第63話 星の終わり

2週間ほど待たされたヴェルの戦意は先日とは比較にならない程高かった。それは、もはや殺意と呼べるほどのものである。もっとも、彼女からしたらリーシャが突然逃げ出した挙句、ミラベルとマリアを唆して、1週間引き延ばしたわけであるから、怒りが収まらないのも無理がないことであった。


「どうした? この程度の攻撃、容易くしのいで見せよ!」

「んなこと、言われたって、無理なものは、無理!」


ヴェルの繰り出す力強い体術による攻撃に対し、リーシャは両手に持ったナイフで、その攻撃を対処する。ただでさえ勝てるかどうかすらわからない強さの相手である。それに加えて、自業自得とはいえ高まった戦意によって、リーシャは防戦一方になるまで追い込まれていた。


リーシャはあらかじめ、特訓によって習得した『星位高揚イグザルテーション』によって各種身体能力を向上させている。にも拘わらず、攻撃に転ずることができない状況に力の差を感じずにはいられなかった。


しかも、この状況ですら、彼女は全力ではないのだから、リーシャには勝つための道筋が全く見えなかった。――リーシャ一人であれば。


「隙あり!」


ガキィン


「私もいることを忘れては困りますわ!」


マリアの投げたフォークがヴェルに防がれ、甲高い音を鳴らした。


「ほお、なかなかやるではないか。これなら、もっとギアを上げても大丈夫そうだな!」


獰猛な笑みを浮かべると、彼女のオーラのようなものが一層大きくなったように感じられた。


「今度は魔法もいくぞ」


先ほどですら防戦一方だったリーシャは咄嗟に放たれたヴェルの魔法をくらってしまう。回避したため、クリーンヒットしたわけでもないのだが、それにも関わらず、魔法の威力によって、大きく吹き飛ばされる。


「まだまだですわ! ――水精治癒アクアヒール!」


ミラベルの回復魔法がリーシャに飛ぶ。それを受けて意識を取り戻したリーシャは、咄嗟に空中に足場を作り、吹き飛ばされた勢いのまま反転してヴェルに迫った。さすがに、これには完全に対応できなかったようで、ヴェルはリーシャの攻撃を肩に受けてしまった。


「ふふふ、なかなかやるではないか!」

「こんなものではありませんわ。――波紋防壁ウェーブプロテクト! ――水流加速フローヘイスト!」


ミラベルの支援魔法がリーシャに飛ぶ。それを受けたリーシャの身体が透明な膜に覆われ、動きがさらに俊敏になった。


「ほう、さらに食らいついてくるか! いいぞいいぞ!」


そんなリーシャを見ても怯むどころか、さらに楽しそうに獰猛な笑みを浮かべる。


「ちっ、こっちは食らいついていくだけで精一杯なのに……」


激しい猛攻は、ミラベルの回復によって、負った傷が癒されることで均衡を保っていたが、余裕のあるヴェルと比べてリーシャ達は徐々に疲労の色が濃くなってきていた。


「ここまでやっても、まだ余裕があるのかっ!」

「私も、魔力がそろそろ……」


ミラベルの魔力は、マナポーションをがぶ飲みしているにも関わらず、みるみる減っていっていた。それもそのはず、彼女は特訓で習得した上位魔法を惜しげもなく使っているのだから。伝説級の魔法使いですら、ポーションの助けなしでは数回しか使うことのできない魔法である。実力が上がったとはいえ、格下のミラベルでは遠からず限界が来るのは致し方ないことであった。


「二人がかりでも、ほとんど攻撃が通りませんね……。武器もそろそろ尽きそうですし……」


マリアもあまり苦しそうには見えないが、特訓の後にして涼しい顔をしていた彼女の顔がわずかに歪んでいるところを見るに、だいぶ限界が近いようだ。そして、かれこれ1000本近くのフォークをヴェルに向けて投げつけているのである。「食器の予備は常に持ち歩くべし、使い終わった食器は速やかに片付けるべし」というメイドの教えを忠実に実践していた。そのため、一度使ったフォークを拾って再利用しているはずである。それでも魔法で塵一つ残さずに消されたフォークが少なからずあることから、彼女の手持ちも相当に厳しいのだろう。


「フム、これで出尽くした感じかの。まあ、ちと物足りんが――良しとしようかの。では、勝負を決めに行かせてもらうぞ!」


そう言って、ヴェルが両手を前に突き出し、力を集め始める。その力は3人を消し炭にしても、なお余りあるほどのものであった。


「一か八かやるしかないかな。みんな、後は頼んだ!」


リーシャには、まだカイザーから教わったものの、まだ使っていない奥の手があった。その魔法は星属性の中でもかつて使われたことが一度しかない究極の魔法であった。それは、術者の生命と魔力を全て使うことによって、星を揺るがす程の力を生み出すものであった。当然、使った術者は死んでしまうが、カイザーが言うにはリーシャには神との契約があるため、使っても死なない可能性があるということであった。


もっとも、いくら死なない、と言われても、何の躊躇いもなく使えるかというと、そんなことはない。しかし、使わなければ全員死んでしまうという状況であれば、話は別であった。リーシャは一時、瞑目して覚悟を決めると目を見開いた。


「あの魔法を使うわ。ミラベル、サポートをお願い!」

「わかりましたわ。ご武運を! ――魔力奔流マナブースト!」


ミラベルの魔法を受けたリーシャは短い時間ではあるものの魔力が倍増する。この魔法は非常に難易度が高く、今のリーシャでは通常詠唱のように早口で詠唱しても発動させることができないため、完全詠唱という、ゆっくりと詠唱する方法をとる必要があった。そのため、魔力が高揚する感覚を確認すると、すぐにリーシャは詠唱を始めた。


「星の終わり、極まりし光は終焉の星に集わん。光はやがて星より溢れ、終わりとともに遍く世界を、その光で塗りつぶす。光により塗りつぶされた世界は再びあまたの星となり、原初の星の始まりへと導かん。終焉原初ビッグバン!」


呪文を唱え終わったリーシャの両手に極大の力が光を伴って収束する。瞑目して意識を集中していたリーシャは目を見開くと、極大の力をヴェルに向かって解き放った。

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