第51話 獣の王

翌日、リーシャたちが砦にたどり着くと、先日見たような光景が広がっていた。そこには巨大な狼男と数百はいるであろう狼によって蹂躙されつくしている討伐軍の姿があった。


「ええっ?! どうやって私たちよりも先にたどり着いたの?」

「おそらくは……」


そう言って、カサンドラは討伐軍の一角を指差した。そこには、まだ負傷はしていないようだが、明らかに疲労困憊でフラフラな状態になっていた兵士たちが狼と戦っていた。


「昼夜ぶっ通しで、ここまで来たのでしょう。負傷している者はもちろんのこと、負傷していないはずのものも、まるで瀕死ようにフラフラになっております」

「うわぁ、酷い有様ね」


ユーティア殿下とアイリスは満身創痍になりながらも巨大な狼男と対峙していた。しかし、その顔色は他の兵士たちと比べるまでもなく良好であった。おそらく、いや、間違いなく二人は兵士たちに運ばせたのだろうことが伺えた。


「最悪な指揮官ね。それで、あの二人と戦っている狼男がウルフェスね」

「はい、彼は『万軍の人狼』と呼ばれており、狼を始めとした獣を無制限に召喚、従属させることができるのです」

「なるほど、それは厄介ね」


彼らにとっては、と心の中でリーシャは付け加えた。狼男の能力自体はさほど高くないようだが、彼を周囲の狼たちが攻防にわたって支援しているせいで、思ったように戦えていないようである。狼たちがいなければ、二人であれば余裕で倒せるだろう程度の力の差があることが窺えた。


「さて、まあ、あの二人なら大丈夫かな。こっちは準備しておくから、カサンドラはアイリスに回復と防御結界を重ね掛けするように言っておいてもらえるかしら」

「かしこまりました。行ってまいります」


リーシャはカサンドラを見送ると、マスクを着け、魔法でガトリングガンを作り出した。最初は部品ごとに作る必要があった銃器だが、今では魔法一発で作り出すことができるようになっていた。しばらくすると、二人の身体を覆っていた輝きが増した。その後、カサンドラが戻ってきたので、攻撃を開始することにした。


「いっくよー。ふぁいやー」


どががががががががががが!


ガトリングガンが激しい炸裂音と共に銃弾を撒き散らす。二人と戦っていたウルフェスの取り巻きの狼たちは瞬く間に銃弾に倒れて塵となって消えていく。ウルフェス自身にも銃弾は当たっているようだが、そこまでダメージが入っていないようである。さすがは四天王というところだろうか。もちろん、ユーティア殿下とアイリスの方も重ね掛けした防御結界のお陰で無傷で済んでいるようだ。もっとも、突然降りかかった銃弾の雨にユーティア殿下は慌てふためき、アイリスは銃弾によって削られ続ける防御結界を魔力ポーションをがぶ飲みしつつ張りなおしていた。


ウルフェスはリーシャたちに気付いたが、降り注ぐ銃弾に近づくことができない状態であった。すかさず狼たちを召喚して、対処させようとするも、尽く接近するまでに銃弾に倒れてしまう。当然、回り込ませようと何匹かを離れたところに召喚したりもしたが、一瞬だけそちらの方に銃口を向けただけで降り注ぐ銃弾から逃れることはできなかった。何匹かは撃ち漏らすこともあったが、それらは尽くカサンドラの剣の錆となっていた。


「ふははは、雑魚が何匹集まろうと雑魚よ!」

「これが星属性の力……?!」

「いや、これは現代科学の力よ!」

「なんと、リーシャ殿はゲンダイカガクなる未知の属性も扱えるのですね!」

「属性じゃないけどね!」


耐えつつ、何とか現状を打破しようとしたウルフェスだったが、圧倒的な量の銃弾の前にして、ついに力尽きてしまった。倒れた彼の身体はガイアルドと同様に灰となって風に吹かれて消えてしまった。大本がやられたことで、召喚されていた狼たちも幻のように消え去った。


「討伐完了! これで2匹目ね。この調子でどんどん行きますかね」

「1匹目で死にかけていたお嬢様がおっしゃいますか……」

「勝てばよかろうなのだ!」


そう言ってガトリングガンを分解するリーシャ。銃弾の雨が止んだことに気付いたアイリスは防御結界を解き、回復に専念した。みるみるうちに負傷が回復していく二人を見ながら、リーシャは「先が思いやられるわね」としみじみと考えていた。


回復した二人は、リーシャの元にやってきた。


「俺たちの戦いの邪魔をするだけでなく、俺たちに攻撃をしてくるとはどういうことだ?! 謝罪と賠償を要求する!」


開口一番、ユーティア殿下がリーシャたちに謝罪と賠償を要求してきた。


「何を仰っているのですか。あなた方が苦戦して死にかけているから手助けしただけですよ」

「何を言っているんだ! 俺たちは負けていない。あともう少しで倒せるところだったんだ! それを邪魔しやがって……。それに助けるにしても、俺たちを攻撃する必要は無いだろう?!」

「そうは仰いますけれども、狼たちとあなた方が入り乱れている状況で選別して攻撃するなど不可能でしてよ。それに、ウルフェスは狼を無限に召喚できるらしいですし、ちまちま倒していても埒があきませんわ」

「ちっ、屁理屈ばかりこねやがって! だが、俺たちを攻撃して危害を加えようとしたことは間違いない。だから、謝罪と賠償をせよ。そして、俺たちを魔王の元まで護衛しろ!」


結局、強い護衛が欲しいために難癖をつけているだけのようだった。


「シャザイトバイショウと煩いですわね。はいはい、すみませんでした。これはバイショウデス」


そう言って、10000ゴールド相当の白金貨をユーティア殿下に投げつけた。


「それでは、シャザイトバイショウも済みましたし、失礼いたしますわ」

「おい、待て! 待てよ――」


喚くユーティア殿下を捨て置いて、リーシャは森林の街へと戻って行った。追いかけてくると思ったが、幸いにも討伐軍はほぼ壊滅していたため、そちらの回復を優先することにしたようで、追いかけられることなく、リーシャたちは街に戻ることができた。

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