兵は二人とも死んでおるし、それ以外の目撃者はおらんからな。だが、宝物庫の中身を全て持ち去った以上、大規模な盗賊団に違いあるまい」

「しかし、だからと言って、このまま魔王を野放しにできるものではございません!」

「わかっておる。現在、税率を3倍にする勅令を発行しておる。1か月後には準備も含めて整うだろう。その間、お前は魔王再討伐の為に英気を養うがよい」

「はっ、ありがたき幸せ!」


こうして、国王への報告を終えたユーティア殿下はもろもろの準備が整うまでの間、優雅な時を過ごすこととなった。


そして、二週間後。彼の部屋に執事の一人が大慌てでやってきた。


「ユーティア殿下! 急ぎ、謁見の間までお越しください!」

「なんだ? もう出兵の準備が整ったのか? 思ったより早いではないか!」


自堕落な生活によって、英気を養うどころか脂肪を養っていたユーティア殿下は、討伐前よりも少しだけふくよかになっていた。満を持したという表情で謁見の間へ向かおうとする殿下に執事が告げる。


「それどころではございません。市井の人々が殿下を糾弾するために王宮の近くに集結しているのです!」

「なんだと?! どういうことだ!」

「詳しい話は陛下よりされますので、まずは謁見の間にお急ぎを!」


大慌てで謁見の間へと向かうユーティア殿下であったが、まとわりつくような刺々しい雰囲気と自らの脂肪によって、彼の動きは鈍くなっていた。そうして、謁見の間の扉を開けて中に入った。そこには、囮となって死んだはずのアイリスと、神官長が国王と相対していた。


「遅いぞ! 早くこちらに参れ!」


叱咤する国王に、自然と前に出る足も速くなる、つもりであった。周囲からは悠然と歩いているように見えていたため、その泰然自若ぶりに周囲の人間はあきれていた。


「第一王子、ユーティア。ただいま参上いたしました!」


何もなかったかのように振る舞う殿下に国王はさらに怒りを募らせた。


「貴様! なんてことをしてくれたんだ! こちらの聖女から全てを聞いたぞ!」

「はて? 聖女様は私の囮になって魔王に殺されてしまったはずなのですが……。こちらの方は偽物ですかな?」

「馬鹿者! そんなわけがあるか! 教会も認めた正真正銘の聖女だぞ!」

「陛下、正しくは聖女見習いでございます」


言い合う二人に対して、冷静に指摘する神官長であったが、その怒りは国王以上であった。普段は温厚で優しい彼が、魔王すらも凌駕すると思われる殺気を先ほどからまき散らしており、隣にいるアイリスはずっと青ざめた表情のままであった。もっとも、機微に疎い神官長は自分が原因だとは露ほども思わず、この二人にどうやって聖女を怖がらせた罪でお仕置きしようか思案しているのだった。


そんな状況の中、決して大きな声でも荒々しい声でもないが、恐ろしいまでの威圧感を伴う声が謁見の間に響き渡った。


「静粛に!」


神官長の声に、その場にいた全員が沈黙する。


「まずは、経緯を明らかにしましょう。聖女アイリス、お願いします」

「はひ? あう、あうう。ごめんなさいごめんなさい」


その声に圧倒された中に、当然ながらアイリスも含まれていたのであった。


「アイリスさん、落ち着いてください。私は常にあなたの味方です」


しばらくの間、神官長がなだめたおかげで、アイリスはかろうじて話をできるようになった。


「はい、私たちは一刻も早く魔王と討伐するために、昼夜を問わず進軍いたしておりました。途中、一人、二人と倒れる中、私たちは遂に魔王との決着の時を迎えました。しかし、敵は予想以上に強く、私たちは壊滅しかけました。殿下が撤退を決めたのは、そんな中でした。全員が、彼の指示に従って撤退をしようとしたところ、彼は私を魔王の目の前に蹴り飛ばしたのです。そのあとのことははっきりとは覚えていませんが、気づいた時には国境付近の街まで戻っておりました。そこで、親切な方に助けていただき、王国まで連れて行ってもらったのです」


その言葉を聞いて、周囲は沈黙した。勇者であるはずのユーティア殿下があろうことか、聖女を身代わりにして逃げたということを証言してたからである。それを聞いていた神官長は得心したように、その場にいた全員に告げる。


「聞いていただけましたか? こちらにおりますまがい物の勇者殿は、あろうことか、我らの神の僕たる聖女に、かような酷いことをされたのです。我々としても、この事態は看過できるものではありませんでしたので、事実を市井に公表させていただきました」

「馬鹿な! 教会とて王家の後ろ盾がなければ立ち行かぬはず!」

「それは王家が建国の勇者の末裔ということで、国民の信を得ていればこそです」

「ぐぬぬ。聞いたかユーティアよ。貴様のおかげで、我々は危機に立たされておる。よって、貴様をこの王宮から追放とする。どこへなりとも行くがよい」


その言葉により、衛兵が殿下の左右を掴んで外へと引きずり出した。そして怒れる国民の前に放り込む。瞬く間に、彼は人ごみに飲まれて見えなくなっていった。


「さて、此度の原因となったものは排除した。さすれば、今一度手を取り合おうではないか」


ユーティア殿下を放逐したことで、全てが終わったとして、再び神官長に歩み寄る。しかし、神官長は彼を手で制止した。


「何をおっしゃいますか。国民の怒りは決して殿下だけに向けられたものではありません。勇者の末裔であるという王家に向けられているのですよ。そう、そもそもの勇者そのものがまがい物であったとね」

「ぐぬぬ、貴様、最初からそのつもりで……」

「あきらめてください。建国の勇者など、もともといなかったのです。これからは聖女様が国民を導いていかれるでしょう」


こうして、この日、ホワイトナイト王国は滅亡した。未成年であった第二王子を除いて、王家に連なるものは全員処刑された。第一王子であるユーティア殿下は放逐され、第二王子であるガイゼル殿下は処刑こそ免れたものの国外追放となり、その後は東の方へ旅立ったといわれている。彼の婚約者であるユリアは、その全てを見届けるたのち、忽然と姿を消してしまった。


そして、新たに聖女を君主とし、光の神を崇める「ホワイトシャイン光聖王国」が誕生したのだった。

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