第62話 救護
意識の戻らないアイリスを抱えたまま、ひとまずヴェルに会いに行くことにした。彼女はリーシャを見ると嬉しそうな表情で突撃してきた。
「おお、戻ったか! 詳細は既に聞いておるな? それじゃあ、早速戦うとしようか!」
「待てや! この姿が見えんのか?!」
「見えておるぞ? 無事に四天王を倒してきたんじゃろ? さあ、勝負だ! 言っておくが遠慮はいらんからな?」
「私は、今から彼女を国境まで送ってくるの! それが終わるまでお預けね」
「そんな心配は無用じゃ。クサッツまで私が送ってあげよう」
そう言って、ヴェルは虚空にゲートを開き、リーシャが抱えていたアイリスを掴み上げると、ゲートの中にポイっと放り込んだ。
「ぽいっじゃないわ! (プロト)魔王(くん)のせいで、あんな状態になったんだぞ?! もう少し労われ!」
そう言いながら、リーシャは閉じかけていたゲートに飛び込んだ。ゲートの先は、かつて見たことのあるクサッツの街の景色が広がっていた。そして、リーシャの足元には、いまだ意識の戻らないアイリスが地面に横たわっていた。
「まったく、世話が焼けるわね」
文句を言いながらもアイリスを肩に担いで一番近くの宿へと向かった。リーシャは2名で1週間分の部屋を取り、早速、部屋に布団を敷いてアイリスを横たえる。リーシャも彼女とは色々あったが、ここで見捨てるのはさすがに気が咎めた。
「さて、アイリスは目を覚まさないし。それまで温泉でも堪能しましょうかね」
アイリスを部屋に置いて、リーシャは温泉へと向かった。温泉から上がった後はコーヒー牛乳をのみ、美味しい料理に舌鼓を打ち、夜は早々に寝る。朝は早く起きて朝風呂をいただき、ビュッフェ形式の朝食で好きなものを好きなだけ食べ、午前中は街の中を散策し、昼食は近所のおススメのお店に行き、午後は温水プールやフィットネスで汗を流し、そして温泉に入り、というルーチンで充実した生活を送っていた。
「いやー、あそこでゲートに飛び込んで正解だったわ。あの勢いで決死の戦いを始めるとかちょっとないわー」
そんな充実した日々を送っているリーシャの元に、騎士団を連れたカサンドラと、それに随行するミラベルとマリアがやってきた。
「リーシャ殿! 大人しく魔王城までご同行願います!」
「そうですよぉ! リーシャさんがゲートに飛び込んでから、私たち大変だったんですからね!」
「お嬢様、無茶なことはおやめくださいと何度も申し上げているではありませんか」
リーシャはアイリスのためにゲートに飛び込んだはずなのだが、なぜか3人にはリーシャが逃げたと思われているようだった。
「いやいや、私はアイリスさんのことが心配で思わず飛び込んじゃっただけですよ? いまだにアイリスさんが目を覚まさないので、こうして宿に部屋を取って、定期的に様子を見ているんです」
「お嬢様。その言い訳は通用しませんよ。既にお嬢様の行動は筒抜けでございます」
「どういうことよ?! 覗いていたってこと?」
「いえ、アイリス様の安全のために、掛けられていた監視魔法によるものです。お嬢様がアイリス様の近くにいたのは、この1週間で1時間程度しかありませんでした」
「くそう、そんな卑怯な! ちぇ、特訓を頑張った自分へのご褒美のつもりだったのに……」
リーシャは落ち込んだように3人に言うと、ミラベルとマリアの表情が変わった。
「それは……なんで、私たちも誘ってくれなかったのですか?!」
「そうよ、特訓で大変だったのはリーシャさんだけじゃないんだからね!」
そう言って、二人はカサンドラの方に向き直る。
「そう言うわけで、私たちも一週間ほどお休みをいただきます!」
「一週間くらい大丈夫でしょ。むしろ、それで手打ちにしてあげるだけ感謝して欲しいくらいだわ!」
突然、寝返った二人に戸惑いつつも、カサンドラも思うところがあるのか、早々に諦めてヴェルに報告することにしたらしい。
「一週間だけですからね。それ以上は伸ばせませんよ!」
報告した際に、こってり絞られたのか、少しやつれた様子だったが口調は強く、ギリギリまで譲歩してもらったことが窺えた。
「一週間後にゲートを開いてもらいます。それで戻るということで納得してもらいましたので、くれぐれも遅れないようにしてください。遅れたら……この国の国民全員が敵に回る可能性があります……」
「魔王様のお怒りが極限に達した場合、都市一つが灰塵に帰することもありますので。その原因がリーシャ殿と知られると、この国にいるのは難しくなります」
「ま、まあ、遅れないように当日は早めに準備しておくわ」
「よろしくお願いしますね」
流石に国民全員が敵に回るとなると、店にも宿にも温泉にも行けなくなってしまう。そのことを危惧したリーシャ達は渋々カサンドラの言葉に従うことにした。
こうして、さらに一週間、クサッツで温泉を堪能したリーシャたちは意気揚々と魔王城へと戻っていった。
「お前たち、なんかツヤツヤしとるのう……」
リーシャたちを見たヴェルはゲンナリとした様子でしみじみと言ってきた。
「はい、おかげさまで、気力も充実いたしました!」
「そうか、それじゃあ、早速始めようとするかの」
「ここで?」
「そうじゃが?」
ヴェルは玉座の間で戦おうとしたので、待ったをかけた。
「玉座の間で戦いはまずいんじゃないですかね?」
「問題ないぞ。ほれ!」
ヴェルの言葉に、王座の間が変化してコロシアムのような闘技場に変貌した。そして、何故か魔族の観客が観客席にひしめき合っていた。
「え?闘技場?」
「そうじゃ、と言っても、観客席は別の場所にあるがの。次元が別になっているから、いくら暴れても大丈夫じゃよ。さあ、行くぞ! 覚悟はいいか?!」
そう言うと同時に、ヴェルが間合いを詰めてきた。
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