第61話 戦略的撤退
1週間の訓練を終えた4人は、それぞれの力を大幅に伸ばしていた。リーシャは星属性の魔法をある程度まで扱えるようになり、ミラベルは光属性しかないと思われていた水属性の回復系魔法を扱えるようになっていた。また、マリアは侍女として華麗に戦うことができるように、そしてカサンドラは魔王様が絡むことで残念騎士になる確率が減った……らしい。
「カサンドラだけ微妙じゃない?」
「そんなこと言っちゃダメよ。あの子の魔王様への執着心はそれほどまでに強かったのよ。残念騎士程度で済んでいたのも、あの子の強さあっての話よ。普通の人間であれば、発狂した挙句に襲い掛かってもおかしくないレベルだったんだから」
「そもそも普通の人間は、そこまで執着心を持たないと思うんですけどね」
「まあ、そこはそれよ。でも、4人とも1週間とはいえ、よく頑張ったわね。これで魔王様とも互角くらいには戦えるようになるはずよ」
その言葉を聞いた4人の表情はそれぞれ異なっていた。実力が上がったことを実感していたリーシャとミラベルに関しては、特訓自体は極めて困難であったが充実した表情をしていた。マリアに関しては侍女としての振る舞いがより洗練されたのだろう、平然とした表情を崩すことなく、軽く会釈をするだけであった。一方のカサンドラは充実感も無くはないが、それよりも二度とやりたくないというかのようにゲンナリとしていた。しかし、表情こそ異なれど、ここで発するべき言葉は一つであることは全員が理解していた。
「「「「ありがとうございました!」」」」
こうして、特訓を終えたリーシャたちは一路魔王城へと向かう。
魔王城にたどり着いたリーシャが目にしたのは、魔王城の入り口から点々と続く魔王討伐軍のメンバーと思われる人たちが倒れ伏している光景だった。
魔王城の衛兵の人に話を聞くと、魔王城にやってきた討伐軍だったが、先に進むたびに何もしていないのに人がバタバタと倒れていったということである。生きてはいるようだが感染症の可能性も考えられるため、王都の医者を呼んでいるところであるとのことだった。
「見たところ感染症ではないかなと思うけど、まあ、万一、衛兵の人にかかると業務が滞っちゃうからね。私の方で調べてみるよ」
「助かります。リーシャ殿」
そういって、リーシャは倒れた討伐軍のメンバーを抱き起し、話を聞くことにした。
「しっかりして、大丈夫?」
「だ……や……い」
「もっとゆっくり話していいから。落ち着いて!」
「だ、大丈夫……。やすみ……ください……」
そう言い残して、力尽きた。死んではいないが。原因を突き止めたリーシャは衛兵に話をすることにした。
「これは過労ですね」
「カロ―? ですか?」
「簡単に言うと、働きすぎです。おそらく、昼夜を問わず進軍させられていたのでしょう」
「なんと、もしかして、その方は犯罪奴隷とかでしょうか?」
魔王国では、犯罪を犯した者が奴隷として鉱山などで働かされるというのがあり、かなり過酷な労働を課せられるということで知られているのだった。もっとも、実際は重労働なだけで、労働時間は1日8時間で午前4時間、午後4時間、昼に1時間休憩があり、2時間ごとに30分の休憩がある上、3食ともバランスの良い食事が支給されるという非常に健康的なところだったりするのである。そのことはリーシャもある程度把握していた。
「いえ、一般的な傭兵よ。でも、この国の犯罪奴隷の倍以上は働かされているわね」
「そんな! それでは体を壊してしまいますよ?!」
「ええ、その結果がこの有様よ」
「なるほど、わかりました。各所に通達して、倒れた者の救護をするように指示いたします。ご協力感謝いたします!」
これで倒れている人は大丈夫だろうと判断したリーシャは急ぎ玉座の間へと向かう。そこには満身創痍で膝をついているユーティア殿下、肩で息をして苦しそうにしているアイリスと、彼らを守って戦う討伐軍の人たちが魔王様、ではなく、プロト魔王くんと戦っていた。
「あれって、弱くなった勇者でも倒せるように作ったんじゃないの?」
「そうですね。魔王城に来るまでの間に、魔獣を倒したり、四天王と戦ったりすることでレベルが上がるはずなので、苦戦はするかもしれませんが、勝てない相手ではないはずですね」
「ということは、あの二人はレベルが上がっていないということ?」
「そうですね。例えば道中に出てくる魔獣とかを他の人たちに相手させたりしていたとしたら、四天王はリーシャさんが全部倒してしまいましたしね。そもそも、ちゃんと魔獣を倒していれば、四天王相手に苦戦することはないはずなのですが……」
ちょこっと魔獣を倒すだけで苦戦するはずがない? リーシャは何度も死にかけた四天王戦を思い返しながらカサンドラを問い詰めることにした。
「いやいや、私、戦って何度も死にかけたんだけど!」
「それはリーシャ殿が強すぎて、彼らが全力で戦ったからですね。勇者くらい弱いと、彼らも戦いに興味を持てませんから、手を抜いて適当に戦って負けたことにしちゃうんですよ」
本来なら出来レースみたいな戦いになるはずのところで、何度も死にかけたことに抗議しようとしたが、彼らの状況が動いたため、喉から出かかったところで止まってしまった。
二人を守っていた兵士たちが次々と力尽き、とうとう二人きりになってしまったところで、ユーティア殿下はアイリスに回復を要求する。既に限界が近いながらも、力を振り絞って彼を回復させた。そして、力を取り戻した彼はアイリスのところに行き、アイリスをプロト魔王くんに向けて投げつけた。
状況がわからず混乱していたアイリスは虚ろな瞳で来た道を走り去っていくユーティア殿下を見据えていた。そして、最後に回復させるために力を限界以上に使ったことから、気を失ってしまった。
「うへぇ、あの男、アイリスを囮に逃げやがったわ!」
「酷い人もいるもんですね」
「ええ、あれでも勇者ですよね? ちょっと酷くないですか?」
「まあ、酷いけど。どうせ、アイリスが自ら囮にして殿下を逃がしたことになるだけよ。それに、戦略的撤退とか言うに決まっているわ」
「お嬢様。そんなことを言っていないで、彼女を助けましょう!」
「おっと、そうね。プロト魔王くんは止まっているから、私がここまで運んでくるね。ミラベルは回復の準備をよろしく」
「はい!」
リーシャがアイリスを運んできて、ミラベルが回復魔法を使うも、損耗が激しく、しばらくは意識を取り戻しそうになかった。
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