第52話 鉱山の街

森林の街に戻ったリーシャたちは、一泊してすぐに次の目的地へと出発することにした。


「次は北にある鉱山の街でいいのかしら?」

「はい、北の火山帯にある砦に四天王の一人『万色の竜王』ドラグニル様がいらっしゃいます。まずは、その手前にある鉱山の街ミーケまで向かいます。そこまで、また3,4日ほどかかりますので、途中の街に立ち寄りながら参りましょう」

「さすがに、あの状態で、これ以上強行軍はしないよね……?」

「常識的にはそうですが……しないと願いたいところですね」


カサンドラにすら希望的観測しか持たせられない討伐軍の不遇っぷりにリーシャは憐れみを感じざるを得なかった。


自分ではどうにもならないことを気にしていても仕方ないため、リーシャたちは予定した通り、4日かけて鉱山の街ミーケまで辿り着いた。

ミーケは洞窟のような街で、背が低くガタイの良いドワーフと、背が低い痩せ気味のノームという種族が主に住んでいた。彼らは採掘だけでなく、ドワーフは鍛冶、ノームは細工を行い、それらをお店で販売していた。


特にノームの細工は前世の科学ほどではないが、かなり精巧なものもあり、リーシャにとって、非常に興味を惹かれるものであった。店に立ち寄り、実物を手に取ったリーシャはすぐに目を輝かせ、仕組みを解明しようとしているように見えた。リーシャにとっては既知のものではあるが、火薬の製造も確立しているらしく、銃器のようなものもいくつか置いていあるようだった。もっとも、銃器とは言っても前世で言う火縄銃程度の簡易的なものではあるが。


次に、リーシャ達は鍛冶屋を訪れた。折角だから、ということで、カサンドラ、マリア、ミラベルの武器や防具を作ってもらおうということで、リーシャがミスリルやらオリハルコンやらアダマンタイトやらを生成して、鍛冶屋のドワーフに見せた瞬間、彼らの目の色が変わった。


その目は好奇心もあるが、それ以上に何か獲物を狙うような目つきになっており、鍛冶屋にあるまじき緊張感が漂い出した。依頼内容を告げると、鍛冶屋にいる十数人のドワーフ全員が名乗りを上げた。その気迫に圧倒されつつも、折角だから、ということで、鍛冶屋の人たち全員分の素材を生成し、その中で一番良いものを作ったものを買い取るということにした。


期間は一週間とし、途中、出かける用事(四天王の討伐)があるので、その間は難しいが、素材が追加で必要なものは用意すると告げると、さらにやる気が増したらしく、彼らの熱気で室温が10度くらい上がるのを感じた。とりあえずは素材は十分だということなので、後は彼らに任せて一週間後にまた来ると告げて鍛冶屋を後にした。


ミーケの街は洞窟のような作りになっているため、ジュガイの街と異なり、食材は茸が中心であった。また、彼らの嗜好もあって、酒が種類も豊富にあった。とはいえ、ドワーフたちは度数の強さしか見ていないらしく、スピリタスみたいな酒が売れているらしかった。一方のノームも酒好きだが、逆に繊細な味の物を好むらしく、こちらは色々な種類の酒が売れているが、嗜好がばらけているため、売れ行きは強い酒の方が高いらしい。


リーシャたちは手ごろな店に入り、適当に料理を注文した。茸の炒め物だけでも、味付けで何種類かあり、バターや甘辛いソース、塩とニンニクと唐辛子、ベシャメルソースのようなものなどが人気らしかった。また、変わった料理として、ドクダケの塩麹焼きなどというのもあった。ドクダケというのは、文字通り毒キノコで、毒自体に殺傷能力はないようなのだが、神経を麻痺させる働きがあり、それによって呼吸困難を起こして死んでしまうそうだ。しかし、塩と麹で数年間漬けることで、毒が分解されるらしく、食べられるようになるとのことだった。


注文して食べてみたところ、塩気がきつかったが、濃厚な茸の風味の中にわずかにピリリと痺れる感じが何とも言えない料理であった。好きな人は好きなんだろうな、などとリーシャは思っていたが、意外とカサンドラが、この手のキワモノが好きらしく、パクパク食べていた。勢いあまって追加で注文しようとしたが、4人で1皿以上の注文は受けていないとのことだった。その理由として、完全に毒が消えているわけではなく、残っているほんのわずかな毒によって痺れる感じが出ているとのことだった。1人でも1皿までは大丈夫らしいが、それ以上食べると全身が痺れてまずいことになる可能性があるらしい。


しかし、どうしてももっと食べたいカサンドラは、あろうことか近くの客を誑し込んで注文させて2皿目を食べてしまった。そして、2皿目を食べ終えた直後、盛大に倒れてしまう。体をピクピクと引きつらせ、ヒューヒューと浅い呼吸をしながら。


慌てて店員を呼んでみてもらったところ、この段階であれば死ぬことは無いだろうということで、奥の部屋で休ませてもらうことにした。


1時間ほどして、カサンドラの毒が抜けたのか、むくりと起き上がった。先ほどまで死にかけていたとは思えない程、顔色が良く――それどころか、すっきりした表情をしていた。


「いやあ、天にも昇るような味ってあるんですね。これは病みつきになりそうだ」

「死にかけていた人間の開口一番がそれかよ!」


思わずリーシャは靴を手に持って、彼女の後頭部を引っぱたいた。


「今後、カサンドラはドクダケ禁止ね」

「え、そんなぁ……」


そう言って落ち込んでしまった。少し可哀想なことをしてしまったかなと、その時は思っていたが――。後日、彼女が毎日のように隠れて店に通っており、同じように他の客を使って死にかけるまで食べていた、という話を聞いて、自分の判断が間違っていなかったことを確信した。当然、話を聞いたリーシャがカサンドラにお説教をしたのだが、「職務をサボって茸を食べて毎日死にかけてました、って魔王様に報告するよ?」と言った瞬間、この世の終わりのような表情をしながら、「すみません、死にかけるようなことはしません」と言っていたのだった。



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