第56話 カジノロワイヤル

カジノとは戦場である。そこには勝者喰うもの敗者喰われるものしかいない。まさに修羅鬼神の跋扈する場所である。敗者は全てのお金を喰らいつくされ生ける屍となり、勝者は敗者から喰らいつくしたお金によって、至福の時を味わうのである。頼れるものは己の心のみ、周囲に群がりしはハイエナども、味方などいない、全ては敵である。


そんな孤独な戦場に降り立つ4人の少女。心許ない武器5万ゴールドを手に、その戦場に跋扈する魑魅魍魎たちを調伏せんがため、その力を振るわんとする戦いが始まろうとしていた。


「いやー、さすが一流ホテルのカジノ、ゲームの種類も色々あるわね」


ゲームの中の世界と言うだけあり、カジノの内容は基本的に前世のカジノとほとんど同じであった。スロットやルーレット、ポーカー、バカラ、ブラックジャック、シックボーといったゲームが所狭しと並んでいた。リーシャたちは、それぞれゲームを選んで卓についた。


カサンドラはバカラ、マリアはブラックジャック、ミラベルはポーカーに向かった。リーシャは迷った末にルーレットをやってみることにした。ルーレットは賭け方に色々な種類があり、色の赤と黒、偶数と奇数、3の剰余、2分割の上下、3分割の上中下、隣接する1点から6点までといった多様な賭け方があり、どれを選ぶかが攻略の基本と言える。


リーシャは様子見で奇数に賭けてみた。ルーレットが回り、玉が17に落ちる。賭けていた1000ゴールドが2000ゴールドとなって返ってくる。幸先のいいスタートを切れたことに少し気分が高揚した。次に、思い切って12の1点賭けをしてみた。再びルーレットが回り、玉はリーシャのかけていた12に落ちた。この1回で1000ゴールドが36000ゴールドになってしまった。運よく当たったことで気を良くしたリーシャは、思い切って5000ゴールドを1点賭けしたところ、またしても当たってしまった。


「なんだろう。運がいいのかもしれないんだけど――なんか違和感を感じるわ」


妙な気分を感じながらも、再び5000ゴールドを1点賭けした。玉はまるで示し合わせたかのように、リーシャの賭けた番号のところに落ちた。あっという間に軍資金が100倍近くなったリーシャの肩がトントンと叩かれた。


「すみません、ちょっと奥まで来ていただけますでしょうか?」


どうやら、勝ち過ぎたために目をつけられたようだ。


「はあ、わかりました。何もしていませんけど、参りましょうか」


そう言って、カジノのスタッフと奥の部屋に行こうとしたとき、遠くの方から大声が聞こえてきた。


「貴様ら! この勇者である俺にイカサマをしかけて負けさせようなどと! 恥を知れ! 俺がこの程度のことで負けるはずはないのだ!」


その声の主は、たぶん勇者であるユーティア殿下のものであった。もっとも、リーシャはカジノで喚き散らしてるヤツが恥とか言うななどと思っていたが、関わり合いになりたくなかったため、見ないようにしていた。しかし、殿下の方は目敏くリーシャを見つけて絡んできた。マスクは念のため着けておいていたので、顔バレまではしていなかったが、おそらくリーシャの持っている大量のカジノコインに目をつけられたのだろう。まさしくカジノに勝って勝負に負けた気分だった。


「おい、お前! そのコインは俺のだぞ! 早く寄越せ!」

「何を仰っているのですか? これは私がカジノで勝負に勝って手に入れたコインですよ」

「いや! 俺は負けたが、それはイカサマされたことが原因だ。だから負けではない! そして、お前はイカサマで勝ったのだろう? その勝ちは無効だ! よって、そのコインは俺のものである!」


もはや俺様キャラを通り越してジャイアニズムであった。さすがに面倒になったので、スタッフの人に声をかけて、奥の部屋にすぐに案内してもらうようにした。背後では、「お前のコインは俺のもの、俺のコインは俺のものだ!」などと喚いていたため、スタッフに別の部屋に連行されていたようだが、リーシャには関係ないことであった。


奥の部屋では、インテリヤクザっぽい感じのイケメン紳士モドキがテーブルを挟んで向かい側のソファに座っていた。リーシャはスタッフの人に手前のソファに案内される。


「すみません、お呼び立てして。呼ばれた理由については既にお察しの通り、あなたがイカサマをされた疑いがもたれております」

「私は何もしていませんよ。そもそも、私はルーレットに触れることすらしていません。どうやっても意図して勝つことは無理です」

「確かにそうですが……。魔法という手段もあります。もちろん、魔法を封じる術式が建物全体にかけられておりますが――あなたほどの魔力ですと、術式も完全には効果を発揮しませんので。こちらも証拠があるわけではありませんので、こうしてお話を伺わせていただいた次第です」

「確かに、気味が悪いくらいに当たっているので、私も混乱しているんですよね。そこまで運がいい方ではないのですが……」

「そうですね。我々も疑いたくはないのですが、ここまで不自然だと、このままお帰りいただくしか……」

「そんな! まだ、全然楽しめていないのに……」


開始5分で終了を告げられたリーシャは少し落ち込んでしまった。すると、どこからか、威厳のある声が聞こえてきた。


「ふん、心が狭いわね。ちょっと勝たせたくらいで目くじら立てなくてもいいじゃない。どうせガッポガッポ稼いでいるんでしょう?」

「その声は……?!」


リーシャが驚きの声を上げると、星の女神ステラの姿が浮かんでいた。


「もしかして、これがイカサマか?!」

「そうみたいね。ちょっと、変なことしないでよ!」

「変なこととは失礼ね。私のリーシャが、この程度の勝負で負けたりなんてしたら、私の沽券にかかわるでしょ! こんな所で負けちゃダメよ!」

「何を言っているんですか?! カジノは勝ったり負けたりするから楽しいんじゃないですか! 勝ちしかないカジノなんて面白いわけないじゃない!」

「ダメよ! あなたの意志なんて関係ないわ。こんなしょうもないことで負けるのがダメなのよ!」

「それで、イカサマというわけですかい。イカサマで勝ってもしかたないってお嬢さんも言っているじゃないですかい」

「イカサマイカサマって……私はカミサマよ! イカと一緒にしないで! もう、リーシャが勝つ邪魔をするなら、出て行って!」

「いや、お前が出ていけ! 詐欺女神!」


そう言って、ステラの幻影を掴むと空の彼方に全力投球した。


「あーれー、まあいいわ! あなたはすぐに私の元に帰ってきてくれるって信じているからねーーー!」


どうでもいい言葉を残して、女神の幻影は文字通り星になった。

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